第60話 【技術回】旋盤〜ギュンター視点〜
※作者の趣味で技術蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。
王都の外れに職人街がある。鍛冶場、木工場、組立場──職人たちが集まって、嬢ちゃんの「発明品」を形にする場所だ。
そんな職人街に嬢ちゃんが作らせた工場がある。そして、俺はここの親方を任されている。
今、俺たちが取り組んでいるのは「水車動力の機械化」だ。
水車の回転を歯車で伝えて、脱穀機や洗濯機を動かす。農村の連中の仕事を楽にする──そういう機械だ。
理屈は分かる。嬢ちゃんの設計図も完璧だ。
なのに──
ガタガタガタガタ……
試作機から、不快な音が響いていた。
「……くそ」
歯車は回っている。でも、どこかおかしい。振動が伝わってきて、機械全体が揺れている。
「親方ー、また失敗っすかー?」
弟子のハインツが、のんきな声で言った。こいつは俺の工房で5年修行してる若造だ。腕は悪くねえが、口が軽い。
「うるせえ。見りゃ分かるだろ」
「いやー、もう何回目っすか。そんなに睨んでも機械は怯えないっすよ」
「黙れ」
俺は歯車を止めて、軸を取り外した。
「原因は分かってんだ。軸が真円じゃねえ」
「真円?」
「完璧な丸ってことだ。ほんの少しでも歪んでると、回転がブレる」
軸を光にかざす。一見すると丸い。でも──
「へえ……言われてみれば、微妙に歪んでますね」
「だろ。目で見て分からなくても、回すと分かる。このわずかな歪みが、ガタつきになる」
ノミで削り、ヤスリで整え、何度も何度も調整した。職人として何十年もやってきた腕だ。これ以上は出せねえ。
「親方でも無理なら、誰がやっても無理っすね」
「褒めてんのか馬鹿にしてんのか」
「もちろん褒めてるんすよー。でも親方、眉間のシワすごいっすよ。般若みたいっす」
「……」
本当に口が減らねえ野郎だ。でもまあ、こういう奴がいると、イライラが少しだけ和らぐのも事実だ。
「どうするんすか?」
「……嬢ちゃんに聞いてくる」
「おっ、ついに泣きつくんすね」
「泣きつくんじゃねえ。相談だ」
「同じじゃないっすか」
「うるせえ。お前は作業場片付けとけ」
「へーい」
◆
嬢ちゃんの執務室に押しかけた。
8歳の小さな体が、山のような書類に埋もれている。国を動かしてる摂政様だ。忙しいのは分かってる。
「おう、嬢ちゃん。ちょっと聞きてえことがある」
「何?」
「軸が真円にならねえ。手で削る限り、どうしても歪む」
嬢ちゃんは俺の話を黙って聞いていた。
「ノミでもヤスリでも限界がある。もっと精度を上げる方法はねえか?」
少し考え込んで、嬢ちゃんは言った。
「ろくろを知ってる?」
「……は?」
何を言い出すんだ、この嬢ちゃんは。
「陶器を作るやつか」
「そう。なぜ壺は丸いと思う?」
「なぜって……職人が丸く作るからだろ」
「違うわ。回しながら形を整えるから、自然と丸くなるの」
「……」
回しながら──
待てよ。
「ろくろは回転してる。その上で粘土を整える。だから──」
「気づいた?」
「回しながら削れば……」
「そう」
「自然と真円になる……!」
頭の中で、何かが繋がった。
材料を回転させて、刃を当てる。回転の中心から同じ距離で削れば、当然、削った面は完璧な円になる。
なんで思いつかなかった。ろくろと同じじゃねえか。
「これを『旋盤』と呼ぶわ」
嬢ちゃんは淡々と言った。
「こういう形よ」
紙に図を描き始める。材料を両端で支え、回転させる。横から刃を当てて削る。
「水車で回せるな」
「そう。人力じゃなくて、一定の速度で回す。手で回すと速度にムラが出るでしょう?」
「ああ。水車なら一定だ」
俺は図を睨みつけた。構造は単純だ。でも、細部を詰めるのは俺の仕事だ。
「これは俺が作る」
「あら、やる気ね」
「当たり前だ。精密な部品を作る機械だぞ。他の奴に任せられるか」
◆
数日後。旋盤が完成した。
シュルシュルシュル……
材料が回転する。一定の速度で、ブレなく。
俺は刃を当てた。慎重に、でも確実に。木の削りかすが螺旋状に飛ぶ。
完成した軸を手に取った。
完璧な円筒形。触っても分かる。歪みがない。
歯車に通すと、ぴったりと嵌まった。ガタつきがない。
「……これだ。これが欲しかったんだ」
声が震えた。
「親方、泣いてます?」
「泣いてねえ!」
「目、潤んでますよ」
「木屑が入っただけだ!」
ハインツの野郎、余計なことばっかり言いやがる。
次の日、噂を聞きつけて、大工たちが見学に来た。
「嘘だろ……」
旋盤を見た大工たちが、呆然としていた。
「今まで半日かけてた軸が、ものの数分で……」
「しかも俺らより真っ直ぐじゃねえか!」
「腕の差が関係ねえ……誰がやっても同じもんができる……」
「そういうこった」
俺は腕を組んだ。
「ギュンターさん! これもっと作れませんか!?」
「うちの工房にも一台……いや二台!」
「落ち着け落ち着け」
大工たちが詰め寄る。
「親方、人気者っすねー」
「お前は黙ってろ」
◆
旋盤を使い込んでいくうちに、刃の切れ味が落ちてきた。
嬢ちゃんに報告すると、あっさり言われた。
「砥石を水車で回しなさい。グラインダーよ」
水車で砥石を回す。刃を当てると、火花が散って研がれていく。
「回すものは何でも水車に任せればいいのよ」
嬢ちゃんは当然のように言った。
この嬢ちゃん、頭おかしいと思ってた。最初は。
でも、言ってることは全部筋が通ってる。作ったもんは全部動く。
認めざるを得ねえ。この嬢ちゃんは、本物だ。
「なあ、嬢ちゃん」
「何?」
「軸は真円にできるようになった。でもよ……」
「歯車の歯は旋盤じゃ作れない?」
俺は目を見開いた。また先を読まれた。
「……そうだ。旋盤は丸いもんしか作れねえ。歯車の歯みてえな、ギザギザしたもんは無理だ」
「いい質問ね」
嬢ちゃんは楽しそうに微笑んだ。
「それは次の課題よ」
「親方、また難題っすね」
いつの間にかハインツが後ろにいた。
「ああ」
「でも楽しそうっすね、親方」
「……うるせえ」
楽しい。正直。
この嬢ちゃんについていけば、俺はまだまだ成長できる。
職人として──いや、それ以上の何かになれる気がする。




