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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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名前を呼ぶ声

「逃げろ!!」


⸻


 誰かの叫びで。


⸻


 悠は飛び起きた。


⸻


 荒い呼吸。


⸻


 全身が汗で濡れている。


⸻


「……夢。」


⸻


 違う。


⸻


 夢じゃない。


⸻


 あれは。


⸻


 記憶だ。


⸻


 ◇


⸻


 授業中。


⸻


 黒板の文字を追う。


⸻


 だが。


⸻


 一つも頭に入らない。


⸻


「神代。」


⸻


 教師に指名される。


⸻


「この問題。」


⸻


「あ……。」


⸻


 答えられない。


⸻


 教室が少しざわつく。


⸻


「珍しいな。」


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「神代が。」


⸻


 悠は苦笑した。


⸻


「すみません。」


⸻


 その笑顔も。


⸻


 どこか力がなかった。


⸻


 ◇


⸻


 昼休み。


⸻


「今日は屋上じゃない。」


⸻


 朝倉が言った。


⸻


「え?」


⸻


「散歩。」


⸻


「付き合って。」


⸻


 二人は中庭へ向かう。


⸻


 木陰のベンチ。


⸻


 風が葉を揺らす。


⸻


 しばらく。


⸻


 どちらも話さない。


⸻


「神代君。」


⸻


「最近。」


⸻


「何か思い出した?」


⸻


 悠は驚いた。


⸻


「どうして?」


⸻


「顔。」


⸻


「少しずつ変わってる。」


⸻


 図星だった。


⸻


「……うん。」


⸻


「少しだけ。」


⸻


「昔のこと。」


⸻


 朝倉は追及しない。


⸻


「そっか。」


⸻


 ただ。


⸻


 それだけ言って笑った。


⸻


 その距離感が。


⸻


 今は心地良かった。


⸻


 ◇


⸻


 放課後のチャイムが鳴る。


⸻


 ガタン。


⸻


 如月が立ち上がる。


⸻


「神代。」


⸻


「来い。」


⸻


「また?」


⸻


「今度は。」


⸻


「俺の番だ。」


⸻


 意味が分からないまま。


⸻


 二人は旧校舎へ向かった。


⸻


 昨日の部屋ではない。


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 地下へ続く階段。


⸻


「こんな場所。」


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「あったんだ。」


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「昔は。」


⸻


「避難用だった。」


⸻


 錆びた扉。


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 如月は迷わず開ける。


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 中は薄暗い。


⸻


 埃だらけ。


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 壁には。


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 子どもたちの身長を測った跡が残っていた。


⸻


「ここ……。」


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 胸が苦しい。


⸻


「知ってる。」


⸻


 頭では否定する。


⸻


 でも。


⸻


 身体が覚えていた。


⸻


 部屋の隅へ歩く。


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 古い木箱。


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 自然としゃがみ込む。


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 蓋を開ける。


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 中には。


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 三つのビー玉。


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 色違いだった。


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 青。


⸻


 赤。


⸻


 緑。


⸻


 悠が青を手に取る。


⸻


 その瞬間。


⸻


『青は悠!』


⸻


『じゃあ赤は俺!』


⸻


『私は緑!』


⸻


 三人の笑い声。


⸻


 暖かい日差し。


⸻


 庭。


⸻


 ビー玉を握って笑う少女。


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「澪……。」


⸻


 自然に名前が零れる。


⸻


 如月は静かに頷く。


⸻


「そうだ。」


⸻


「澪だ。」


⸻


 悠はビー玉を強く握る。


⸻


「……澪は。」


⸻


「今。」


⸻


 初めて。


⸻


 自分から聞いた。


⸻


 如月は目を閉じる。


⸻


 長い沈黙。


⸻


 答えたくない。


⸻


 そんな表情だった。


⸻


「……分からない。」


⸻


「え?」


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「俺も。」


⸻


「分からない。」


⸻


 悠は言葉を失う。


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「どういうこと?」


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「事故の日から。」


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「澪は。」


⸻


「行方不明なんだ。」


⸻


 静寂。


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 部屋の空気が重くなる。


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「死亡確認も。」


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「されてない。」


⸻


「でも。」


⸻


「見つかってもいない。」


⸻


 悠の指から。


⸻


 ビー玉が転がる。


⸻


 カラン。


⸻


 乾いた音が響く。


⸻


「じゃあ……。」


⸻


「生きてるかもしれない?」


⸻


 その問いに。


⸻


 如月は初めて。


⸻


 少しだけ笑った。


⸻


「だから。」


⸻


「俺は探してる。」


⸻


「ずっと。」


⸻


 その言葉を聞いた瞬間。


⸻


 悠の胸に。


⸻


 今までとは違う感情が芽生えた。


⸻


 罪悪感だけじゃない。


⸻


 希望。


⸻


 もし。


⸻


 澪が生きているなら。


⸻


 もう一度。


⸻


 会えるかもしれない。


⸻


 しかし。


⸻


 部屋を出ようとした瞬間。


⸻


 階段の上から。


⸻


 誰かの足音が聞こえた。


⸻


 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 コツ。


⸻


 ゆっくり。


⸻


 こちらへ近付いてくる。


⸻


 如月の表情が変わる。


⸻


「隠れろ。」


⸻


 その声には。


⸻


 今までにない緊張があった。

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