笑顔の温度
朝。
---
教室の扉を開ける。
---
「おはよー!」
---
「神代!」
---
「おはよう!」
---
今日も笑う。
---
みんなも笑う。
---
いつも通り。
---
……のはずだった。
---
「神代君。」
---
後ろから声がした。
---
振り返る。
---
一人の女子生徒。
---
黒髪を肩まで伸ばした、小柄な少女だった。
---
入学式の日に見かけた気がする。
---
「私、朝倉 澪。」
---
「よろしく。」
---
「あ、よろしく!」
---
笑って手を振る。
---
でも。
---
朝倉は笑わなかった。
---
じっと。
---
僕の顔だけを見ている。
---
「……?」
---
「何か付いてる?」
---
「ううん。」
---
少し間があった。
---
「神代君って。」
---
「笑うの上手だね。」
---
心臓が止まりそうになった。
---
「え?」
---
「自然。」
---
「すごく自然。」
---
笑う。
---
反射だった。
---
「ありがとう?」
---
「褒められた。」
---
朝倉は首を横に振る。
---
「褒めてない。」
---
そのまま席へ戻っていった。
---
「……変な人。」
---
そう呟いた。
---
なのに。
---
胸の奥がざわついていた。
---
昼休み。
---
購買へ向かう。
---
「神代ー!」
---
クラスメイトが肩を組んでくる。
---
「今日パン奢って!」
---
「なんでだよ。」
---
「昨日勝負負けたから!」
---
「知らない知らない。」
---
笑う。
---
みんな笑う。
---
その光景を。
---
朝倉は少し離れた窓際から見ていた。
---
放課後。
---
能力訓練。
---
先生が告げる。
---
「今日は模擬戦だ。」
---
体育館がざわつく。
---
「勝敗は気にしなくていい。」
---
「自分の力を確認すること。」
---
順番に試合が始まる。
---
僕の番。
---
相手は上級クラスの生徒だった。
---
「よろしく。」
---
「よろしく。」
---
開始。
---
相手は速かった。
---
普通なら。
---
見えない。
---
でも。
---
見える。
---
全部。
---
呼吸。
---
視線。
---
重心。
---
次にどこへ踏み込むかまで。
---
一歩。
---
半歩。
---
避ける。
---
また避ける。
---
攻撃しない。
---
避け続ける。
---
「なんだあいつ。」
---
「全部見切ってる。」
---
周囲がざわつく。
---
「神代!」
---
先生が叫ぶ。
---
「反撃しろ!」
---
「……はい。」
---
軽く踏み込む。
---
一撃。
---
それだけ。
---
相手の木刀が弾き飛んだ。
---
「勝負あり。」
---
静まり返る体育館。
---
「すげぇ……。」
---
「一年だよな?」
---
「強くね?」
---
また笑う。
---
「偶然です。」
---
先生が苦笑した。
---
「偶然で出来る動きじゃない。」
---
試合が終わる。
---
拍手。
---
歓声。
---
僕は頭を掻いた。
---
その時だった。
---
「神代君。」
---
朝倉だった。
---
「一つ聞いてもいい?」
---
「うん?」
---
「どうして。」
---
真っ直ぐ僕を見る。
---
「勝った時も。」
---
「負けた時も。」
---
「同じ笑い方をするの?」
---
息が止まる。
---
返事が出来ない。
---
初めてだった。
---
そこを見られたのは。
---
笑顔の奥を。
---
見ようとした人は。
---
初めてだった。
---
「……癖かな。」
---
やっとそれだけ答えた。
---
朝倉は少しだけ目を伏せる。
---
「そっか。」
---
「でも。」
---
小さく笑う。
---
「いつか。」
---
「本当に笑えるといいね。」
---
その言葉だけ残して。
---
彼女は歩いていった。
---
僕は。
---
その背中を見つめたまま。
---
動けなかった。
---
誰にも。
---
見抜かれないと思っていた。
---
ずっと。
---
そう思っていたのに。




