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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第59話 水車と歯車

農村視察から戻って数日後。


お嬢様が突然立ち上がった。


「水車よ」


「……はい?」


私は思わず聞き返した。今、何の話をしていたのだろう。確か、農村視察の報告書をまとめていたはずだ。


「水車を作るの」


「水車……ですか」


「そう。水車」


お嬢様は満足そうに頷いた。説明する気は全くないらしい。


「あの、お嬢様。水車で何を……」


「ギュンターを呼びなさい」


私の質問は華麗に無視された。





「……で、俺は何しに呼ばれたんだ?」


ギュンターさんは困惑した顔で立っていた。工場から急に呼び出されたのだから、無理もない。


「水車を作って」


「水車? 粉挽きに使うやつか」


「そう」


「……なんで俺が? 水車なら大工の仕事だろ」


「ギュンターに頼みたいの」


お嬢様は真剣な顔で言った。


「……」


ギュンターさんは腕を組んだ。水車自体は珍しいものではない。川沿いの製粉所などで使われている。わざわざ鉄の専門家を呼ぶ必要があるとは思えない。


「嬢ちゃん、水車くらいならそこらの職人でも──」


「普通の水車じゃないの」


お嬢様の目が光った。


「……なんだって?」


「私が作りたいのは、ただの水車じゃないわ」


お嬢様は地図を広げた。先日訪れた農村の周辺図だ。


「農民たちは脱穀に何日もかかっている。女性たちは川で何時間も洗濯している。腰を曲げて、何時間も」


「……ああ、見たな」


「あれを見て、何も思わなかった?」


ギュンターさんは黙った。


「私は思ったわ。──水に働かせればいいのよ」


「水に働かせる?」


「川はずっと流れているでしょう? 昼も夜も、休まずに。その力を借りれば、人間は楽になる」


ギュンターさんの目が、少し変わった。


「……それで水車か」


「そう。水車で回転を作って、その力で脱穀する。洗濯する」


「待て待て。水車で粉を挽くのは分かる。でも脱穀や洗濯は動きが違うだろ」


「だからギュンターを呼んだの」


お嬢様は楽しそうに言った。


「回転を、別の動きに変える方法があるのよ」


「……なんだそりゃ」


「それは後で教えるわ。まずは水車を作って」


「おい、説明しろよ」


「作ってから」


「……」


ギュンターさんは深く溜め息をついた。


「……分かった。大工に作らせりゃいいんだな」


「ええ。設計と監督はギュンターがやって」


「俺は鉄屋だぞ」


「だから機械のこと、分かるでしょう?」


「……」


ギュンターさんは何か言いたそうだったが、結局溜め息をついた。


「分かった。やりゃいいんだろ」


お嬢様は満面の笑みを浮かべた。


私は心の中で呟いた。──また始まった、と。


それからの数週間、お嬢様は上機嫌だった。


朝起きれば「水車」、昼食時には「水車」、夜寝る前も「水車」。


「お嬢様、そんなに水車が楽しみですか」


「ええ。だって水車よ?」


何がそんなに楽しいのか、私にはさっぱり分からなかった。





そして──私たちは再び農村を訪れた。


川沿いに、大きな水車が建っていた。


木製の巨大な車輪が、川の流れを受けてゆっくりと回転している。ぎい、ぎい、と軋む音が響く。


「おお……回ってる」


農民たちが、呆然と水車を見上げていた。


「当たり前だ。水が流れりゃ回る」


ギュンターさんは当然のように言った。


「ギュンター。この水車の回転を、別の動きに変えたいの」


お嬢様が言った。


「別の動き?」


「歯車を使うのよ」


「歯車……?」


ギュンターさんが眉を寄せる。聞いたことのない言葉だったようだ。


お嬢様は地面に棒で図を描き始めた。


「歯車というのは、縁に歯がついた円盤よ。こう……」


丸い円を描き、その周囲にギザギザの歯を描く。そしてもう一つ、同じものを隣に描いた。二つの円盤の歯が噛み合うように。


「二つ噛み合わせると……」


「片方が回れば、もう片方も回る……?」


ギュンターさんが身を乗り出した。


「そう。しかも回転の向きを変えられる。大きさを変えれば速度も変えられるわ」


