表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/128

第62話 【技術回】機械が機械を生む〜ギュンター視点〜

※作者の趣味で技術蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。


水車を眺めていた。


ギシギシと音を立てながら回っている。以前、軸が真円じゃなかった頃に比べれば遥かにマシだ。だが──


「……なあ、嬢ちゃん」


「何?」


「この水車の軸、木だよな」


「ええ」


「旋盤で金属の軸を作ったら、どうなる?」


嬢ちゃんが微笑んだ。


「やっと気づいた?」


やっぱりか。嬢ちゃんは最初から分かってたんだ。





数日後。


旋盤で削り出した金属の軸を、水車に取り付けた。


俺は水門を開けた。


水が流れ込む。水車が回り始める。


「……おお」


木の軸とは全然違う。滑らかだ。あのギシギシという音がほとんどしねえ。


「すげえな……」


「どう?」


「全然違う。木とは比べもんにならねえ」


嬢ちゃんが頷いた。


「金属は表面が滑らかだから、摩擦が小さいのよ」


俺は水車を見上げた。前より力強く回ってる気がする。


「これで十分じゃねえか?」


「……まだよ」


「まだ?」


嬢ちゃんが軸受けの部分を指さした。


「軸と軸受けが直接擦れてるでしょう。ここにまだ摩擦がある」


言われてみれば、確かに微かな抵抗を感じる。


「もっと良くなるってのか?」


「ええ。ヨハンを呼んで」





ヨハンがやってきた。


「師匠! 呼んだか!?」


尻尾があったら千切れるほど振ってそうな勢いだ。


「摩擦の話をしたいの」


「摩擦! いいな、物理の話か!」


「まず状況を説明するわ」


嬢ちゃんが水車を指さした。


「この水車、元々は木の軸だったの」


「木の軸?」


「ギシギシ音がして、摩擦で力が逃げてた。だから旋盤で金属の軸を作った」


俺が補足した。


「金属にしたら、だいぶ良くなった。音も静かになったし、回転も滑らかだ」


「なるほど。真円の金属軸なら、木より表面が滑らかだからな」


ヨハンが頷いた。


「でも、まだ改善の余地があるの」


嬢ちゃんが軸受けの部分を指さした。


「ここ、軸と軸受けが直接擦れてるでしょう。まだ摩擦で力が逃げてる」


「ああ、確かに」


ヨハンが頷いた。


「そもそも摩擦って何なんだ?」


俺は聞いた。経験では分かるが、理屈は知らねえ。


「全ての物は原子でできてる。物と物が触れ合うと、表面の原子同士が引き合う──ファンデルワールス力だ。それに加えて、表面の細かい凹凸が噛み合う。これが摩擦の正体だ」


