優しい人
昼休み。
---
教室は今日も賑やかだった。
---
「神代、一緒に食べようぜ!」
---
「もちろん!」
---
笑顔で席を立つ。
---
窓際の机をくっつける。
---
他愛もない話。
---
ゲーム。
---
先生のモノマネ。
---
購買のパン争奪戦。
---
みんな笑っている。
---
僕も笑う。
---
楽しい。
---
……本当に。
---
その時だった。
---
「キャッ!」
---
教室の後ろで女子生徒が転ぶ。
---
教科書が散らばる。
---
僕は反射的に駆け寄った。
---
「大丈夫?」
---
「あ、ご、ごめん……!」
---
「怪我は?」
---
「うん、平気」
---
散らばった教科書を拾う。
---
消しゴム。
---
ノート。
---
筆箱。
---
一冊だけ。
---
古い絵本が落ちていた。
---
「妹に読むんだ」
---
女子生徒が照れ笑いする。
---
「毎日楽しみにしてるから」
---
「そっか」
---
自然に笑う。
---
「優しいお姉ちゃんなんだね」
---
「えへへ」
---
その笑顔を見て。
---
胸が少しだけ軽くなった。
---
……よかった。
---
こんな日常は。
---
壊れなくていい。
---
放課後。
---
実技訓練。
---
二人一組。
---
「よろしく!」
---
相手は昨日話した男子だった。
---
「手加減しろよ?」
---
「もちろん」
---
試合開始。
---
相手が飛び込んでくる。
---
速い。
---
でも。
---
見える。
---
避ける。
---
流す。
---
受ける。
---
無駄がない。
---
「神代うまっ!」
---
周りが驚く。
---
先生も頷いた。
---
「よく見えているな」
---
「ありがとうございます」
---
そのまま軽く勝負が終わる。
---
「いやー負けた!」
---
相手が笑う。
---
「神代強いな!」
---
「たまたまだよ」
---
また笑う。
---
その時。
---
体育館の外。
---
ガシャン!!
---
何か大きな物が倒れる音。
---
一瞬だった。
---
僕の身体が固まる。
---
耳鳴り。
---
呼吸が止まる。
---
視界が赤く滲む。
---
(逃げろ)
---
知らない声。
---
(隠れろ)
---
(まだ生きてる)
---
(まだ)
---
(まだ)
---
「神代!!」
---
肩を掴まれる。
---
ビクリと身体が跳ねた。
---
「……え?」
---
先生だった。
---
「大丈夫か?」
---
体育館中が静かになっている。
---
みんな。
---
僕を見ていた。
---
しまった。
---
失敗した。
---
「ご、ごめんなさい!」
---
慌てて笑う。
---
「びっくりしただけです!」
---
「外で器具が倒れたみたいで!」
---
「すみません!」
---
笑う。
---
笑う。
---
笑う。
---
お願いだから。
---
これ以上。
---
見ないで。
---
「……そうか」
---
先生は少しだけ心配そうだった。
---
でも。
---
それ以上は聞かなかった。
---
助かった。
---
家へ帰る。
---
玄関を閉める。
---
鍵を掛ける。
---
そのまま床へ座り込む。
---
震えが止まらない。
---
「……大丈夫」
---
誰もいない部屋で。
---
何度も。
---
何度も。
---
言い聞かせる。
---
「もう終わった」
---
「終わったんだから」
---
返事はない。
---
あるのは。
---
静かな部屋と。
---
笑えなくなった僕だけだった。




