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壊れた僕は、今日も笑う。  作者: ニィギンヤ


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20/78

初めての涙

 放課後。


⸻


 廊下には。


⸻


 誰もいない。


⸻


 ……そう思っていた。


⸻


「神代君。」


⸻


 聞き慣れた声。


⸻


 悠は慌てて目元を拭う。


⸻


「朝倉さん。」


⸻


 笑う。


⸻


 笑え。


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 いつも通り。


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「まだ。」


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「笑わなくていい。」


⸻


 その一言で。


⸻


 口元が止まる。


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「見ちゃった。」


⸻


 朝倉は静かに言った。


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「泣いてた。」


⸻


 悠は目を逸らす。


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「違う。」


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「ゴミが入っただけ。」


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 苦しい言い訳。


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 自分でも分かる。


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 こんなの。


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 誰も信じない。


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「うん。」


⸻


 朝倉は頷いた。


⸻


「信じない。」


⸻


 悠は少しだけ苦笑した。


⸻


「正直だね。」


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「うん。」


⸻


「嘘つくの苦手だから。」


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 二人の間に。


⸻


 静かな沈黙が流れる。


⸻


「神代君。」


⸻


「私は。」


⸻


「理由は聞かない。」


⸻


 悠は驚いて顔を上げる。


⸻


「聞きたいけど。」


⸻


「聞かない。」


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「話したくなった時だけ。」


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「聞く。」


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「だから。」


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「今日は。」


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「何も言わなくていい。」


⸻


 その言葉は。


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 優しかった。


⸻


 優しすぎた。


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 だからこそ。


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 胸が痛い。


⸻


「……ごめん。」


⸻


 自然に出た言葉。


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「謝らなくていい。」


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「でも。」


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「ごめん。」


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「怒鳴って。」


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「傷付けて。」


⸻


「ごめん。」


⸻


 朝倉は首を横に振る。


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「私。」


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「傷付いてない。」


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「ただ。」


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「神代君が苦しそうで。」


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「それが嫌だった。」


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 悠は何も言えない。


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 こんな風に。


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 心配されたことなんて。


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 いつ以来だろう。


⸻


 思い出せない。


⸻


 ◇


⸻


「神代。」


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 突然。


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 低い声が響く。


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 二人が振り向く。


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 如月零だった。


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「少しいいか。」


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 朝倉は悠を見る。


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「私は。」


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「先に帰るね。」


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 そう言って。


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 静かに廊下を歩いていく。


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 すれ違う瞬間。


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 如月が小さく頭を下げた。


⸻


 朝倉も軽く会釈する。


⸻


 二人きりになる。


⸻


「何?」


⸻


 悠が警戒する。


⸻


 如月はポケットから。


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 一枚の鍵を取り出した。


⸻


 古びた真鍮の鍵。


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「これ。」


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「預かっててくれ。」


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「……は?」


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「意味が分からない。」


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「今は。」


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「それでいい。」


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 鍵を悠の手に乗せる。


⸻


 冷たい。


⸻


 不思議なくらい。


⸻


 冷たい。


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「どこの鍵?」


⸻


 如月は少しだけ笑う。


⸻


「思い出した時。」


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「自然と分かる。」


⸻


「だから。」


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「なくすな。」


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 そのまま背を向ける。


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「待って!」


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 悠は思わず呼び止める。


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「一つだけ。」


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「答えて。」


⸻


 如月は立ち止まる。


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「……僕。」


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「昔。」


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「君と何があった?」


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 長い沈黙。


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 廊下に夕日が差し込む。


⸻


 そして。


⸻


 如月は振り返らずに答えた。


⸻


「俺じゃない。」


⸻


「守れなかったのは。」


⸻


 その一言だけ残して。


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 歩き去っていく。


⸻


 守れなかった。


⸻


 その言葉が。


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 胸の奥へ深く沈む。


⸻


「守れ……なかった?」


⸻


 その瞬間。


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 鍵を握る手が熱くなる。


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 ズキッ。


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 激しい頭痛。


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 視界が白く染まる。


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 知らない部屋。


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 鉄格子。


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 泣いている子ども。


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 その奥で。


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 誰かが叫んでいる。


⸻


『悠!!』


⸻


『走れ!!』


⸻


 そこで。


⸻


 映像は途切れた。


⸻


 気が付くと。


⸻


 悠は廊下に膝をついていた。


⸻


 手の中には。


⸻


 固く握り締めた鍵。


⸻


「……今の。」


⸻


 夢じゃない。


⸻


 確かに。


⸻


 “記憶”だった。

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