鳳園
放課後。
⸻
校長室。
⸻
校長は。
⸻
静かに資料を閉じた。
⸻
コンコン。
⸻
「失礼します。」
⸻
入ってきたのは。
⸻
如月零だった。
⸻
「……見たか。」
⸻
「はい。」
⸻
校長は深く息を吐く。
⸻
「神代君は。」
⸻
「思い出し始めています。」
⸻
「分かっている。」
⸻
「もう。」
⸻
「時間の問題だ。」
⸻
机の上には。
⸻
古びた新聞記事。
⸻
見出しには。
⸻
『児童保護施設・鳳園 大規模火災』
⸻
そして。
⸻
『園児多数が死亡』
⸻
如月は視線を落とした。
⸻
「俺達は。」
⸻
「生き残った。」
⸻
校長は小さく頷く。
⸻
「……三人だけ。」
⸻
部屋が静まり返る。
⸻
◇
⸻
その頃。
⸻
悠は図書室にいた。
⸻
本を読む気にはなれない。
⸻
ただ。
⸻
静かな場所にいたかった。
⸻
ページをめくる。
⸻
文字が頭に入らない。
⸻
その時。
⸻
「神代君。」
⸻
朝倉だった。
⸻
「隣。」
⸻
「座っていい?」
⸻
「もちろん。」
⸻
椅子を引く音だけが響く。
⸻
二人とも。
⸻
何も話さない。
⸻
数分後。
⸻
「昨日ね。」
⸻
朝倉が小さく笑う。
⸻
「家で考えてた。」
⸻
「何を?」
⸻
「神代君のこと。」
⸻
悠は苦笑する。
⸻
「考えても。」
⸻
「面白くないよ。」
⸻
「ううん。」
⸻
「面白いとかじゃない。」
⸻
「心配。」
⸻
その一言に。
⸻
悠は言葉を失う。
⸻
「私。」
⸻
「何も出来ないけど。」
⸻
「待つことなら出来る。」
⸻
その言葉は。
⸻
以前と同じだった。
⸻
でも。
⸻
今は少しだけ。
⸻
胸に届く。
⸻
「……ありがとう。」
⸻
自然に出た言葉。
⸻
笑顔じゃない。
⸻
飾らない声だった。
⸻
朝倉は少し驚き。
⸻
優しく笑った。
⸻
「今の方が。」
⸻
「神代君らしい。」
⸻
悠は首を傾げる。
⸻
「僕らしい?」
⸻
「うん。」
⸻
「今の声。」
⸻
「初めて聞いた気がする。」
⸻
悠は少しだけ照れくさそうに笑った。
⸻
今度は。
⸻
無理をしていなかった。
⸻
◇
⸻
帰宅途中。
⸻
夕暮れ。
⸻
古い商店街を歩く。
⸻
ふと。
⸻
一軒の店の前で足が止まる。
⸻
錆びた看板。
⸻
閉まったシャッター。
⸻
もう営業していないらしい。
⸻
「……。」
⸻
胸がざわつく。
⸻
見覚えがある。
⸻
ありえない。
⸻
近付く。
⸻
シャッターの端。
⸻
子どもの落書き。
⸻
そこに。
⸻
三つの名前が刻まれていた。
⸻
『ゆう』
⸻
『れい』
⸻
そして。
⸻
三つ目だけ。
⸻
傷付けられたように。
⸻
削り取られていた。
⸻
「……!」
⸻
頭痛。
⸻
視界が揺れる。
⸻
『悠!』
⸻
『早く!』
⸻
『こっち!』
⸻
三人で走る。
⸻
笑っている。
⸻
夕日。
⸻
商店街。
⸻
アイスを食べながら。
⸻
競争して。
⸻
転んで。
⸻
笑って。
⸻
――幸せだった。
⸻
「……いた。」
⸻
思わず呟く。
⸻
「本当に。」
⸻
「三人いたんだ。」
⸻
その瞬間。
⸻
後ろから。
⸻
「思い出した?」
⸻
低い声。
⸻
振り返る。
⸻
黒いフード。
⸻
屋上で見た人物。
⸻
顔は見えない。
⸻
「君は……!」
⸻
悠が構える。
⸻
相手はゆっくり近付く。
⸻
「もう少し。」
⸻
「あと少しだ。」
⸻
「全部。」
⸻
「思い出せ。」
⸻
「誰なんだ!」
⸻
叫んだ瞬間。
⸻
黒いフードの人物は。
⸻
小さく笑った。
⸻
「私は。」
⸻
「君が。」
⸻
「一番会いたくない相手だよ。」
⸻
その言葉だけ残し。
⸻
夕暮れの路地へ姿を消した。
⸻
悠は追い掛けようとする。
⸻
しかし。
⸻
足が動かない。
⸻
胸の奥で。
⸻
もう一つの声が響く。
⸻
『追うな。』
⸻
『まだだ。』
⸻
二つの声。
⸻
一つは。
⸻
思い出せと言う。
⸻
一つは。
⸻
思い出すなと言う。
⸻
その狭間で。
⸻
悠は立ち尽くすことしかできなかった。




