第61話 【技術回】ドリルとフライス盤〜ギュンター視点〜
※作者の趣味で技術蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。
軸は完璧になった。
旋盤のおかげで、ガタつきはなくなった。歯車はスムーズに回っている。
でもよ……問題は歯車の歯だ。
俺は木製の歯車を手に取った。
「歯車がな、木だとどうしても摩耗する。使ってるうちに歯が欠ける」
歯車の歯を指でなぞる。もう何本か、角が丸くなり始めている。
「鉄で作りてえんだ。この前嬢ちゃんにも言われたしな──旋盤じゃ歯車の歯は作れねえって」
「鉄の歯車は作れないんですか?」
「作れなくはねえ。一本ずつヤスリで削りゃあな」
俺は首を振った。
「でも途方もねえ時間がかかる。しかも精度が出ねえ」
一本の歯を削るのに何時間もかかる。それを何十本も。気が遠くなる。
「旋盤みてえに、機械で歯を削れねえもんかな……」
◆
「ギュンター。何を悩んでいるの」
嬢ちゃんが工場に姿を見せた。
「歯車の歯を機械で削りてえんだが……」
「旋盤では?」
「無理だ。旋盤は丸いもんしか作れねえ」
「なぜ?」
「回転させるからだ。回転させたら、丸くなっちまう」
当たり前のことだ。回転してるもんに刃を当てりゃ、丸くなる。
「じゃあ、別のものを回転させましょう」
「……は?別のもの……?」
何を言ってるんだ、この嬢ちゃんは。
「旋盤は、材料を回して刃を当てる。でも歯車の歯は丸くしたくない」
「ああ」
「なら、材料は回さない。代わりに──」
待て。
材料を回さない。
代わりに──
「……待て」
「気づいた?」
「刃を……回すのか?」
「正解」
そうか。材料じゃなく、刃を回す。
発想の転換だ。
嬢ちゃんが図を描いた。
回転する円盤状の刃。その下に、固定された材料。
「回転する刃を材料に当てて、横に動かす。そうすれば溝が削れる」
「溝……歯車の歯の間の溝か!」
「そう。これを『フライス盤』と呼ぶわ」
頭の中で設計が組み上がっていく。
「待て、ちょっと考えさせろ」
腕を組んで、図を睨みつけた。
「刃を回すのは……水車の力でいける」
「……」
「材料を固定して、少しずつ動かす……」
「……」
「歯の間隔を一定にするには……」
「割り出し台を使うのよ」
「割り出し台?」
「材料を正確な角度で回転させる台。歯の数だけ等分に割り出せる」
なるほど。歯を10枚作りたきゃ、一周を10等分して、ちょっとずつ回せばいいってことか。
「……それなら均等な歯が作れる」
◆
数週間後。
俺は歯車を手にしていた。
鉄の歯車。一つ一つの歯が、正確に刻まれている。
「見ろ」
二つの歯車を噛み合わせる。
滑らかに回転する。木の歯車とは比べ物にならない精度だ。
「……できた」
声が震えた。自分でも分かる。
鉄の歯車。精密な歯車。
手作業じゃ絶対に作れなかったもんが、ここにある。
「嬢ちゃん!」
「何?」
「これで何でも作れる!」
興奮が抑えられねえ。
「何でも?」
「歯車だけじゃねえ。溝が必要なもんは全部だ!」
「……」
「鍵の溝も、レールの溝も、何でもだ!」
「……」
「フライス盤すげえ!!」
三度目の「すげえ」だった。自分でも分かってる。
でも、言わずにいられねえ。
ふと、思いついた。
「……待てよ」
「何?」
「刃を回して溝を削れるなら……刃を回して押し付けりゃ、穴も開くんじゃねえか?」
嬢ちゃんが微笑んだ。
「あら、気づいた?」
「回転する刃を押し付けりゃ、丸い穴が開く……」
「それをドリルと呼ぶわ」
ドリル。
今まで錐でチマチマやってた仕事が、一瞬で終わる。
「フライス盤とドリル……刃を回すだけで、こんなに広がるのか」
「ねえ、ギュンター」
「ん?」
「旋盤とフライス盤。この二つが揃って、何ができるか分かる?」
俺は考えた。
「……丸いもんと、溝があるもんが作れる」
「それだけ?」
それだけ?
丸いもんと、溝があるもん。
軸、歯車、ネジ、ボルト、ナット──
「機械を作る機械、よ」
「……!」
「旋盤とフライス盤があれば、新しい機械の部品が作れる。つまり──」
「機械が機械を生む……」
「そういうこと」
機械を作る機械。
旋盤で軸を作る。フライス盤で歯車を作る。その軸と歯車で、新しい機械を組み立てる。
新しい機械で、また別のものを作る。
終わりがねえ。
どこまでも広がっていく。
◆
夜、一人で工場に残った。
旋盤とフライス盤を眺める。
俺が作った機械。嬢ちゃんの知恵と、俺の腕で生まれた機械。
「機械が機械を生む……か」
この先、何が生まれるんだろう。
俺には想像もつかねえ。
でも──楽しみだ。
嬢ちゃんの頭の中には、きっともっと色々なもんが見えてる。
俺はそれを形にする。
それが俺の仕事だ。
職人として──いや、もう職人って言葉じゃ足りねえな。
何て呼べばいいんだろう。
まあ、名前なんかどうでもいい。
作るのは俺だ。それだけで十分だ。




