閑話1-1 魔法研究会:魔法って何?
月に一度、この日が来る。
お嬢様の魔法研究会。魔法の先生を招いて、お嬢様が魔法を教わる会だ。四年前の第一次ノルデン戦争で魔法の存在を知って以来、お嬢様は毎月欠かさず開催している。
毎回先生が来て、毎回同じことが起きる。先生がお嬢様に魔法を教えようとして、お嬢様が質問攻めにして、結局、先生がなすすべもないまま帰る。
お嬢様は魔法を使えないままで。
……なぜ私が毎回付き合わされているかというと、話すと長くなる。
◆
始まりは四年前だ。
第一次ノルデン戦争の後、お嬢様は魔法の存在を知った。自分でも試して、全く使えなかった。「きっとMPが少ないだけよ」と言い張って、私に炎を見せろと命じて、私が小さな火を灯したら「私はメイドより魔法の才能がないの?」と拗ねた。
──あの日から数日後のことだ。
「エマ。どうやって火を出すの。教えなさい」
「え……私がですか?」
「あなたは使えるでしょう。使える人間が教えるのが一番合理的よ」
「お嬢様、私はメイドであって魔法の先生では……」
「いいから」
仕方なく説明を試みた。
「えっと……こう、体の中に温かいものがあるので……それを、ふわっと意識を集めて……」
「ふわっとって何? 定義して」
「定義……えっと、体の中心あたりから、指先に向かって……」
「体の中心って胃? 心臓? 脳?」
「そういうことじゃなくて……なんとなく……」
「なんとなくで再現できるわけないでしょう!!」
「お嬢様、人のせいにしてはいけません……」
「うるさい」
怒られた。
でも実際、「なんとなく」としか言いようがないのだ。体の中に、なんとなく温かいものがあって、それをなんとなく指先に集めると、なんとなく火が灯る。
三日間粘った。私も言葉を尽くした。「温かいものを指先に送る感じ」「体の奥から押し出すような」「息を吐くのに近い」──思いつく限りの表現を試した。
お嬢様は全部却下した。「温かいって何度」「押し出すって圧力はいくつ?何ヘクトパスカル?」「息を吐くのとは物理的に違うでしょう」。
私の説明が悪いのではない。魔法とはそういうものなのだ。でもお嬢様は、定量的でないものを受け入れられない人だ。
三日目の夜、お嬢様が言った。
「……あなたじゃ埒が明かないわ。プロを呼ぶ」
こうして魔法研究会が始まった。
気がつけば四年経っていた。
四年間で四十八人の先生が来た。
宮廷魔道士。元冒険者。白魔道士の見習い。辺境の呪術師。退役軍人の戦闘魔道士。学院の元教授。隣国から招いた高位術者。
毎月違う先生を呼び、毎月同じやり取りが繰り返された。
「体の中の温かいものを感じてください」
「体の中のどこ」
全滅である。
四十八人の先生が、四十八通りの言い方で同じことを言った。「体の中に流れるものを」「丹田のあたりに意識を」「精神を静めて内なる光を」──表現は違えど、中身は全て同じだった。
お嬢様は毎回、同じ質問をした。
「それは心臓? 肺? 肝臓?」
「温度は何度?」
「物理的にどこにあるの?」
四十八人全員が、同じ顔で黙り込んだ。
四十八人目。
引退した宮廷魔道士の老人。穏やかな人だった。
「ではまず、目を閉じてください。体の中に、温かいものを──」
「──それ、全員言うわね」
お嬢様が遮った。老人が固まる。
「四年間、四十八人。全員が同じ説明をしたわ。温かいものを感じろ。体の中心に意識を集めろ。でも誰も、それがどの臓器にあるのか答えられない」
「殿下……」
「全身に均一に分布しているの? それとも濃淡がある? 血液に溶けているの?」
「そ、そのような分類は……」
「感じろと言うからには、物理的な変化があるはずよ。それは熱なの? 圧力なの? 振動なの?」
老魔道士の顔が青ざめていく。四十八人目も同じ顔になった。
「……殿下。魔法とは理屈ではなく、感覚で……」
「四年前にエマに教えてもらった時と、全く同じ説明ね」
お嬢様が椅子の背にもたれた。足が床に届いていない。十歳のお嬢様は、椅子に座ると足がぶらぶらする。その姿で、宮廷魔道士を問い詰めているのだ。
「プロも素人も同じことしか言えないの?」
