表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

121/158

第119話 戦後処理の裏側:布石の回収

「そろそろやりましょうか」


お嬢様は窓の外を見ながらふと口にした。


「何をですか?」


私は問い返す。


「ほら、数年前に言ってたじゃない。不正な貴族を〜ってやつ」


「あぁ、遂に……」


アルブレヒト様は首を傾げている。でも、私は──わかってしまった。


「準備はできてる?」


「はい。各都市の広場にスピーカーの設置が完了しております」


「じゃあ、始めましょう」


何か、考えている。


あの時のことを思い出した。スピーカーが完成した日。「後で話すわ」と言ったお嬢様の横顔。あれから数週間が経っていた。


「エマ、クラウスを呼んできて」


「……はい」


「それで申し訳ないのだけど、アルブレヒト、あなたは退室してくれるかしら?」


「──わかった」


不承不承にアルブレヒト様は退室した。




数分後クラウス様が執務室に入ってきた。私が扉を閉める。三人だけになった。


お嬢様は机の前に座っていた。クラウス様は立ったまま、私もいつものようにお嬢様の斜め後ろに控えた。


「二人に話があるの」


お嬢様はそう切り出した。


「スピーカーを何に使うか──あの時、後で話すと言ったわよね」


「……はい」


「『後で』が来たわ。ただ、ちょっと長くなる」


お嬢様が椅子に座り直した。


普段、お嬢様は立って話すことが多い。窓際に立つか、部屋を歩きながら指示を出す。椅子に腰を落ち着けるのは珍しい。


──長い話になるのだ。


「そもそもこの国の問題は何だったかしら。そうね、私がここに来た5年前のことを思い出してちょうだい」


突然の質問だった。


お嬢様は私を見ていた。答えを求めている目だ。


「……貴族の不正、でしょうか」


「ええ。でも不正は症状よ。病気そのものじゃないわ」


症状と病気。お嬢様はよくこういう言い方をする。一段深いところを見ている。


お嬢様はクラウス様にも目を向けた。


「先代の王が無能だったせいで、国庫は殆ど空。貴族たちは私腹を肥やす。そんな状態だったわよね」


「……否定はできません」


クラウス様が静かに答えた。貴族の出であるこの方が「否定はできません」と言う。その一言の重さを、お嬢様はわかっているのだろう。


「先代が食中毒──『事故』でいなくなって、多少はましになったわ」


事故。


あの日のことは、よく覚えている。先代の王が亡くなった日。お嬢様は「事故」という言葉に、あの時も微かな含みを持たせていた。今もそうだった。


でもお嬢様はそれ以上は触れなかった。


「でも、本質的な問題は残ったままよ」


お嬢様が指を一本立てた。


「封建制。これが病気。


──領地ごとに仕組みが違う。税率も、単位も、帳簿の付け方も」


お嬢様は淡々と語った。授業をしている時の声だ。


「仕組みが違えば比較ができない。比較ができなければ不正が見えない。私腹を肥やし放題よ」


「……確かにそうでした」


クラウス様が小さく頷いた。


「帳簿の形式すら統一されていませんでした。各領地が独自の方式で記録していた」


「不透明な仕組みは、不正を生む。これは個人の善悪の問題じゃないの。仕組みの問題よ」


個人の善悪ではなく、仕組みの問題。


お嬢様がこれまでやってきたことが、頭の中でちらつき始めた。


「だから仕組みを統一した。MKS単位系。複式簿記。戸籍。全部、同じ基準で測るためよ」


私の中で、何かが繋がり始めた。


「単位の統一も……帳簿も……戸籍も……全部、そのため……?」


「透明にするためよ。誰が、いくら集めて、いくら使ったか。数字で全部見えるようにする。


──でもあの時、不正が見つかっても私は貴族たちを罰しなかったでしょう?」


