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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第113話 戦争の裏側:兵士を死なせないために〜ヨハン視点〜

※作者の趣味で科学蘊蓄が延々と続きます。興味ない方は遠慮なく飛ばしてください。

※本作に登場する化学反応は実際の科学に基づいていますが、絶対に真似しないでください。


三つ目だ。


師匠に呼ばれるのは、これで三度目になる。


ダイナマイト。テルミット。そして──次は何だ。


山奥の秘密工房に着くと、師匠が作業台の上に布を広げていた。


「今日は火薬の話よ」


「火薬……」


「ダイナマイトの時にニトロ基を教えたでしょう」


「ああ。グリセリンにニトロ基を付けてニトログリセリンを作った」


「今度は、セルロースにニトロ基を付けるの」


「セルロース……綿か」


「そう。原理は同じ。セルロースにニトロ基を付けた──綿火薬よ」


原理は同じ。ニトロ基が自前で酸素を持っているから、一瞬で反応する。


また、あいつか。ニトロ基。


一つの原理で十に応用が効く──師匠がいつも言っていることだ。ダイナマイトもテルミットも、根っこには化学反応がある。そしてまた、新しい応用が来る。


「綿火薬から、さらに加工して無煙火薬を作るの」


「無煙……煙が出ない火薬?」


「そう。従来の火薬は燃やすと煙がもうもうと上がる。でもこれは煙がほとんど出ない。しかも発生する圧力が高い」


師匠が差し出した粒状の火薬は、一見すると何の変哲もなかった。だが、これが──。


「これを何に使うのか、教えてくれるんだよな」


「ダイナマイトは爆発の力で地面を砕く。なら、その力を一方向に集中させたら?」


「一方向に……?」


師匠が布を剥がした。その下に、細長い鉄の筒があった。木の台座が取り付けられ、根元には小さな金属の部品が組み込まれている。


見たことのない形だった。弓でもない。弩でもない。


「……おっさん、これお前が作ったのか」


「嬢ちゃんに頼まれてな。設計図を渡されて、二ヶ月かかった」


二ヶ月。俺が呼ばれる前から、準備は始まっていたのか。


「筒の中で火薬を燃やす。出口は一つだけ。爆発の力が全部、そこから出る」


師匠が球形の鉛玉を筒の口に入れた。


「これが弾。引き金を引くと、ここの撃鉄がバネの力で落ちて火薬に点火する。火薬が爆発して、弾が飛び出す」


「……爆発で弾を飛ばす?」


「そうよ」


それから──長かった。


師匠の設計図を元に、ギュンターが部品を鍛造する。俺が火薬の配合を調整する。試作しては失敗し、設計を直してはまた作り直す。


撃鉄のバネが弱すぎて火薬に点火しない。強すぎて部品が壊れる。銃身の鋳造は何度もやり直した。鉄の質が均一でないと、発射の圧力に耐えられない。


三ヶ月かかった。


ようやく完成した銃は、筒に木の台座を取り付けた形をしていた。肩に当てて構えるための銃床と、引き金。ギュンターの鍛冶技術と師匠の設計と、俺の火薬が組み合わさって、一つの兵器になった。