「……なるほど」


ギュンターさんの目が輝き始めた。職人としての好奇心に火がついたようだ。


「大工に作らせてみる」


数日後、ギュンターさんが木製の歯車を持ってきた。二つの円盤に、丁寧に歯が刻まれている。


「できた。こうか?」


二つの歯車を噛み合わせ、片方を回す。すると、もう片方も連動して回り始めた。


「そうよ。上手にできたわね」


お嬢様が頷く。


ギュンターさんは歯車をじっと見つめていた。回転が伝わっていく様子を、食い入るように観察している。


「待てよ……これ……」


突然、ギュンターさんが声を上げた。


「歯車すげえ!!」


「気づいた?」


「水車の回転を、どこにでも伝えられるじゃねえか!」


ギュンターさんは興奮していた。いつもは無口な職人が、珍しく声を荒げている。


「その通りよ」


お嬢様は満足そうに微笑んだ。


「木の歯車で十分なの?」


私は思わず聞いた。ギュンターさんは鉄の専門家だ。鉄で作った方がいいのではないか。


「今回はこれでいいわ。ゆっくり回すだけだから」


お嬢様が答えた。


「速く回したり、もっと強い力をかけるなら、鉄の歯車が必要になる。でも水車で脱穀や洗濯をするくらいなら、木で十分よ」


「なるほど……」


「いずれ鉄の歯車が必要になる時が来る。その時はギュンターの出番ね」


「……そういうことか」


ギュンターさんは納得したように頷いた。


「この回転で、脱穀機を動かすのよ」


お嬢様が図を描きながら説明する。


「棒を振り下ろす動きに変えればいいんだな」


「ええ。歯車とカムを組み合わせて」


カムというのは、回転運動を上下運動に変える仕組みだと、お嬢様は説明した。正直、私にはよく分からない。


ギュンターさんは図面を睨みつけ、何度も頷いていた。





そうして──脱穀機が完成した。


水車の横に、新しい機械が設置されていた。


水車の回転が、歯車を通じて伝わっていく。そして──


ガタン、ガタン、ガタン。


棒が自動的に振り下ろされ、台の上の麦を叩いていく。


「……勝手に動いてる」


農民たちが呆然と見つめていた。


「俺たちが叩かなくていいのか……?」


「水が働いてくれるんだ」


ギュンターさんが腕を組んで言った。


「次は洗濯よ」


お嬢様が言った。


「洗濯? どうやって?」


「樽の中で布を叩く動きを、歯車で作れない?」


ギュンターさんは少し考え込んだ。


「……やってみる」


そして完成した洗濯機は、大きな樽のような形をしていた。


中に布を入れ、水車の力で樽が回転する。中の突起が布を叩き、汚れを落としていく仕組みだ。


「……川で何時間も屈まなくていいの?」


村の女性が、信じられないという顔で聞いた。


「ええ。水がやってくれるわ」


女性の目に、涙が浮かんでいた。


「……ありがとうございます……」


毎日、川で腰を曲げて洗濯をしていた苦労。それが、この機械で解消される。


私も思わず目頭が熱くなった。


ギュンターさんがお嬢様に話しかけた。


「なあ、嬢ちゃん」


「何?」


「歯車を使えば、他にも色々できるんじゃねえか?」


「例えば?」


「種を撒く機械とか……畑を耕す機械とか……」


ギュンターさんの目は、まだ興奮に輝いていた。歯車という仕組みの可能性に、完全に魅了されているようだった。


「いい発想ね。考えてみて」


お嬢様は楽しそうに言った。


水車が回る。

歯車が噛み合う。

人の手を借りずに、仕事が進んでいく。


お嬢様は「水に働いてもらう」と言った。


その言葉の意味が、今なら分かる。


人間の力には限界がある。一日中働いても、できることには限りがある。


でも、自然の力を借りれば──その限界を超えられる。


川は昼も夜も流れ続ける。その力を借りれば、人間が寝ている間も仕事が進む。


歯車という小さな発明が、農村の暮らしを変えようとしていた。


脱穀も洗濯も、もう人間が何時間もかけてやる必要はない。その分、子供たちは学校に通える。大人たちは他の仕事ができる。


お嬢様のやることは、いつもスケールが大きすぎて、私にはよく分からない。


でも、あの女性の涙を見た時──


少しだけ、お嬢様の見ている未来が見えた気がした。


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