表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

105/130

第103話 そろそろやりましょうか〜アルブレヒト視点〜

シャルロッテは窓の外を見ていた。エマが傍に控えている。


「そろそろやりましょうか」


シャルロッテが言った。


「何をですか?」


エマが問い返す。


「ほら、数年前に言ってたじゃない。不正な貴族を〜ってやつ」


「あぁ、遂に……」


俺には何の話か分からない。でも、エマの顔色が変わった。何か大きなことが起きる──そういう空気だった。


「準備はできてる?」


「はい。各都市の広場にスピーカーの設置が完了しております」


「じゃあ、始めましょう」





帝都の広場に立っていた。


広場の中央に、装置が据えられている。街中に張り巡らされた電線──あれが何のためか、今日ようやく分かる。


広場には民衆が集められていた。何が始まるのか、誰も分かっていない。


クラウスが隣に立った。


「何が始まるんです?」


「……まあ見ていろ」


装置が──鳴った。


シャルロッテの声が響いた。


『帝国臣民に告ぐ。本日、重大な発表を行う』


民衆がざわめいている。何が起きるのか、誰も分からない。


『これに伴い、各領の徴税記録を公開する』


俺は──あの声を知っている。ノルデン併合を宣言した、あの声だ。


『ヴァルター領、過去5年間の超過徴税額、銀貨3万枚』


『シュミット領、帳簿改竄、実際の収穫量との差異、18パーセント』


『ブラウン領、徴発記録と実際の支出の乖離、銀貨1万2千枚』


数字が、淡々と読み上げられていく。


……何だ、これは。


領主たちの不正が──全部、暴かれている。


『──続いて、旧ノルデン領』


俺は耳を疑った。


『旧ノルデン北部州、フィッシャー伯爵家、過去10年間の超過徴税額──』


いつの間に調べた。併合からまだ──


いや。複式簿記の導入は、併合直後から始まっていた。俺が視察で各地を回っている間に、帝国の官僚たちは帳簿を精査していたのだ。


俺が「民の声を聞く」と歩き回っている間に、この化け物は──ノルデンの貴族たちの首根っこを押さえていた。


最初、民衆は何が起きているか分からなかった。


やがて──理解が広がる。


「待て……うちの領主様の名前が……」

「超過徴税……? 俺たち、余分に取られてたのか……?」

「だから、あんなに苦しかったのか……」


ざわめきが、怒号に変わっていく。


「知らなかった……何も知らなかった……」

「あの野郎……俺たちを騙してたのか……!」


シャルロッテの声は、淡々と続いている。感情を込めず、ただ数字を読み上げる。それが──余計に残酷だった。





俺は、立ち尽くしていた。


いつの間にか、エマが隣にいた。


「……何が起きてるんですか、これは」


「帝国では四年以上前に複式簿記を導入しました」


エマが静かに言った。


「帳簿を二重につけることで、不正がわかりやすくなったのです」


「それで……この不正が発覚した、と」


「はい。ですが──お嬢様は、問題を起こしていた貴族を当時罰しませんでした」


