第68話 助成金制度
「クラウス、相談があるの」
お嬢様が切り出した。
執務室には、クラウス様とお嬢様、そして私がいた。
「何でございましょう」
「まずは農業改革の進捗を報告するわ」
お嬢様は書類を広げた。
「四圃制と化学肥料の導入。リーゼの村で試験的に始めた」
「農業指導官の件でございますな。成果は上がっておりますか」
「ええ。収穫量は確実に増えている」
お嬢様は頷いた。
「農具も改良した。鉄の鋤、種まき機。ギュンターに作らせたの」
「工場長の技術が農業にも活きるとは」
「深く耕せるようになって、発芽率も上がった。脱穀機も水車動力で動かしている」
クラウス様は感心したように書類に目を通していた。
「素晴らしい成果でございますな。これを他の村にも広げれば……」
「そう。それが問題なの」
お嬢様の表情が曇った。
「問題、とは」
「農民にはお金がない」
お嬢様は窓の外を見た。
「リーゼの村には国の費用で農具を提供した。でも、他の村にも同じことをするには……」
「農民自身が買わねばならない、と」
「ええ。高炉のおかげで鉄の値段は下がったけど、それでも農民には高価すぎる。
──かといって、国がタダで配るのも違う」
「……と申しますと?」
「タダでもらったものは、大切にされない」
お嬢様は振り返った。
「自分で稼いだ金で買ったものと、タダでもらったもの。どちらを大切にする?」
クラウス様は少し考え込んだ。
「……なるほど。仰る通りでございますな」
「それに、タダで配り続けたら国庫が持たない。持続可能な仕組みが必要なの」
「では、どのような制度を?」
お嬢様は机に紙を広げた。
「助成金制度よ」
「助成金……」
「農具を買った農家に、購入費用の一部を国が補助する。現金をばら撒くわけじゃないわ」
「なるほど。農具を買った証拠を持ってこさせる、と」
「ええ。自分で買うから大切にする。でも負担は軽くなる」
クラウス様は頷いた。
「では、その条件とは?」
「まず、厳正な審査」
お嬢様は指を立てた。
「誰にでも配るわけじゃない。本当に必要としている農家かどうか、ちゃんと確認する」
「審査の基準は?」
「土地を持っているか。耕作する意欲があるか。新しい農法を学ぶ気があるか」
クラウス様は頷きながらメモを書き留めていた。
「それと、助成金の額は土地の大きさに比例させる」
「土地の大きさ、でございますか」
「ええ。測量で土地の面積は把握できているでしょう? 大きな土地には多くの農具が必要。小さな土地には少なめでいい」
「なるほど。公平な基準ですな」
「口先だけで『欲しい』と言う人間には渡さない。実際に使う人間にだけ、渡すの」
「なるほど。ただ配るのではなく、選別するわけですな」
「そう。審査に通った人には『購入許可証』を発行する」
「購入許可証?」
「鍛冶屋は、許可証を持ってきた農民にだけ助成金価格で売る。農民は3割だけ払えばいい」
「残りの7割は?」
「鍛冶屋が許可証を国に持ってくれば、国が7割を払う」
クラウス様は目を見開いた。
「なるほど……農民は全額を用意する必要がない。しかし鍛冶屋も確実に代金を受け取れる」
「ええ。農民が申請をサボっても、鍛冶屋に被害はない。許可証がなければ売らなければいいだけ」
「よく考えられておりますな。この仕組みには名前が?」
「バウチャー制度、と呼ぶことにするわ」
「バウチャー……引換券、でございますか」
「ええ。許可証を引換券として使うから」
クラウス様はふと手を止めた。
「……測量で土地の面積を把握し、戸籍で農民を特定する。なるほど、これらの施策がここで繋がるわけですな」
「ええ。誰がどれだけの土地を持っているか、全部記録されているもの」
「測量や戸籍作成がなされる前なら、こんな制度は作れなかった」
クラウス様は感心したように呟いた。
「バラバラに進めていた施策が、こうして一つの形になるとは……これを見据えておられたのですか?」
「も、もちろんよ」
お嬢様は窓の外に目を向けた。
──目が泳いでいる。
私は気づいてしまった。お嬢様、たぶん後付けだ。
でも、結果的に繋がったのは事実。お嬢様の判断が正しかったことに変わりはない。
……かわいい。
「次に、成果報告」
お嬢様は二本目の指を立てた。
「助成金を受けた農家には、毎年の報告を義務づける。収穫量の変化、農具の使用状況」
「手間がかかりますな」
「国民の税金を使うの。ちゃんと使われているか確認するのは当然でしょう?」
クラウス様は深く頷いた。
「そして最後。支給停止の条件」
お嬢様は三本目の指を立てた。
「支給停止……でございますか?」
「助成金は返さなくていい。でも、一定以上の収入を得られるようになったら、支給を止める」
「なるほど。自立したら卒業、ということですな」
「ええ。いつまでも助成に頼られても困るもの」
「基準は?」
「土地の面積あたりの収穫量が、一定の基準を超えたら卒業。成果報告と測量データで機械的に判定できる」
クラウス様は頷いた。
「成功した農家は自分の力でやっていける。助成金は、本当に必要な人に回せる」
「そういうこと」
お嬢様は付け加えた。
「あと、不正があった場合は別よ」
「不正、とは」
「農具を買ったと偽って許可証を使ったり、助成金を目的外に使ったり。そういう場合は全額返還。さらに、以後の助成金資格を剥奪する」
「厳しいですな」
「当然よ。国民の税金を騙し取る行為だもの」
お嬢様の目は冷たかった。
「正直にやれば助けてもらえる。ズルをしたら罰を受ける。単純な話でしょう?」
クラウス様は深く頷いた。
「正直者が報われる仕組み、でございますな」
「そうよ。ズルをした人間は排除される。真面目にやった人間が得をする」
お嬢様は微笑んだ。
「そういう社会を作りたいの」
◆
少し手直しが入り、法整備が行われた後、助成金制度が正式に発布された。
「国は農業振興のため、助成金制度を設ける。希望する農家は審査を経て、農具等の費用補助を受けることができる」
クラウス様が布告を読み上げる。
「ただし、成果報告の義務を負う。また、収穫量が一定基準を超えた場合は支給を停止する」
この国で初めての、農業支援制度だった。
窓の外を見ると、秋の空が広がっている。
お嬢様は、ただ助けるだけじゃない。
自分の力で立てるようになるまで、後ろから支える。立てるようになったら、手を離す。
──それって、メイドの仕事と同じだ。
私はふと、そう思った。