ヨハンが地面に図を描き始めた。こいつ、説明好きだよな。


「へえ……」


「摩擦の大きさは、垂直抗力に比例する」


ヨハンが式を書いた。


『F = μN』


「Fが摩擦力、Nが垂直抗力──つまり面を押す力だ。μは摩擦係数。表面がザラザラだと大きくなる」


「垂直抗力ってのは?」


「床に物を置くと、物の重さで床を押すだろ。床も同じ力で押し返してる。それが垂直抗力だ」


「押し返してる……?」


「じゃなきゃ床を突き抜けちまう」


「ああ、なるほど」


「平らな床なら、垂直抗力は重さと同じになる」


ヨハンが式を追加した。


『N = Mg』


「Mが重さ、gが重力だ。だから重い物ほど垂直抗力が大きくなって、摩擦も大きくなる」


「つまり、重い物ほど動かしにくいってことか」


「そういうことだ。──まあ、全部師匠の受け売りだけどな!」


ヨハンが嬢ちゃんを見て笑った。


「じゃあ続きは私から」


嬢ちゃんが口を開いた。


「質問よ。重い荷物を運ぶとき、床を引きずるのと、車輪をつけるの、どっちが楽?」


「そりゃ車輪だろ」


「なぜ?」


「……なぜって……」


考えたことがなかった。車輪が楽なのは当たり前だと思ってた。


「ヨハン、説明して」


「おう。車輪だと、地面との接触点が転がりながら移動する」


ヨハンが続けた。


「引きずると、ずっと同じ面が擦れ続ける。でも転がると、接触点が次々と変わる」


「接触点が変わると、何が違うんだ?」


「原子同士が引き合う時間が短くなる。凹凸が噛み合う暇もねえ。だから抵抗が小さい」


なるほど。引きずると原子がずっと引っ張り合う。転がると、すぐに離れて次の点に移る。


「じゃあ、もう一つ質問」


嬢ちゃんが水車を指さした。


「車輪が転がるのはいいわ。でも、車輪の軸はどうなってる?」


「軸……」


俺は軸受けを見た。


車輪は転がる。だが軸は──軸受けの中で擦れてる。


「……滑ってるな」


「そう。軸は回転してるけど、軸受けとの接触面は滑り摩擦のまま」


「じゃあ、軸も転がすようにすればいいのか?」


「どうやって?」


嬢ちゃんが微笑んだ。答えを待ってる目だ。


俺は考えた。軸を転がす……軸と軸受けの間に何かを……


「……小さい車輪を入れる?」


「惜しい。発想はいいわ」


嬢ちゃんが頷いた。


「車輪だと軸方向がずれる。だから球を使うの」


「球?」


「球なら、どの方向にも転がれる。軸と軸受けの間に小さな金属球を並べて入れるの」


「球を並べる……」


「この構造をベアリングと呼ぶわ。軸受けという意味よ」


「球が転がることで、滑り摩擦が転がり摩擦に変わる。摩擦が激減するわ」


なるほど。車輪だと一方向にしか転がらねえが、球ならどこでも転がる。


「旋盤で球を作って、フライス盤で軸受けの溝を削る……」


頭の中で設計が組み上がる。


「俺たちの機械で作れるな」


旋盤とフライス盤。この二つがあれば、ベアリングの部品も作れる。


「まずは試作品を作りましょう」


嬢ちゃんが言った。


「試作?」


「小さいもので効果を確認するの。いきなり水車に組み込んで失敗したら大変でしょう」


「よし、作ってみるか」


その日のうちに、俺は二つの小さな部品を作った。


どちらも手のひらサイズの金属板に、回転する羽根がついている──後世でハンドスピナーと呼ばれることになる形状だ。


「こっちは普通の軸受け。穴に軸を通しただけだ」


「こっちがベアリング入り?」


ヨハンが聞いた。


「ああ。小さい球を8個並べてある」


嬢ちゃんが両方を手に取った。


「じゃあ、回してみましょう」


まず普通の方を弾いた。


シャッ……シャッ……シャッ……


羽根が回る。だが、すぐに減速して──数秒で止まった。


「まあ、こんなもんだな」


次にベアリング入りの方を弾いた。


シュルルルルルルルル……


「……おお」


ヨハンが声を上げた。


羽根が回り続けている。10秒、20秒、30秒──


「まだ回ってる……」


「すげえ……」


俺も思わず声が出た。


1分を過ぎても、まだ回っている。ようやく止まったのは、2分近く経ってからだった。


「気持ち悪いくらい回るな……」


「ああ……なんか怖えよ」


ヨハンと顔を見合わせた。


「……これが、ベアリングの力か」


「摩擦が減るとこうなるのよ」


嬢ちゃんが微笑んだ。


ヨハンが目を輝かせていた。


「すげえ師匠! 理屈は分かってたけど、実際に見ると全然違う!」


