初めての涙
放課後。
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廊下には。
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誰もいない。
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……そう思っていた。
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「神代君。」
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聞き慣れた声。
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悠は慌てて目元を拭う。
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「朝倉さん。」
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笑う。
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笑え。
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いつも通り。
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「まだ。」
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「笑わなくていい。」
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その一言で。
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口元が止まる。
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「見ちゃった。」
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朝倉は静かに言った。
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「泣いてた。」
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悠は目を逸らす。
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「違う。」
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「ゴミが入っただけ。」
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苦しい言い訳。
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自分でも分かる。
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こんなの。
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誰も信じない。
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「うん。」
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朝倉は頷いた。
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「信じない。」
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悠は少しだけ苦笑した。
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「正直だね。」
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「うん。」
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「嘘つくの苦手だから。」
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二人の間に。
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静かな沈黙が流れる。
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「神代君。」
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「私は。」
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「理由は聞かない。」
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悠は驚いて顔を上げる。
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「聞きたいけど。」
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「聞かない。」
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「話したくなった時だけ。」
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「聞く。」
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「だから。」
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「今日は。」
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「何も言わなくていい。」
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その言葉は。
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優しかった。
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優しすぎた。
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だからこそ。
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胸が痛い。
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「……ごめん。」
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自然に出た言葉。
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「謝らなくていい。」
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「でも。」
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「ごめん。」
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「怒鳴って。」
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「傷付けて。」
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「ごめん。」
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朝倉は首を横に振る。
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「私。」
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「傷付いてない。」
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「ただ。」
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「神代君が苦しそうで。」
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「それが嫌だった。」
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悠は何も言えない。
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こんな風に。
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心配されたことなんて。
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いつ以来だろう。
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思い出せない。
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◇
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「神代。」
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突然。
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低い声が響く。
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二人が振り向く。
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如月零だった。
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「少しいいか。」
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朝倉は悠を見る。
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「私は。」
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「先に帰るね。」
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そう言って。
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静かに廊下を歩いていく。
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すれ違う瞬間。
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如月が小さく頭を下げた。
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朝倉も軽く会釈する。
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二人きりになる。
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「何?」
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悠が警戒する。
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如月はポケットから。
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一枚の鍵を取り出した。
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古びた真鍮の鍵。
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「これ。」
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「預かっててくれ。」
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「……は?」
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「意味が分からない。」
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「今は。」
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「それでいい。」
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鍵を悠の手に乗せる。
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冷たい。
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不思議なくらい。
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冷たい。
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「どこの鍵?」
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如月は少しだけ笑う。
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「思い出した時。」
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「自然と分かる。」
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「だから。」
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「なくすな。」
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そのまま背を向ける。
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「待って!」
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悠は思わず呼び止める。
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「一つだけ。」
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「答えて。」
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如月は立ち止まる。
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「……僕。」
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「昔。」
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「君と何があった?」
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長い沈黙。
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廊下に夕日が差し込む。
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そして。
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如月は振り返らずに答えた。
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「俺じゃない。」
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「守れなかったのは。」
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その一言だけ残して。
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歩き去っていく。
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守れなかった。
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その言葉が。
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胸の奥へ深く沈む。
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「守れ……なかった?」
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その瞬間。
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鍵を握る手が熱くなる。
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ズキッ。
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激しい頭痛。
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視界が白く染まる。
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知らない部屋。
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鉄格子。
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泣いている子ども。
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その奥で。
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誰かが叫んでいる。
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『悠!!』
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『走れ!!』
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そこで。
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映像は途切れた。
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気が付くと。
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悠は廊下に膝をついていた。
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手の中には。
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固く握り締めた鍵。
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「……今の。」
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夢じゃない。
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確かに。
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“記憶”だった。




