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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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足音の主

 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 古い階段に響く足音。


⸻


 ゆっくり。


⸻


 確実に。


⸻


 こちらへ近付いてくる。


⸻


「神代。」


⸻


 如月が小声で囁く。


⸻


「奥へ。」


⸻


 悠は黙って頷く。


⸻


 二人は部屋の奥。


⸻


 積まれた棚の陰へ身を隠した。


⸻


 息を潜める。


⸻


 ガチャ。


⸻


 扉が開く。


⸻


「……。」


⸻


 誰も喋らない。


⸻


 聞こえるのは。


⸻


 靴音だけ。


⸻


 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 部屋を歩き回る。


⸻


 何かを探している。


⸻


 悠は息を止めた。


⸻


 視界の隅。


⸻


 黒い革靴だけが見える。


⸻


 その人物は。


⸻


 棚の前で立ち止まった。


⸻


 数秒。


⸻


 静寂。


⸻


 そして。


⸻


「……遅かったか。」


⸻


 低い男の声。


⸻


 聞いたことがない。


⸻


 次の瞬間。


⸻


 バサッ。


⸻


 何かを机へ置く音。


⸻


 再び。


⸻


 足音が遠ざかる。


⸻


 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 ガチャ。


⸻


 扉が閉まった。


⸻


 如月は十秒ほど待つ。


⸻


 慎重に顔を出す。


⸻


「行った。」


⸻


 二人は棚の陰から出た。


⸻


 机の上。


⸻


 一冊の古いノートが置かれている。


⸻


「さっきの人が?」


⸻


「……ああ。」


⸻


 如月が手を伸ばす。


⸻


 しかし。


⸻


 悠の方が早かった。


⸻


 ノートを開く。


⸻


 一ページ目。


⸻


 子どもの字。


⸻


『ひみつきちノート』


⸻


 その文字を見た瞬間。


⸻


 頭の奥で。


⸻


 何かが弾けた。


⸻


『ここは三人だけの秘密基地!』


⸻


『先生にも秘密!』


⸻


『約束!』


⸻


 笑い声。


⸻


 走る足音。


⸻


 木漏れ日。


⸻


 記憶は。


⸻


 一瞬で消える。


⸻


「……僕が。」


⸻


 思わず呟く。


⸻


「書いた……?」


⸻


 如月はノートを覗き込む。


⸻


「違う。」


⸻


「これは。」


⸻


 ページをめくる。


⸻


 最後のページ。


⸻


 そこには。


⸻


 三人分の名前。


⸻


『悠』


⸻


『零』


⸻


『澪』


⸻


 その下に。


⸻


 幼い字で書かれた一文。


⸻


『おとなになっても、またここであそぶ。』


⸻


 悠の胸が締め付けられる。


⸻


「……約束。」


⸻


 自然に言葉が漏れた。


⸻


「覚えてるのか?」


⸻


 如月が尋ねる。


⸻


「いや。」


⸻


「覚えてない。」


⸻


「でも。」


⸻


「すごく大事な約束だった気がする。」


⸻


 如月は何も言わなかった。


⸻


 代わりに。


⸻


 ノートの裏表紙を開く。


⸻


 一枚の紙が挟まっていた。


⸻


 茶色く変色した封筒。


⸻


 宛名には。


⸻


『未来の悠へ』


⸻


 悠は目を見開く。


⸻


「僕……宛て?」


⸻


「開けろ。」


⸻


 如月の声は静かだった。


⸻


 震える指で封を切る。


⸻


 中には。


⸻


 折り畳まれた便箋。


⸻


 広げる。


⸻


 そこに書かれていた文字を見た瞬間。


⸻


 悠の表情が固まる。


⸻


 見覚えがある。


⸻


 この字は。


⸻


 自分の字だった。


⸻


『もし、この手紙を読んでいるなら。』


⸻


『僕はきっと、全部忘れています。』


⸻


 その一文だけで。


⸻


 部屋の空気が凍りついた。


⸻


 如月も。


⸻


 初めて驚いた表情を見せる。


⸻


「……そんなはず。」


⸻


 小さく漏らした声。


⸻


 悠は震えながら。


⸻


 続きを読もうとする。


⸻


 しかし。


⸻


 便箋の続きは。


⸻


 誰かによって。


⸻


 真ん中から破り取られていた。


⸻


 残されていた最後の一文だけが。


⸻


 静かに目へ飛び込んでくる。


⸻


『絶対に、澪を一人にするな。』


⸻


 悠は便箋を握り締めた。


⸻


 胸の奥で。


⸻


 忘れていた感情が。


⸻


 ゆっくりと目を覚まし始める。

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