「理屈と実物は別物だからな」


俺は二つの部品を見比べた。


構造はほとんど同じ。違うのは、小さな球が入っているかどうかだけ。


たったそれだけで、これだけの差が出る。


機械が機械を生む──その言葉の意味が、少しずつ分かってきた。





数日後。


水車用のベアリングが完成した。


俺は水門を開けた。


シュルルルルル……


「……静かだ」


金属軸だけの時よりも、さらに滑らかだ。ほとんど音がしねえ。


「……すげえ」


思わず声が出た。


「摩擦が減った分、力が逃げなくなったのよ」


「同じ水の量で、もっと強い力が出せる……」


水車を見上げる。前と同じ水量なのに、回転が力強い。


無駄がなくなったんだ。


「ねえ、ギュンター」


「ん?」


「この力で、ハンマーを動かせない?」


「ハンマー……鍛造用のか?」


俺の心臓が跳ねた。


「ええ。歯車とカムで、水車の回転を上下運動に変える」


嬢ちゃんがさっと地面に図を描いた。水車から歯車が繋がり、カムがハンマーを持ち上げる仕組み。


「カムが回ると、ハンマーが持ち上がる。カムが外れると、ハンマーが落ちる。この繰り返し」


鍛造。


一日中、鉄を叩き続ける仕事。


腕が上がらなくなるまで叩いて、それでもまだ足りなくて──


水車の技術は、他の誰かのためだと思ってた。


俺は作る側だ。恩恵を受ける側じゃねえ。そう思い込んでた。


まさか、俺自身の仕事が楽になるなんて。視野が狭かったのかもしれねえ。


「それができたら……俺が一日中叩いてた仕事が……」


言葉が続かなかった。





数週間後。


巨大な鉄のハンマーが、水車の力で持ち上がる。


歯車とカムが噛み合い、回転運動が上下運動に変わる。


そして──


ドゴン!!


凄まじい音と共に、真っ赤に焼けた鉄を叩く。


ドゴン!! ドゴン!! ドゴン!!


一定のリズムで、ハンマーが振り下ろされ続ける。


俺は呆然と立ち尽くしていた。


「俺が腕を休めてる間も……こいつは止まらねえ……」


何十年も鍛冶をやってきた。


毎日、朝から晩まで鉄を叩いてきた。


それが──




「嘘だろ……」


水車ハンマーを見た鍛冶職人たちが、呆然としていた。


「腕が上がらなくなるまで叩いてたのに……」


「こいつは疲れ知らずかよ……」


「水が流れてる限り、止まらねえ」


俺は言った。


「……俺たちの仕事、なくなるんじゃ……」


一人の職人が不安そうに呟いた。


分かる。その気持ちは分かる。


でもよ──


「馬鹿言え」


俺は言った。


「叩く仕事が減った分、別のことができるだろうが」


「別のこと……?」


「形を整える、仕上げる、設計する……人間にしかできねえことがある」


機械は叩くだけだ。どう叩くか、何を作るか、それを決めるのは人間だ。


「俺たちの仕事は、なくならねえ。変わるだけだ」


「ギュンター」


「ん?」


「前に言ったこと、覚えてる?」


「機械が機械を生む……か」


「今、何が起きたか分かる?」


俺は水車を見上げた。


「旋盤とフライス盤で、ベアリングを作った」


「ええ」


「ベアリングで水車が強くなった」


「ええ」


「強くなった水車で、水車ハンマーが動く」


「ええ」


「水車ハンマーで、もっと多くの鉄が打てる」


「ええ」


「その鉄で、また新しい機械が作れる……」


「そういうこと」


機械が機械を生む。


それは、一回で終わりじゃねえ。


ずっと続いていく。どこまでも。


「……終わりがねえな」


「終わらせる必要がある?」


「……ねえな」


俺は笑った。





その夜、一人で工場に残った。


水車ハンマーが、規則正しいリズムを刻んでいる。


ドゴン。ドゴン。ドゴン。


俺が何十年もやってきた仕事を、こいつが代わりにやってくれてる。


悔しいか?


いや、違う。


嬉しいんだ。


俺の腕で作った機械が、俺の代わりに働いてる。


俺は次の機械を作れる。


その機械が、また次の仕事をしてくれる。


終わりがねえ。


どこまで行けるんだろう。


嬢ちゃんの頭の中には、きっともっと先が見えてる。


俺には見えねえ。


でも、嬢ちゃんについていけば、いつか俺にも見えるようになるかもしれねえ。


「……楽しみだな」


誰もいない工場で、俺は呟いた。


水車ハンマーが、答えるように鳴り続けていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