射撃場に出た。工房の裏手に作られた、簡素な訓練場だ。的が50メートル先に立っている。


「50メートル?」ギュンターが眉を上げた。「弩の有効射程と同じだ。弓なら30がいいところだぞ」


「まずはこの距離で見せるわ」


師匠が筒を構え、引き金を引いた。


轟音。


体が勝手にしゃがんだ。


隣を見ると、ギュンターも同じだった。歴戦の傭兵が、片膝をついて頭を抱えている。


聞いたことのない音だった。雷鳴を手元に凝縮したような、腹の底を殴られるような衝撃。弓を引く音とも、弩の弦が弾ける音とも、何もかも違う。


煙が立ち込める。的を見ると──木の板を貫通して、穴が開いていた。


「……なんだ、今の」


ギュンターの声が掠れていた。弩の矢は板に刺さる。突き抜けることはない。それが──貫通した。


「50メートル先の板を撃ち抜いた……」


「すげえ威力だ……」ギュンターが立ち上がりながら呟いた。顔が強張っている。「だがすげえ音だな。心臓が止まるかと思った」


「距離を伸ばすわよ」


的を100メートルに下げた。師匠が撃った。外れた。もう一度。また外れた。


150メートル。三発撃って、一発もかすりもしない。弾があらぬ方向に飛んでいく。


「……50メートルでは当たったのに」


「球形の弾は空気の中を飛ぶと不規則にブレるの。近距離ではまだ誤差が小さいけど、距離が伸びるほどブレが大きくなる」


ギュンターが腕を組んだ。


「このままでも使えなくはない。でも精度が低いから、数で補うしかない。百人並べて撃って、やっと三発当たる計算ね」


百人で三発。それは──九十七人の兵士が、ただ弾を消費するためだけに戦場に立っているということだ。


「精度を上げるわ」



師匠が、新しい弾丸を見せた。


細長い。球ではなく、先端が尖った椎の実のような形をしていた。


「弾を細長くする。先端を尖らせる。空気抵抗が減って、直進性が上がるわ」


「なるほど」


「でも、形を変えただけでは足りない。ここが重要よ」


師匠が別の銃身を持ち上げた。試射に使ったものとは違う。筒の中を覗けと言う。


暗い筒の内側に、螺旋状の溝が刻まれていた。


「ライフリング。銃身の内側に螺旋を刻んだの。弾がこの溝に沿って回転しながら飛び出す」


「回転……? 弾を回転させて、何が変わるんだ」


「ヒントはもう教えてあるわ」


俺は考えた。回転。回転で何かが変わる。


──独楽。


「……ジャイロ効果か?」


「そう」


「回転すると……安定する? 弾がブレなくなる?」


「よくできたわね」


師匠が頷いた。


「回転する物体は姿勢を維持しようとする。弾が回転しながら飛べば、ブレない。真っ直ぐ飛ぶ」


けりんちょの車輪と同じだ。回転が速いほど安定する。それが弾丸にも当てはまる。ギュンターが言っていた「投げ斧は回転させた方が当たる」──あれも同じ原理だったのか。


「角運動量保存則。エマにも教えたわ。まだ名前だけだけど」


「名前だけ教えて放置するの、師匠の悪い癖だぞ」


「いずれ自分で辿り着くわ」


師匠は笑った。


だが俺は笑えなかった。


エマさんに教えたのは独楽の話だ。楽しい乗り物の原理だ。


同じ原理が、今ここで──弾丸を安定させる技術に使われている。


一つの原理で十に応用が効く。独楽も、けりんちょも、弾丸も。石鹸のグリセリンがダイナマイトに化けたように。


美しい原理の、最も残酷な応用だ。





師匠がライフリングを刻んだ銃を構えた。


200メートル先の的に向かって、引き金を引いた。


乾いた音。煙はほとんど出なかった。


的の中心に、穴が開いていた。


「200メートル先に命中……」


「弩の射程は50メートルがやっとよ。これは300メートル先でも当たるわ」


「6倍……」


「しかも煙が出ないから、どこから撃っているか分からない。敵が射程に入る前に、一方的に撃てる」


師匠が銃を下ろした。


「百人で撃って三発当たる軍隊と、十人で撃って十発当たる軍隊。どちらが強いかは明白でしょう?」


「……」


「そしてどちらが兵士が死なないかも」


十人で十発。


百人のうち九十人は、戦場に立たなくていい。


九十人の兵士が──家に帰れる。


「……」


三つ目だ。


ダイナマイト。テルミット。そしてこの──ライフリングを刻んだ銃。師匠はライフルと呼んでいた。


師匠は俺に、三つの兵器を作らせた。いや、作ったのは師匠だ。俺はそれを手伝っただけだ。


でも──手伝ったということは、加担したということだ。


三つの兵器が、もうすぐ使われる。戦争が来ると、師匠は言った。


その時、俺が手伝ったものが、人を殺す。


同時に──人を救う。


九十人を戦場から帰す。城攻めを一瞬で終わらせて、籠城戦の犠牲を無くす。圧倒的な力で、戦争を短く終わらせる。


殺すことと、救うこと。


その両方が、同じ化学の上に載っている。


「師匠」


「何?」


片付けをしながら、俺は口を開いた。


「俺は……最初のダイナマイトの時、怖かった。テルミットの時も」


「……」


「でも──師匠が『いずれ誰かが作る』って言った意味が、やっと分かった気がする」


師匠が手を止めた。


「誰かが作るなら、俺が作る。俺が作って、師匠が管理する。それが一番、人が死なない」


「……」


「見知らぬ誰かが作ったら、どう使われるか分からない。でも俺が作って、師匠が使い方を決めるなら──少なくとも、無駄には使わない」


おっさんの言葉が、頭に浮かんだ。「嬢ちゃんが使うなら、無駄には使わねえ」。


あの時は、おっさんの言葉に救われた。今は──自分の言葉で言える。


師匠は俺を見ていた。


しばらく、黙っていた。


「いい答えね。ありがとう」


小さく、笑った。


師匠の笑顔を見るのは珍しい。いたずらっぽい笑みではなく、紅茶を飲みながらの余裕の笑みでもない。


ただ──良かった、と思っているような。


そんな顔だった。


「でもね、ヨハン」


師匠の声が変わった。


「私の時代は大丈夫よ。私が管理しているうちは、正しく使える」


「……」


「五十年後は? 百年後は? 私はもういないわ」


息が止まった。


そうだ。師匠がいるから大丈夫──その考えは、師匠の寿命と一緒に終わる。


「その時に、この兵器が正しく使われる保証は、どこにもないの」


「……」


「まあ、百年後のことまで私は責任を持てないけれど」


師匠は工具を棚に戻しながら、軽く言った。


「正しく使える後継者を、育てていきたいわね」


──十にも満たない師匠が、百年後の世界を見ている。


俺が目の前のダイナマイトに怯えている間に、師匠はその先の先まで考えていた。


空恐ろしかった。


「ヨハン」


「……おう」


「あなたは科学者よ。兵器を作る人間じゃないわ」


「……」


「でも、科学者が兵器を作らなければならない時代が来る。その時に──作れるだけの知識と、作った後に背負える覚悟を、今のうちに持っておきなさい」


「……おう」


俺は頷いた。


工房の窓から、夕日が差し込んでいた。


ダイナマイトの日も、夕日を見た。あの日は、化学の光と影を初めて知った日だった。


今日は──覚悟を決めた日だ。


石の中に原子が見えるようになった日から、俺の世界は変わった。


世界の見え方が変わった。美しいと思った。全てが繋がっていると思った。


その繋がりの先に、兵器がある。


目を逸らすことはできない。逸らしたら、科学者じゃなくなる。


俺は作る。怖いまま、作る。


そして──作ったものの行方を、最後まで見届ける。


それが、俺の覚悟だ。


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