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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第87話 ノルデン併合

白旗が掲げられ、戦闘は終わった。


お嬢様が城内に入る。私はその後ろに控えて、周囲を見回した。


城の中庭には、ノルデン兵たちが座り込んでいた。武器を手放し、茫然としている。あの地獄を見た後だ。無理もない。


茫然としているのは、ノルデンの兵士だけではなかった。


お嬢様に半ば強引に連れてこられた帝国の貴族たち──彼らも口を半開きにしたまま固まっていた。「戦場視察」と言われて渋々ついてきた彼らは、まさかこんなものを見せられるとは思っていなかっただろう。


経験したことのない距離からの攻撃。経験したことのない規模の大爆発。そして強固な城門があっけなく蒸発する有り様。


私でさえ怖かった。お嬢様の隣にいても、あの白い炎には震えた。正面から浴びた彼らは、もっとだろう。


兵士たちの目は虚ろだった。何人かは、まだ震えている。戦う気力など、もう残っていないように見えた。


そして──


「交渉は、私が行う」


ノルデン王が、前に出た。


ヴィルヘルム3世。3年前、お嬢様に捕らえられた王。その時は「荷物のように抱えられて帰ってきた」と聞いている。


その後ろで、包帯だらけの王子が何か言おうとした。


「父上、私が──」


「お前は休んでいろ」


王の声は静かだった。息子の肩に手を置き、そっと押し戻す。


「しかし──」


「責任は俺が取る。俺がこの国の王だ。お前は下がっていろ」


王子は何か言いたげだったが、最終的には黙った。


3年前、お嬢様に怯えていたと聞いた人。でも今日の彼は──王として、責任を取ろうとしていた。


城の広間で、交渉が始まった。


お嬢様は椅子に座り、ヴィルヘルム王は立ったまま。本来なら王が座るべき場所だが、敗者にその権利はない。


「講和の条件を出すわ」


お嬢様の声が響く。9歳の少女の声。でも、この場にいる誰よりも重い声だった。


「賠償金。軍縮。そして──従属」


「……」


「帝国の属国になりなさい。悪くない条件でしょう? 負けた側としては」


従属。つまり、ノルデンは国として残る。王も、王子も、地位を失わない。税を納め、軍事的に従属するが、国の形は保たれる。


確かに、敗戦国への条件としては寛大だと思った。お嬢様にしては珍しく、穏やかな条件だ。お嬢様が提示した数字の内容も、破格の条件といってもいい。


普通なら──これを受け入れて終わりだろう。




長い沈黙があった。


ヴィルヘルム王は、じっとお嬢様を見つめていた。何かを考えているようだった。その目には、恐怖ではなく──覚悟のようなものが見えた。


そして──口を開いた。


「……お断りする」


え?


私は思わず声を上げそうになった。お断り? この状況で?


「……」


お嬢様も、一瞬沈黙した。珍しいことだ。


「従属ではなく、併合を要求する」


え?


私は耳を疑った。


併合? それは従属より遥かに重い。ノルデンという国が消える。王族という地位も失う。領土は帝国に吸収され、ノルデンという名前すら地図から消える。


なぜ、より重い条件を──自分から?


長い沈黙があった。


あのお嬢様でさえ固まっていた。意図を測りかねているのだろう。


沈黙を破ったのはノルデンの王子だった。


「ち、父上! いきなり何を言っているのですか!」


「黙っていろ」


「しかし──!」


ヴィルヘルム王が手を上げて制した。振り返らず、ただ手だけで。


王子は言葉を飲み込んだ。だが、その目には混乱と怒りが渦巻いていた。


「……理由を聞かせて」


お嬢様が言った。その声には、わずかに興味が混じっているように聞こえた。


「ここで従属するとしよう」


ヴィルヘルム王は静かに答えた。


「そしたら10年後、20年後──『独立を』と言い出す者が現れる。現れるに決まっているのだ」


「……」


「私が死ねば、息子が。息子でなくても、誰かが。『祖国の誇りを取り戻せ』と叫ぶ者が、必ず現れる」


王は一度言葉を切った。


「そしてまた戦争が起きる。また負ける。また民が死ぬ。仮に勝ったとしても人が死ぬのだ」


王子が何か言おうとしたが、王が再び手で制した。


「100年間、我々は戦い続けてきた。勝ったり負けたり、決着がつかないまま。だが今日、決着がついた」


王の目が、お嬢様を見据えた。


「これで──俺で終わりにしよう」


その声には、疲労と──決意が滲んでいた。100年の因縁を背負ってきた王の、最後の決断だった。


「……民は、あなたを愚王と呼ぶわ」


お嬢様が言った。


「ああ」


「国を売った王として、歴史に残る」


「そうだろうな」


ヴィルヘルム王は、静かに笑った。自嘲ではなく、穏やかな笑みだった。


「それでいい


──愚王と呼ばれても、民が生き残るなら」




お嬢様は、しばらくヴィルヘルム王を見つめていた。


その目は──何を考えているのか、私にはわからなかった。いつものように冷たくも見えるし、どこか感心しているようにも見える。


「……あなたは、賢明ね」


「臆病なだけだ」


「臆病と賢明の区別がつく人は少ないわ」


私は──少し、このノルデン王を見直した。


3年前、お嬢様に怯えていた人。今日も最初は震えていたかもしれない。でも今、彼は王として立っている。


息子に屈辱を負わせないために白旗を掲げ、民のために国を手放す決断をした。


臆病かもしれない。でも──王だった。


「いいわ。併合を受け入れる」


お嬢様が立ち上がった。


「田舎に屋敷を用意する。そこで静かに暮らしなさい」


ヴィルヘルム王が膝をついた。


「……俺の首を差し出す。それで民を許してくれ」


「そんなもんいらないわ」


お嬢様は即答した。


「あなたの首に何の価値があるの? あなたの首を取ったらあなたの国の人達の余計な恨みを買うだけだわ。 責任を感じるなら、さっさと田舎に引っ込んで、隠居生活でも送りなさい」


「……」


「民を想うなら、生きて見届けなさい。自分が手放した国が、どうなるのかを」


ヴィルヘルム王は、しばらく黙っていた。そして──ゆっくりと頭を下げた。


「……感謝する」


「感謝はいらない」


お嬢様はヴィルヘルム王を見下ろした。


「あなたが賢明だったから、これ以上民が死なずに済む。それだけよ」


ヴィルヘルム王は何も言わなかった。ただ、深く頭を下げた。


その後ろで、王子が茫然と立ち尽くしていた。父が何をしたのか、まだ理解できていないようだった。いや──理解したくないのかもしれない。



城を出る時、私はふと振り返った。


白旗が風にはためいている。青地に銀の狼──ノルデンの軍旗は、もうどこにも見えなかった。


──ノルデン王国は、今日、終わった。


100年以上続いた帝国との争いも。代々の王が抱えてきた因縁も。


全て、終わった。


「エマ」


「はい、お嬢様」


「併合の手続き、よろしくね」


「……私はメイドです」


「知ってるわ」


お嬢様は振り返らずに歩いていく。


……はい。わかっております。やりますとも。


私はメイドなのに、国の併合手続きをするのです。領土の編入、行政の統合、税制の調整……考えただけで胃が痛くなる。


でも、いつものことです。


ため息をつきながら、私はお嬢様の後を追った。


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