お嬢様の声は変わらなかった。同じ温度、同じ速度。


「……はい。ずっと、不思議でした」


私は正直に答えた。帳簿を改めて、不正が明るみに出て──それでもお嬢様は何もしなかった。ずっと、わからなかった。


「私もです」


クラウス様も同じだった。


お嬢様が笑った。淡々と。表情の温度がない笑いだった。


「泳がせていたのよ」


一瞬、意味がわからなかった。


「……泳がせ……?」


「不正の証拠を全て記録し続けた。誰が、いくら、いつ。帳簿は嘘をつかないわ」


クラウス様の表情が変わった。


内務大臣として帳簿を見てきた人だ。「記録し続けた」の意味に、私よりも先に気づいたのだろう。目の奥に、何かが走った。


「そしてそれを──民の前で、全て読み上げる」


「っ……もしかして、スピーカーで……」


「そう。首都の人たち、同時に、全員に。文字が読めない人にも聞こえるように。伝令が途中で中身を変えられないように」


背筋が冷たくなった。先程整備が完了したスピーカーがまさかこんな目的で使われるとは。


あの日──スピーカーを見た時の「何かある」という直感。当たっていた。当たっていたけれど、想像の何倍も重かった。


あの夜、お嬢様が言った言葉が蘇る。


──声は、剣より怖いわよ。


こういうことだったのだ。


クラウス様は何も言わなかった。ただ、組んでいた手の指が白くなっていた。


「でもね」


お嬢様の声が続く。同じ調子で。


「不正を暴くのは──目的じゃないの」


「……え?」


「手段よ。本当の目的は──」


お嬢様が立ち上がった。椅子を引いて、窓の前に立った。逆光で、表情が見えなくなった。




「領地を全て廃止する。貴族領をなくして、国の直轄にする」




振り返った。


「『廃藩置県』なんて呼ばれることもあるけど──つまり帝国内すべての『領』を廃し、国直轄の『県』をおくことね」


沈黙が落ちた。


さっきまでとは違う沈黙だった。部屋の空気が変わった。重くなった。何かが、ぎゅっと締まったような。


「……全ての……領地を……」


声が震えていた。自分のものだとわかっていても、止められなかった。


クラウス様が立ち上がりかけて──止まった。


「……不正のない貴族も、ですか」


声は平静だった。だが、さっきまで組んでいた手が、膝の上で握りしめられていた。手が震えている。きつく握りしめられて手が真っ白だ。


クラウス様は貴族の出だ。今の言葉が何を意味するか──この部屋の誰よりもわかっている。


「もちろん全員よ」


お嬢様は、まるで明日の天気の話をするように言った。


「それは私のお父様も当然例外ではないわ」


お嬢様は実のお父様にも容赦ない。


「不正を暴くのは、民衆を味方につけるためよ。自分の領主が横領していたと知った民が、その領主のために立ち上がると思う?」


「……立ち上がらないでしょう。不信感でいっぱいでしょうから」


「そう。反乱の基盤を奪った上で──制度を変える」


私はお嬢様の横顔を見ていた。


10歳の少女が、何百年と続いた制度を壊すと言っている。表情一つ変えずに。


──恐ろしい、と思った。


初めてだった。怖いとはずっと思っていた。


でも、お嬢様をここまで「恐ろしい」と思ったのはこれが初めてだ。




「でも……貴族が反発するのでは」


やっとそれだけ言えた。


「こちらが何も準備してなかったら当然するでしょうね。だから、反発ができないように、しようが無いように、備えがいるの」


お嬢様が指を折った。


「一つ。放送で数字を直接国民に伝える。貴族が情報を操作する余地を潰す。全員が同時に聞けば、個別に対処する暇もない」


スピーカーがあれば、直接、タイムラグなしにすぐに声が届けられるのだ。


「二つ。ノルデン戦争の時、貴族たちを招待したでしょう」


「……観覧の招待状。あれですか」


クラウス様の声がかすかに揺れた。


「そう。領地を失うと知った貴族が、反乱を考えたとき──あの兵器を思い出すわ。ライフル、ダイナマイト、そしてテルミット焼夷弾」


お嬢様は窓の外を見たまま、続けた。


「城壁が溶けて、地面が爆ぜて、見えない弾が飛んでくる。それを間近で見た人間が、武器を取ると思う?」


「っ!」


クラウス様と私は息を呑んだ。


誰も答えなかった。答えられなかった。




頭がクラクラする。クラウス様も顔が真っ青だ。


「……お嬢様」


私は声を絞り出した。


「あの招待状は──最初から、今日のためだったんですか」


「ええ、もちろんよ」


何かが崩れた。頭の中で、点が線に変わっていく。一つ繋がるたびに、足元が崩れていく感覚。


「まさか……道路整備も?」


「ええ、当然。県制度に移行したら、中央からの物流が生命線になるわね」


「官僚試験も……」


「貴族に代わって統治する人材がいなければ、県は回らない」


私は椅子の背もたれを掴んだ。立っていられなかった。


「教育も……?」


「国民自らが貴族たちの不正を判断できなければ、また同じことが起きるわ。数字を公開しても、読み解ける民がいなければ意味がない」


「印刷……新聞も……」


「声が届かない場所には、文字を届ける。同じ情報を、同時に、全国に。貴族が民に嘘をつけなくなるのよ」


止まらない。聞けば聞くほど繋がる。あれも、これも、全部──。


お嬢様は淡々と続けた。声色が一切変わらない。それが余計に怖い。


「石鹸で疫病を減らしたわよね。お風呂を広めた。農業改革で収穫を増やした。硫酸で肥料を作った」


お嬢様が振り返った。


「民の暮らしは──誰のおかげで良くなった?」


「……国の、政策で……」


「そう。領主じゃない。国の政策よ。民がそれを実感していれば──領主がいなくなっても困らない。むしろ、いない方がいいと思うようになる」


頭の中で、記憶が次々に蘇った。


「……お嬢様。石鹸を作った時のこと、覚えていますか」


「ええ」


「副産物のグリセリン……使い道がないって、文句をおっしゃっていましたよね」


「言ったわね」


「あれは──ダイナマイトの原料でしたが」


「ええ、ダイナマイトをつくるためにグリセリンを作ったのよ。石鹸の改良はおまけ」


お嬢様は微笑んだ。あっさりとみとめた。


「声が届かないと、おっしゃっていました。大広間で声が後ろまで届かないと」


「言ったわね」


震える声で続けた。


「それでスピーカーを作りましたよね。でもそれは──」


「お察しの通りよ。民の前で、不正を読み上げるため」


怖い……怖い……


「お嬢様の『困った』も、『欲しい』も、『文句』も……全部、この、『廃藩置県』の入口だったんですか」


お嬢様は一拍置いて、答えた。


「そのとおりよ」


あっさりと。何でもないことのように。


「……あれは……全部、演技だったんですか」


「演技じゃないわよ。だって、石鹸臭かったじゃない。あなたも文句言ってたでしょ?」


──覚えている。


あの時の石鹸の匂い。確かに臭かった。確かに二人で文句を言った。お嬢様は本気で顔をしかめていたし、私も鼻をつまんでいた。あれは嘘じゃなかった。


「ただ、本当の目的が石鹸の改良じゃなかったってだけね。さっきも言った通りおまけよ、おまけ」


さらっと。本当に、さらっと言った。


嘘じゃないのだ。全部本心だ。石鹸は本当に臭かったし、お風呂には本当に入りたかった。声が届かないのにも、本当に困っていた。


でも、同時に──その先を全部見ていた。


それが一番怖い。


善意と計略が矛盾しない人なのだ、この方は。


「教育で判断力を。国策で帰属意識を。印刷と放送で情報を。火力で戦意の喪失を」


お嬢様は窓の前に立ったまま、静かに言った。


