笑えない朝
午前五時。
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目が覚めた。
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夢だった。
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……いや。
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夢だったはずなのに。
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胸の鼓動だけが。
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現実だった。
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「はぁ……。」
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ベッドから起き上がる。
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喉が渇く。
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コップ一杯の水を飲む。
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震えが止まらない。
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昨日の夢。
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『悠。』
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『思い出すな。』
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あの声だけが。
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耳から離れない。
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洗面所へ向かう。
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鏡。
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映った自分を見る。
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無表情。
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酷い顔だ。
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「……。」
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口角を上げる。
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いつもの笑顔。
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でも。
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今日は。
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上手く笑えない。
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「違う。」
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もう一度。
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「違う。」
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もう一度。
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何度繰り返しても。
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昨日までの笑顔にならない。
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「……なんで。」
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その一言だけが。
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静かな部屋に響いた。
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◇
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教室。
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「神代!」
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「おはよう!」
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声を掛けられる。
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「……おはよう。」
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笑う。
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笑えた。
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……ように見えた。
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「神代?」
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「今日元気なくね?」
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「昨日の件?」
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「あー。」
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「ちょっと寝不足。」
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いつもの言い訳。
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みんな納得する。
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でも。
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朝倉だけは。
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黙っていた。
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◇
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昼休み。
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屋上。
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「神代君。」
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「隣、いい?」
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「もちろん。」
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二人で座る。
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風が気持ちいい。
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「ねぇ。」
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朝倉が缶ジュースを差し出す。
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「糖分。」
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「疲れてる時にいいらしい。」
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「あ、ありがとう。」
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受け取る。
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少しだけ笑う。
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「……。」
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朝倉は。
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じっと悠を見ていた。
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「今日。」
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「笑う回数。」
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「少ないね。」
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ドクン。
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心臓が跳ねる。
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「そうかな。」
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「うん。」
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「今までは。」
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「もっと無理してた。」
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図星だった。
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何も言えない。
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「神代君。」
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「壊れそう。」
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その言葉で。
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張り詰めていた何かが。
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少しだけ。
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揺れた。
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「僕は……。」
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声が漏れる。
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「え?」
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「……いや。」
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違う。
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言っちゃ駄目だ。
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言えば。
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全部。
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崩れる。
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「神代君。」
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朝倉が。
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初めて悠の手首を掴んだ。
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優しく。
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逃がさないように。
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「もう。」
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「一人で頑張らなくていい。」
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その瞬間。
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視界が歪む。
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手。
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小さな手。
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血で汚れた。
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子どもの手。
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『離さないで。』
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『悠。』
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『お願い。』
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「っ!!」
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勢いよく手を振り払う。
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「ご、ごめん!」
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息が苦しい。
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立ち上がる。
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「神代君!」
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「近付かないで!」
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叫んでしまった。
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屋上が静まり返る。
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朝倉は。
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何も言えなかった。
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悠は。
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そのまま走り去る。
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廊下。
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階段。
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どこを走ったのか。
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覚えていない。
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ただ。
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胸だけが痛い。
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「違う……。」
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「朝倉さんじゃない。」
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「ごめん。」
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「ごめん……。」
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その頃。
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屋上には。
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缶ジュースが一本。
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まだ。
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冷たいまま残されていた。
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朝倉はそれを見つめながら。
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小さく呟く。
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「やっと。」
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「笑顔が壊れ始めた。」
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その声に。
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喜びはなかった。
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ただ。
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涙だけが。
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一滴。
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コンクリートへ落ちた。