「……なぜ」


「不正がわかりやすくなった帳簿を、あえて放置したのです。『不正の記録』を積み上げるために」


背筋が凍る。


四年以上。四年以上、泳がせていた。証拠を積み上げて、技術が整うのを待って──一網打尽にするために。


「……四年以上前から、この瞬間を計画していた」


「はい」


エマの声は、淡々としていた。


この女は──何年も前から、この日のために準備していた。貴族たちは、知らないまま泳がされていた。そして今──逃げ場を塞がれた状態で、全てを暴かれている。


スピーカーからの放送は、まだ続いている。


淡々と、数字が読み上げられていく。帝国各地で、同じ声が響いているのだろう。


「俺の親父は……飢饉の年に死んだ」


隣にいた男が、絞り出すように言った。


「あの年、領主は『蓄えがない』と言った」


「──嘘だったのか」


怒りと、悲しみと、虚しさが混ざり合っている。


その時──スピーカーから、新たな声が響いた。


『──以上が、各領の徴税記録である』


シャルロッテの声が、一呼吸置いた。


『これだけの不正が横行している現状を鑑み、我々は結論に至った』


広場が静まり返る。


『問題は、個々の貴族ではない。貴族領という仕組み自体にある』


俺は息を呑んだ。


『よって、我々は仕組みを変えることを決断した』


『──廃藩置県』


『すなわち、貴族領すべてを国領とする』


一瞬の沈黙。


そして──広場が爆発した。


「は?」


「今、何て言った──」


「廃藩……? 藩ってなんだ?」


「知らん。とにかく領地が無くなるってことだろう」


「領地を……全部……!?」


悲鳴と怒号が入り混じる。俺も、頭が真っ白になっていた。


「やった……!」


歓声を上げる者がいた。


「領主がいなくなる! あの野郎がいなくなる!」

「もう搾り取られなくて済む!」


喜ぶ民衆。だが──全員ではない。


「待て、待て待て……うちの領主様は不正なんてしてなかったぞ」

「そうだ、放送で名前が呼ばれなかった」

「なのに……領地を取り上げられるのか?」


困惑する声。不正を働いていない領主の領民たちだ。


「関係ねえよ! 貴族なんて全員クソだ!」

「そうだそうだ!」

「いや、うちの領主様は違う──」


民衆同士が言い争いを始めている。


広場の隅では、明らかに身なりの良い男が青ざめていた。貴族だ。たまたま広場にいたのだろう。


「おい、あいつ貴族じゃねえか」

「お前も不正してたんだろ!」

「ち、違う、俺は──」


男が逃げ出す。民衆の一部が追いかける。


「待て!」

「逃げるな!」


だが──広場に配備されていた兵士たちが、追いかける民衆を取り押さえた。


「落ち着け! 私刑は許さん!」


……兵士がいる。最初から配備されていたのか。


暴動を防ぐためだ。民衆の怒りは利用するが、暴走は許さない。そういうことか。


俺は動けなかった。これが──革命というものなのか。


革命とは、民衆が国に対して行うものだろう。歴史の本にはそう書いてあった。


でも、あの女は──国の側にいながら、革命を起こしている。


こんなの、ありなのか?


不正を暴くだけじゃなかった。そのまま──貴族制度そのものを解体する。


一度の放送で。一気に。


『詳細は追って通達する。以上』


スピーカーが沈黙した。


だが、広場の混乱は収まらない。


泣いている老婆がいた。


「やっと……やっと分かってもらえた……」

「お父さんは……領主のせいで死んだんだ……」


息子らしき男が、老婆の肩を抱いている。


一方で、呆然と立ち尽くす者もいた。


「これから……どうなるんだ」

「領主がいなくなったら、誰が治めるんだ」

「国が……直接?」


不安と期待が入り混じっている。誰も、この先のことが分からない。


──これが、あの化け物のやり方か。


民衆の怒りを煽り、貴族への恨みを爆発させ、その勢いで制度を変える。


反対する暇すら、与えない。





とある貴族の屋敷では──後からクラウスに聞いた話だ。


「馬鹿な……どうしてあの帳簿が……」


「旦那様、どうされますか」


「どうするも何も……」


複式簿記の導入時──あの時、発覚していたのだ。なのに処罰されなかった。安心していた。見逃してもらえたのだと。


「……泳がされていた」


「ずっと、泳がされていた」


逃げ場はない。今さら否定しても、数字という証拠がある。民衆の耳に、もう届いてしまった。


「し、しかも……廃藩置県……」


「領地が、国のものに……」


「俺の……俺の土地が……」


貴族は椅子に崩れ落ちた。不正を暴かれた上に、領地まで失う。二重の打撃だった。





また別の屋敷──こちらは不正を働いていなかった貴族だ。


「なぜだ……」


彼は窓の外を見ていた。


「俺は何も悪いことをしていない。放送で名前も呼ばれなかった」


「旦那様……」


「なのに……領地を取り上げられるのか?」


不正貴族と同じ処遇。真面目にやってきた者も、そうでない者も、等しく領地を失う。


「これが……公平なのか」


従者は答えられなかった。


「先祖代々……何百年も守ってきた土地だ」


「父から受け継ぎ、息子に渡すはずだった土地だ」


「それが……『制度変更』の一言で……」


彼は拳を握りしめた。


だが──反乱を起こす気にはなれなかった。不正貴族への怒りで、民衆は沸き立っている。今、立ち上がれば──「不正貴族の味方」と見なされる。


「……飲み込むしかないのか。この苦さを」





ある屋敷では、若い貴族が剣を握っていた。


「立ち上がるぞ」


「旦那様……」


「俺たちの土地を奪おうというのだ。黙って従えるか」


だが、古参の家臣が首を振った。


「お待ちください。ノルデン戦争を、ご覧になりましたでしょう」


「……」


「あの火の雨を、お忘れですか」


若い貴族の手が止まった。


戦争視察。あの時見た光景が、脳裏に蘇る。


炎に包まれる城。一瞬で崩れ落ちる城壁。逃げ惑う兵士たち。


「……勝てるわけが、ないか」


剣を置いた。


「ならば……どうすればいい」


「恭順するしかありません。そして、中央で働く機会を得るのです」


「……屈辱だ」


「生きていれば、いつか──」


「いつか、何だ」


家臣は答えなかった。答えられなかった。





そして──即座に恭順を決めた貴族もいた。


「分かった。従おう」


「旦那様……よろしいのですか」


「よくはない。だが、合理的だ」


彼は書状を取り出した。


「どうせ財政は苦しかった。後継ぎの問題もあった。国が引き取ってくれるなら──」


「楽になる、と?」


「少なくとも、領民を飢えさせる心配はなくなる」


淡々と言った。だが、その目は──どこか寂しげだった。


「父上に申し訳が立たんがな」


「……」


「まあ、死んだ人間に恨まれても、どうしようもない」


彼は窓の外を見た。領地が広がっている。春には麦が青く波打ち、秋には黄金色に染まる土地。


「さらばだ」


呟いた。誰に向けてでもなく。





帝都の官庁街で、俺はクラウスと共にいた。


報告が次々と届いている。各地の状況──貴族たちの反応、民衆の動き。


「大規模な反乱の兆候はありません」


官僚が報告した。


「だろうな」


クラウスが頷いた。


「しかし、なぜでしょうか」


「簡単だ」


クラウスは窓の外を見た。


「民の支持を失った状態で、誰が立ち上がる」


「……」


「兵を集めようにも、領民が従わない。仮に集めたところで──」


第二次ノルデン戦争の記憶が、まだ新しい。帝国軍の圧倒的な火力を、貴族たちは知っている。


──ああ、すべてが繋がった。


そのために、帝国とノルデンの戦争を貴族に、参観させていたのか。


あの時、帝国貴族たちが前線に招かれていた。「視察」という名目で。俺はただの示威行為だと思っていた。だが──これが目的だったのだ。


いつか来るこの日のために、逆らえば何が起きるか、その目で見せておくために。


「勝てるわけがない、と分かっている」


「……」


「だから大多数は合理的に屈服する」





夕方、王宮に戻った。


シャルロッテは椅子に座り、報告を聞いていた。表情は変わらない。


「各地の状況です。混乱は起きておりますが、抑え込める見込みです」


エマが報告した。


「そう」


「貴族たちは……ほとんどが沈黙しております」


「でしょうね」


シャルロッテは立ち上がり、窓際に向かった。


「明日から、各領への通達を始めなさい」


「はい」


「使える者は登用、使えない者は名誉職。反乱する者は……まあ、いないでしょうけど」


その声は、淡々としていた。たった今、帝国の形を根底から変える発表をしたばかりなのに──感情の揺らぎは、見えない。


俺は壁際に立って、その光景を見ていた。


廃藩置県。


領地を召し上げる。貴族という身分は残るが、実質的な力を全て奪う。


不正を働いた者も、そうでない者も、等しく。


帝国は──変わる。


シャルロッテの思い描く形に。


俺は──その変化の中で、何ができる。


ノルデンの貴族たちも、同じ運命を辿るのだろう。俺が知っていた世界が、音を立てて崩れていく。


でも──立ち止まっている暇はない。


この流れの中で、ノルデンの民のために動く。それが、俺の役目だ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