素人とは私のことだ。四年前に同じことを言って、同じように怒られた。プロを四十八人呼んでも結論は変わらなかった。
魔法は「なんとなく」で始まる。お嬢様にとって、「なんとなく」ほど耐えられない言葉はないだろう。
老魔道士が最後に聞いた。
「……殿下ご自身は、その、温かいものを感じますか」
「……」
お嬢様は少し黙った。
「……感じないわ」
「……」
「でもゼロではないはずよ。器がゼロに近いだけで、ゼロではないと前の先生が言ったわ」
希望はない。
四年間、四十八人の先生が全員同じ結論に達した。「殿下には魔法の才能がございません」。ただし本人の前では、誰もはっきり言えなかった。言えるわけがない。相手は帝国の実質的支配者だ。
お嬢様は毎回「まだ希望はある」と言う。四年間、一度も折れない。
……これは美談なのだろうか。私にはよくわからない。
四十八人目の先生が帰った後、聞いてみた。
「お嬢様。なんでそんなに魔法にこだわるんです?」
お嬢様は少し考えて、言った。
「メラゾーマが使いたいの」
「……めらぞーま?」
「ううん、贅沢は言わないわ。メラでいいの。『これはメラゾーマではない、メラだ』って言えればそれでいいの」
ああ、いつものお嬢様の謎用語だ。四年前にも聞いた。よくわからないけど、何かお嬢様なりのこだわりがあるのだろう。
「……まあ、頑張ってください」
「ええ」
お嬢様の目は真剣だった。メラが何かは知らないが、お嬢様にとっては大事なことらしい。
◆
第二次ノルデン戦争が終わった後、事態は悪化した。
戦場で魔法を間近に見たお嬢様の情熱が、再燃したのだ。
月に一度だった研究会が、週に一度になった。先生はもう呼ばなくなった。お嬢様が自分で研究すると言い出したのだ。
──つまり、実験台が要るということだ。
「エマ、火を出しなさい」
「はい……」
私は指先に小さな炎を灯した。ロウソクを点ける程度の火だ。
「もっと大きく」
「え……がんばります」
集中する。炎が少し大きくなる。拳くらい。
「もっと」
「これが限界です……」
「限界を知りたいの。もっと」
歯を食いしばった。炎が膨らむ。両手で抱えるくらいの大きさ。手が震える。
「次、小さくして。ロウソク程度に戻して」
「はい……」
「それを十回連続で」
「十回!?」
「いいから。──データを取るの」
データ。お嬢様はいつもそうだ。複式簿記もMKS単位系も鋳造量も、全部「データを取る」から始まった。
今度は私の魔法のデータを取るらしい。
◆
小さい火、三十二回目。
お嬢様がノートに記録を取っている。私は椅子に座ったまま、指先に炎を灯し続けていた。
灯す。消す。灯す。消す。
「……弱くなってきたわね。面白い」
「面白くないです……」
「エマ、あなた今どんな感覚?」
「……体の中の何かが、減っている感じです。水瓶の水が少なくなるような……」
「水瓶。容量がある。使えば減る。──MPよ」
「えむぴー……」
「マジックポイントの略。四年前に私が教えてあげたでしょう。──まあいいわ。続けて」
灯す。消す。炎がどんどん小さくなっていく。さっきは拳くらいまで出せたのに、今はロウソクの半分くらいしか灯らない。
「四十一回目。──まだ行ける?」
「……少し、くらくらします……」
「もう少し。限界を確認したいの」
「お嬢様……私はメイドで……実験動物では……」
「大丈夫よ、ちゃんとデータを取ってるから」
「それは私の安全を保証する言葉ではありません……」
四十三回目。炎が指先にちらついて、すぐに消えた。
四十四回目。何も出なかった。
四十五回目。指先に意識を集めようとして──体の中が空っぽだった。水瓶の底が見えた。
「……お嬢様、もう……」
目の前が暗くなった。
椅子から崩れ落ちる感覚があった。でも途中から、感覚がなくなった。
薄れゆく意識の中で、お嬢様の声が聞こえた。
「……エマ? エマ!」
……それと、ペンが紙を走る音。
お嬢様がノートに何か書き込んでいる。たぶん「45回」と。
私が倒れる前に、記録を優先した。
……知ってた。お嬢様は、そういう人だ。