「これまでの施策はすべて──廃藩置県を実現するための布石だったのよ」




沈黙が落ちた。


私はクラウス様を見た。


──息を呑んだ。


あの冷静な内務大臣の目が、焦点を失っていた。初めて見た。


クラウス様の紫色に変色した唇がわなわなと震えていた。


クラウス様は何かを口にしようとするが、声にならなかった。何かを数えるように、指が震えていた。


MKS単位系。複式簿記。戸籍。道路。官僚試験。教育。印刷。石鹸。風呂。農業。スピーカー。戦争視察。


全部だ。自分が携わった政策の全てが──一本の線で繋がっている。


クラウス様がよろめいた。


「クラウス様!」


私は咄嗟に肩を支えた。クラウス様の体が重い。顔が蒼白だった。


「……す、すまない……」


めまいだ。理解した瞬間──体が耐えられなかったのだ。


この人は内務大臣だ。全ての政策を実務で支えてきた人だ。私よりも遥かに深く、一つ一つの施策の重さを知っている。それを全部、自分の手で動かしてきた。


だからこそ──「全部繋がっていた」と気づいた瞬間の衝撃は、私の比ではなかったはずだ。


自分が歩いてきた道の全てに、最初から設計図があった。自分はその設計図の上を、知らずに歩かされていた。


──その恐怖。


お嬢様は動かなかった。よろめいた二人を見ていた。表情は変わらない。


私はクラウス様の腕を取って、椅子に座らせた。


「……お嬢様」


「何?」


「い、いつから……考えて、いたんですか」


「いつからかしら。私がはじめて城に来たあの時から、かもしれないわね」


最初から。


あの日──5歳のお嬢様が『王妃』と言い張って政務を行うようになったあの日から?


5年。5年の月日に行った施策のすべてが一つに繋がっていたなんて、お嬢様はなんて遠くを見ていらしたのだろう。


クラウス様は椅子に座っても、震えが止まらなかった。膝の上に置いた手が、小刻みに震えていた。


やがてクラウス様は、両手で頭を抱えた。


内務大臣が。この国の実務を全て支えてきた人が。頭を抱えている。


「恐ろしい──あなたはなんて、恐ろしいお方だ」


頭を抱えたまま、絞り出すように。


内務大臣が──敬語を忘れていた。


「あら。褒め言葉として受け取っておくわ」


お嬢様はいつもの顔で微笑んだ。何事もなかったかのように。


私はクラウス様の肩に手を置いたまま思った。


──私もそう思います、クラウス様。


──心の底から。




しばらく沈黙が続いた。


クラウス様は少しずつ呼吸を整えていた。震えは──まだ、かすかに残っていた。


「クラウス」


お嬢様が名前を呼んだ。


「……はい」


「放送の後、貴族たちの処遇を任せるわ」


「……処遇、とは」


「使える者は中央官僚として登用。使えない者は名誉職」


お嬢様は少し間を置いた。


「あなたは貴族の出身だから、彼らの気持ちもわかるでしょう」


クラウス様は一瞬だけ目を伏せた。


かつての知己に向かって「領地を手放せ」と告げる仕事。それがどれだけ重いか。


でもクラウス様は引き受けた。


「……承知しました」


迷いを──見せなかった。




沈黙が落ちた。


お嬢様が窓の外を見ていた。夕暮れの光が、プラチナブロンドの髪を染めていた。


「──さて」


振り返った。


「行くわよ」


いつもの声だった。いつもの表情だった。これから国を根底から変える人間の顔ではなかった。


──始まる。


私はこの方のそばで、ずっと見てきた。


石鹸が臭いと文句を言った日も。お風呂に入りたいと駄々をこねた日も。声が届かないと嘆いた日も。


全部──今日のためだった。


怖い。


でも、私はこの方のメイドだ。


……怖いけど。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