三人目の名前
旧校舎。
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夕日が差し込む部屋。
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悠と如月。
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二人だけ。
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「始まったって。」
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「どういう意味だ。」
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悠は息を整えながら立ち上がる。
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如月は部屋の隅を見つめていた。
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まるで。
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昔を見ているように。
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「神代。」
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「一つだけ聞く。」
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「……何。」
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「さっき見た記憶。」
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「どこまで見えた。」
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悠は目を閉じる。
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「君と。」
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「僕がいた。」
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「あと。」
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「女の子。」
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「建物が揺れて。」
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「その子が転んだ。」
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「そこまで。」
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如月は静かに頷く。
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「……まだか。」
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「まだ?」
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「続きがあるのか。」
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「ある。」
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短い返事だった。
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「でも。」
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「今は思い出すな。」
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悠は眉をひそめる。
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「思い出せって言ったり。」
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「思い出すなって言ったり。」
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「どっちなんだよ。」
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如月は苦笑する。
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「俺も。」
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「分からなくなってる。」
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◇
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二人は部屋を出る。
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廊下。
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夕焼けが長い影を作る。
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その時だった。
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悠の足が止まる。
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「……ここ。」
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壁の一角。
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古びた傷。
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子どもが何かで引っ掻いたような跡。
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自然に。
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指が触れる。
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その瞬間。
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頭の中へ。
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声が流れ込む。
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『ほら!』
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『悠の方が下手!』
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女の子の笑い声。
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『うるさい!』
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『零も笑うな!』
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幼い自分。
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幼い如月。
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三人で笑っている。
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初めてだった。
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笑顔の記憶。
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血も。
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悲鳴もない。
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ただ。
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楽しかった頃。
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「……。」
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気付けば。
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涙が一滴。
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頬を伝っていた。
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「思い出したか。」
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如月が静かに尋ねる。
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「少し。」
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「笑ってた。」
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「僕。」
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その言葉を聞いた如月は。
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少しだけ安心したように笑う。
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「そうだ。」
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「お前は。」
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「昔から。」
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「よく笑う奴だった。」
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悠は立ち止まる。
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「違う。」
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「僕は。」
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「笑ってない。」
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如月は首を横に振る。
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「違う。」
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「今のお前じゃない。」
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「昔のお前だ。」
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胸が締め付けられる。
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昔の自分。
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今の自分。
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どちらが。
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本当なんだ。
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◇
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翌日。
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教室。
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「神代君。」
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朝倉が小さく声を掛ける。
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「昨日。」
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「大丈夫だった?」
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悠は一瞬だけ考える。
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そして。
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「心配掛けて。」
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「ごめん。」
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そう言って頭を下げた。
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朝倉は目を丸くする。
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「謝る必要ないよ。」
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「でも。」
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「ありがとう。」
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悠は少しだけ笑った。
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その笑顔は。
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今までより。
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少しだけ。
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ぎこちなかった。
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でも。
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どこか。
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本物に近かった。
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朝倉はその変化に気付く。
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「……。」
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少しだけ。
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安心した。
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その瞬間。
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教室の後ろで。
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如月が小さく呟く。
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「間に合うか……。」
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誰にも聞こえない声。
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その表情には。
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焦りが滲んでいた。
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◇
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放課後。
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校長室。
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校長は一冊の古い資料を開いていた。
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表紙には。
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「児童保護施設・鳳園 事故報告書」
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という文字。
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校長は静かに目を閉じる。
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「……もう。」
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「隠しきれないか。」
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資料の一ページ目。
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そこには。
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十年以上前の日付と。
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犠牲者の一覧。
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そして。
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最後の一行だけが。
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赤いペンで。
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丸く囲まれていた。
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『生存者 三名』




