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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第107話 師匠〜アルブレヒト視点〜

廃藩置県の処遇が、終わりに近づいていた。


最後の貴族が署名を終え、クラウスが部屋を出てくる。俺は──廊下で待っていた。


「師匠」


「……は?」


「師匠」


クラウスが振り返る。困惑した顔をしている。


「なぜ俺を師匠と……?」


「……」


理由を聞かれても、答えられない。言語化できない。気恥ずかしい。


「……」


「……」


「……勝手にしろ」


クラウスは歩き出した。俺は──その背中についていく。


「なんで俺なんだ」


廊下を歩きながら、クラウスが聞いてきた。


「……」


「シャルロッテ殿下に師事すればいいだろう」


「それは違います」


「何が違う」


「……」


答えられない。シャルロッテは──君主だ。クラウスは──違う。


シャルロッテは、俺の手が届かない場所にいる。あの女は最初から「する側」だ。生まれながらの支配者。俺とは違う生き物だ。


でもクラウスは──俺と同じ側に立っている。


領地を失った。貴族としての誇りを踏みにじられた。それでも折れずに、新しい道を歩いている。「される側」から「する側」へ、自分の足で歩いて行った。


俺が目指せるのは、そっちだ。


でも、それを言葉にできない。


「……師匠」


「だからなんで……もういい」


クラウスは諦めたように歩き続けた。俺は──その背中を追った。





王宮の執務室に着いた。


シャルロッテが待っていた。報告者が一人、立っている。俺とクラウスも同席する。


「摂政殿下、シュルツ伯が資産を持ち出して亡命したようです」


「……」


「メイヤー男爵、ベッカー子爵も同様の動きを見せております。いずれも廃藩置県の発表直後に動いた者たちです」


先を読んで、資産を海外に逃がした者たち。廃藩置県の前に──逃げ出した。


「追跡しますか?」


シャルロッテは窓の外を見ていた。小さな背中。幼い横顔。しばらく沈黙があった。


「ほっときなさい」


「しかし……」


「逃げたいなら逃げさせなさい。無理に連れ戻しても面倒なだけよ」


シャルロッテが振り返った。その目は──どこまでも冷たい。


「ただ──監視だけはさせておいて。どこに行って、誰と会って、何をしているか。全部」


「……承知いたしました」


報告者が退出した。部屋には、シャルロッテと俺とクラウスだけが残った。


「クラウス」


「はい」


「処遇は全て終わったわね」


「本日をもって完了いたしました」


シャルロッテは頷いた。窓際に立ち、外を見ている。


「ご苦労様。大変だったでしょう」


「……いえ」


「嘘おっしゃい。恨み節を聞くのは疲れるものよ」


クラウスは──黙った。否定しなかった。


俺は二人を見ていた。シャルロッテはクラウスの苦労を分かっている。分かった上で、やらせた。


「アルブレヒト」


「はい」


「あなたも見学ご苦労様。どうだった?」


「……」


どう答えればいい。恐ろしかった。味方すら切り捨てる君主の姿を見た。でも──それだけじゃない。


「……公正だと、思いました」


「ふうん」


「敵も味方も関係ない。ノルデンだから切る、帝国だから残す──そういう贔屓がない」


シャルロッテは──微かに笑った。


「クラウスの受け売り?」


「……っ」


図星だった。クラウスが言っていた言葉を、そのまま使った。


「いいのよ、別に。正しいことは正しいんだから」


シャルロッテは窓から離れ、俺の前に立った。小さな体。幼い顔。でも──底の見えない目。


「あなた、『ノルデンの民を幸せにしたい』って言ったわよね」


「……はい」


「その気持ちは変わってない?」


「変わっていません」


即答した。これだけは、迷いがない。


シャルロッテは──頷いた。


「なら、これからも見ていなさい。学びなさい。いずれ、あなたにも役割を与えるわ」


「……はい」


「期待してるわよ、元王子さん」





執務室を出た。


クラウスと並んで廊下を歩く。窓から差し込む光が、床に影を落としている。


「師匠」


「……だからその呼び方は」


「理由、言っていいですか」


クラウスが足を止めた。振り返る。


「……言えるのか」


「さっきは言えなかった。でも──今なら」


俺は、クラウスの目を見た。


「シャルロッテ殿下は──俺の手が届かない場所にいる」


「……」


「あの人は最初から『する側』だ。生まれながらの支配者。俺とは違う生き物だ」


「……それで?」


「でも師匠は──俺と同じ側に立っている」


クラウスの眉が動いた。


「領地を失った。貴族としての誇りを踏みにじられた。それでも──折れずに、新しい道を歩いている」


「……」


「『される側』から『する側』へ、自分の足で歩いて行った。俺が目指せるのは──そっちだ」


クラウスは──しばらく黙っていた。


「……俺は、そんな大層なもんじゃない」


「でも、俺にとっては──」


「黙れ」


クラウスは歩き出した。でも──その声は、少しだけ柔らかかった。


「……ついて来い」


「はい、師匠」


「だからその呼び方は……」


クラウスは諦めたように溜息をついた。俺は──その背中を追った。





夜。宿舎の部屋で、一人考えていた。


廃藩置県が完了した。帝国は新たな形を得た。


貴族という身分は残っている。でも、領地はなくなった。徴税権も、裁判権も、軍事権も──全て国に移った。中央集権化の完成。帝国は──一つになった。


でも──これは終わりじゃない。


シャルロッテの視線は、既に次を見ている。通貨を統合した。貴族を処理した。亡命者を監視している。次は──何だ。


窓の外には、星が見える。


あの亡命貴族たち──シュルツ伯、メイヤー男爵、ベッカー子爵。先を読んで逃げた者たち。シャルロッテは「ほっときなさい」と言った。でも、監視はしている。


いずれ何かが起きる。外から帝国を揺さぶろうとする者が現れる。その時のために──準備している。


怖い女だ。本当に。


でも、俺は──ついていく。師匠の背中を追いながら。この国が、どこに向かうのかを、見届けながら。


ノルデンの民のために。俺自身のために。


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