鍵が開く音
保健室。
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「また倒れたの?」
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養護教諭が困ったように笑う。
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「……すみません。」
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ベッドから身体を起こす。
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頭はまだ重い。
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でも。
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さっき見たものだけは。
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はっきり覚えていた。
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『悠!!』
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『走れ!!』
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知らない少年。
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泣いている子ども。
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鉄格子。
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そして。
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手の中の鍵。
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悠は制服のポケットに触れる。
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……ある。
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夢じゃない。
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本当に如月から渡された鍵だ。
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「神代。」
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養護教諭がカルテを閉じる。
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「最近。」
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「頭痛、多いわね。」
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「はい。」
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「病院を紹介しようか?」
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一瞬。
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迷う。
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でも。
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「大丈夫です。」
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笑う。
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もう癖だった。
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「……そう。」
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先生はそれ以上言わなかった。
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◇
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放課後。
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旧校舎。
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人気はない。
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夕日だけが廊下を照らしている。
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悠は一人で歩いていた。
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「……。」
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気付けば。
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足が勝手にここへ来ていた。
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誰にも教えられていない。
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なのに。
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知っている気がする。
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階段を上る。
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三階。
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突き当たり。
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一番奥の部屋。
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古びた木製の扉。
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南京錠。
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――カチャ。
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悠は動きを止めた。
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「……。」
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見覚えがある。
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ありえない。
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初めて来た場所なのに。
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胸がざわつく。
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ポケットの中で。
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鍵が熱を帯びる。
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「まさか……。」
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取り出す。
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真鍮の鍵。
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南京錠へ近付ける。
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「違う。」
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「そんなわけ……。」
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自分に言い聞かせながら。
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差し込む。
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カチッ。
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ぴったりだった。
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呼吸が止まる。
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ゆっくり回す。
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ガチャ。
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錠が外れた。
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「なんで……。」
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扉を開ける。
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ギィ……
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埃っぽい空気。
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誰もいない。
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古い机。
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壊れた椅子。
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積み重なった段ボール。
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「何も……ない?」
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一歩。
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部屋へ入る。
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その瞬間。
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ギィィ……
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後ろで扉が閉まった。
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「!」
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振り返る。
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誰もいない。
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なのに。
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閉まった。
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次の瞬間。
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ズキッ!!
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激しい頭痛。
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視界が白く弾ける。
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『悠!』
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『こっち!!』
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幼い自分。
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走っている。
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隣には。
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如月。
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そして。
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もう一人。
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小さな女の子。
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顔だけが。
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見えない。
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『急いで!』
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誰かが叫ぶ。
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ドン!!
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大きな音。
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建物が揺れる。
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女の子が転ぶ。
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『悠……!』
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小さな手が伸びる。
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そこで。
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記憶は切れた。
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「はぁっ!!」
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悠は床へ手をつく。
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息ができない。
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汗が止まらない。
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「女の子……?」
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「三人目……。」
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写真の。
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切り取られた子。
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あの子だったのか。
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コンコン。
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突然。
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扉がノックされた。
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悠は息を呑む。
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「神代。」
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如月の声だった。
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「開けるぞ。」
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扉が開く。
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如月は部屋を見渡し。
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悠を見る。
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「……思い出したか。」
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悠は震える声で答える。
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「少しだけ。」
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「女の子がいた。」
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如月は静かに目を閉じる。
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「そうか。」
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「始まったな。」
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「何が。」
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如月はゆっくりと悠を見る。
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「君の記憶が。」
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「戻り始めた。」
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その表情に。
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安堵はなかった。
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あるのは。
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これから来る何かを知っている者だけが浮かべる。
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深い覚悟だった。




