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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第67話 農業指導官リーゼ

秋。


私たちは再び農村を訪れていた。


リーゼさんの試験畑。彼女が四圃制と化学肥料を試した、あの小さな畑だ。


「……どうかしら」


お嬢様が呟いた。珍しく、少しだけ緊張しているように見えた。


リーゼさんは畑の前に立っていた。背中が強張っている。


私も、息を詰めて見守った。


これは試験だ。お嬢様が教えた知識が、本当に結果を出すのか。リーゼさんが学んだことが、形になるのか。


その答えが、今、目の前にある。


「……できた」


リーゼさんが呟いた。


小さな試験畑に、麦がたわわに実っていた。隣の畑と比べるまでもない。穂は重く垂れ下がり、金色に輝いている。


「本当に……できたんだ」


リーゼさんの目に涙が光った。


「どうだった?」


お嬢様が聞いた。声は平静だったが、口元がわずかに緩んでいた。


「2倍以上です! 同じ広さなのに!」


リーゼさんは振り返り、興奮して報告した。


「四圃制、鉄の鋤、化学肥料。全部合わせた結果ね」


「はい!」


リーゼさんは満面の笑みを浮かべた。


学んだことが、形になった。知識が、収穫になった。


その喜びが、私にも伝わってきた。


でも、ここに至るまでの道のりは、決して平坦ではなかった。





数ヶ月前のことだ。


「おじさん、この肥料を使ってみてください」


リーゼさんは村を回り始めていた。袋を抱えて、農民たちに声をかける。


「……なんだこれ」


「過リン酸石灰です。土に撒くと──」


「女の子に何が分かる」


農民の言葉に、リーゼさんは言葉を詰まらせた。


「でも、結果が──」


「嬢ちゃん、畑仕事は男の仕事だ」


別の農民も口を挟む。


「学校で字を習ったくらいで、偉そうにするんじゃねえ」


「……っ」


「帰れ帰れ」


リーゼさんは追い払われた。





夕暮れ時。


リーゼさんは畑の端に座り込んでいた。


「……どうすればいいんですか」


私に向かって、リーゼさんは言った。


「結果は出てるのに、誰も聞いてくれない」


その声は震えていた。


「……辛いですね」


私は隣に座った。


「正しいことを言っているのに、聞いてもらえないのは」


「……はい」


リーゼさんは俯いた。


「でも、リーゼさんは間違っていません」


「……」


そのとき、声がした。


「なんだ、暗い顔して」


ギュンターさんだった。農具の調子を見に来たらしい。


「ギュンターさん……」


リーゼさんが顔を上げた。


「鋤の調子はどうだ」


「あ、はい。深く耕せるようになって、全然違います」


リーゼさんは少し元気を取り戻した。


「種まき機も、すごく便利で。間隔が揃うから、発芽した後の世話もしやすくて」


「そうか」


ギュンターさんは満足そうに頷いた。


「やっぱり道具は大事なんですね。木の鋤じゃ、こんなに深く掘れなかった」


「当たり前だ。鉄の道具は人の力を何倍にもする」


「……でも」


リーゼさんの声が沈んだ。


「でも?」


「他の人に勧めても、聞いてもらえなくて」


ギュンターさんは腕を組んだ。


「ああ、そういうことか」


「……」


「俺も昔はそうだった」


「え?」


「新しい鍛冶の技を持ち込んでも、誰も信じねえ。『昔からこうやってる』の一点張りだ」


リーゼさんは驚いた顔でギュンターさんを見た。


「じゃあ、どうしたんですか」


「簡単だ。動くもんを見せりゃいい」


ギュンターさんは言い切った。


「口で言っても無駄だ。目の前で結果を出す。そうすりゃ誰も文句は言えねえ」


「結果を……」


「隣の畑でも借りて、お前のやり方でやってみろ。同じ条件で違う結果が出りゃ、認めざるを得なくなる」


リーゼさんの目に光が戻った。


「……やってみます!」





リーゼさんは何も言わなかった。


農民たちに宣言することもなく、隣の空き地を黙々と耕し始めた。


「また何かやってるぞ、あの嬢ちゃん」


「放っておけ。どうせすぐ飽きる」


農民たちは遠巻きに見ていたが、やがて興味を失った。


リーゼさんは気にしなかった。


まず、四圃制に基づいて畑を四つに区切った。麦、蕪、大麦、クローバー。休ませる区画を作らず、すべてを活かす。


次に、牛にギュンターさんの鉄の鋤を繋いだ。


ザクッ、ザクッ、ザクッ。


土が深く掘り返されていく。木の鋤では絶対にできない深さだ。隣で見ていた農民が、一瞬だけ足を止めた。


「……ふん」


でも、すぐに歩き去った。


種まきの時期が来ると、リーゼさんは種まき機を使った。牛に引かせて畑を進むと、種が均等な間隔で落ちていく。


「真っ直ぐだ……」


遠くから見ていた子供が呟いた。


リーゼさんは過リン酸石灰を撒き、丁寧に水をやった。


毎日、黙々と。


私も時々様子を見に行った。リーゼさんはいつも畑にいた。汗を流しながら、ひたすら作業を続けていた。


「……大丈夫ですか」


「大丈夫です。ギュンターさんの道具があれば、一人でもできます」


リーゼさんは鉄の鋤を見つめた。


「結果を出せば、わかってもらえますから」


その目は真っ直ぐだった。





数ヶ月後。


収穫の時期が来た。


「……なんだありゃ」


最初に気づいたのは、隣の畑の農民だった。


「おい、見ろよ」


「嬢ちゃんの畑……」


リーゼさんの畑は、麦が高く伸び、穂が重く垂れていた。金色に輝いている。


隣の畑は、例年通り。


その差は、誰の目にも明らかだった。


「収穫量が……倍近くあるんじゃねえか」


「馬鹿な。同じ土地で、同じ季節に……」


ざわめきが広がった。


「……なあ、嬢ちゃん」


あの日、リーゼさんを追い払った農民が声をかけてきた。


「はい」


「その……」


農民は気まずそうに頭を掻いた。


「教えてくれ」


「……!」


「教えてくれ、先生」


その言葉に、リーゼさんの目から涙が溢れた。


「……はい! もちろんです!」


涙をこらえながら、リーゼさんは話し始めた。


「えっと、まず四圃制というのがあって……」


農民たちは、今度はちゃんと耳を傾けていた。





「リーゼ」


お嬢様が呼んだ。


「は、はい!」


「あなたを農業指導官に任命するわ」


リーゼさんは目を丸くした。


「わ、私がですか!?」


「学んだことを広める。それがあなたの仕事よ」


「でも……私はただの農家の娘で……」


「読み書きができて、科学を学んで、結果を出した。それで十分」


お嬢様は淡々と言った。


リーゼさんは言葉を失っていた。


「……私にできることは、学んだことを広めることです」


やがて、リーゼさんは静かに言った。


「そうよ。それが教育の成果」


「はい! 頑張ります!」


リーゼさんは深く頭を下げた。


「女の子に何が分かる」


その言葉を、リーゼさんは結果で覆した。


読み書きを学んだ。科学を学んだ。実践した。結果を出した。


そして今、彼女は「先生」と呼ばれている。


教育とは何か。


それは、人生を変える力。


お嬢様が蒔いた種は、こうして実を結んでいく。


リーゼさんという少女は、その証拠だ。


農家の娘が、農業指導官になった。


字も読めなかった少女が、村人たちに科学を教えている。


……私も、少しだけ誇らしかった。


お嬢様のそばで、この変化を見届けてきた者として。


そして、リーゼさんの成長を見守ってきた者として。


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