言えない
放課後。
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雨は止んでいた。
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校舎の窓から差し込む夕日が。
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廊下を赤く染めている。
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「神代君。」
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朝倉だった。
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「今日。」
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「少し寄り道しない?」
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「寄り道?」
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「屋上。」
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「……いいよ。」
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二人で階段を上る。
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屋上。
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フェンス越しに街が見える。
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風だけが吹いていた。
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「ここ。」
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「好きなんだ。」
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朝倉が空を見る。
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「静かだから。」
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「確かに。」
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悠も隣に立つ。
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しばらく。
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二人とも喋らなかった。
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「ねぇ。」
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朝倉が口を開く。
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「神代君って。」
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「一人で抱え込みすぎ。」
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悠は苦笑する。
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「そう見える?」
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「うん。」
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「すごく。」
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また沈黙。
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風が制服を揺らす。
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「……もし。」
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朝倉はフェンスを見つめたまま言った。
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「話したくないなら。」
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「話さなくていい。」
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悠は黙って聞く。
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「でも。」
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「苦しいなら。」
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「苦しいって言っていい。」
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その言葉に。
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胸の奥が軋む。
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苦しい。
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そんなの。
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毎日だ。
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でも。
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言ったら。
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全部。
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思い出してしまう。
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「神代君?」
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気付けば。
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拳を強く握っていた。
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爪が掌に食い込む。
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「……ごめん。」
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「え?」
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「少しだけ。」
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「考え事。」
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笑う。
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また。
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いつもの笑顔。
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その瞬間。
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「もう。」
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朝倉が小さく呟いた。
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「笑わなくていい。」
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悠の表情が止まる。
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「ここには。」
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「私しかいないから。」
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静かな風。
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夕焼け。
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誰もいない屋上。
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それでも。
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口角は。
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下がらなかった。
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「……無理。」
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その一言だけだった。
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笑顔のまま。
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声だけが震えていた。
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「笑わないと。」
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「分からなくなる。」
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「……何が?」
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悠は少しだけ目を伏せる。
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小さく。
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本当に小さく。
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「自分が。」
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朝倉は息を呑んだ。
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それ以上。
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何も聞かなかった。
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聞いてはいけない気がした。
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二人で夕日を眺める。
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長い沈黙。
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不思議と。
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苦しくなかった。
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別れ際。
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「また明日。」
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朝倉が笑う。
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「うん。」
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悠も笑う。
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だけど。
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朝倉は気付いていた。
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さっきの笑顔は。
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ほんの少しだけ。
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いつもより。
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作るのが遅かったことに。
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その夜。
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部屋。
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悠はベッドに腰掛ける。
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窓の外では虫の声。
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静かな夜。
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今日の出来事を思い返す。
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「笑わなくていい。」
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その言葉だけが。
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頭の中で何度も響く。
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「そんなこと……。」
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小さく呟く。
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「できたら。」
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「こんなに苦しまない。」
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机の引き出しを開ける。
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奥には。
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古い写真が一枚。
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裏返しのまま。
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指先が触れる。
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震える。
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それでも。
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表にはしない。
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「まだ……。」
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「まだ無理だ。」
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引き出しを閉める。
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鍵を掛ける。
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まるで。
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記憶ごと閉じ込めるように。




