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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第102話 プロパガンダ〜アルブレヒト視点〜

宮廷の一室に呼ばれた。


いつもの視察報告──ではなさそうだった。普段より多くの者が集まっている。


クラウスがいる。書記官が二人。そして──あのメイドも。


シャルロッテは大きな椅子に座り、机の上に広げられた地図を眺めていた。帝国と周辺諸国の地図だ。ノルデンは──もう帝国と同じ色で塗られている。


「全員揃ったわね」


シャルロッテが顔を上げた。俺は末席に控える。


「今日は、次の段階について話すわ」


次の段階。俺は身構えた。


「クラウス、旧ノルデンの様子を、周辺国に伝えなさい」


「伝える……ですか?」


「そう。『帝国に併合されたノルデンは、こんなに穏やかに統合された』と」


シャルロッテは淡々と続けた。


「『通貨交換は良心的なレートだった』と。『旧国王も処刑されず、田舎で穏やかに暮らしている』と」


クラウスが一瞬、考え込んだ。


「……どのような手段で伝えますか?」


「商人を使いなさい。帝国の商人が周辺国と取引する時に、『ノルデンの話』をさせるの」


「商人、ですか」


「外交官より信用されるわ。商人は嘘をつかない──と、みんな思ってるから」


実際には、商人は嘘をつく。利益のためなら何でも言う。俺は市場で、それを見てきたばかりだ。


だが──今回は嘘ではない。事実だ。都合の良い事実だけを選んだ、事実だ。


クラウスが頷いた。


「プロパガンダ、ですね」


「そうよ。一番効果的な嘘は、事実で作るものよ」



プロパガンダ。


嘘ではない。でも──真実でもない。「都合の良い事実」だけを伝える。


シャルロッテは地図の上で、周辺国を指でなぞった。


「次に我々と戦うことになる国の民衆は、こう思うでしょう」


「『抵抗したら、あの火の雨』」


指が止まった。あの爆発──俺もあの中にいた。あの炎は、今でも夢に見る。


「『降伏したら、意外と悪くない』」


指が動いた。ノルデンの領土をなぞる。


「『うちの王様は、どちらを選ぶのかしら』」


俺は息を呑んだ。クラウスも、書記官たちも、同じ表情をしていた。


あのメイド──エマだったか──だけが、複雑な顔をしている。何か言いたそうだが、黙っている。


シャルロッテは続けた。


「戦う前から、民心は折れる」


「王が戦争を決めても、民がついてこない」


「徴兵しても、士気が上がらない。税を集めても、協力が得られない」


「そして王は、こう考える。『戦っても勝てない。なら、降伏した方がマシだ』」


沈黙が流れた。


シャルロッテは、どこか遠くを見るような目をした。


「『百戦百勝、非善之善者也。不戦而屈人之兵、善之善者也』(ひゃくせんひゃくしょう、ぜんのぜんなるものにあらざるなり。たたかわずしてひとのへいをくっするは、ぜんのぜんなるものなり)」


流れるような読み下しだった。


「……何だ、それは」


俺は思わず聞いていた。


「東方の兵法家、孫子の言葉よ。『百回戦って百回勝つのは最善ではない。戦わずして敵を屈服させるのが最善である』という意味」


シャルロッテは淡々と続けた。


「これが本当の『勝利』よ」


クラウスが感心したように頷いている。書記官たちも目を見開いていた。


十歳の少女が、東方の古典を原文で諳んじる。この化け物は、一体どれだけの知識を持っているのか。


戦わずして勝つ──それを、この化け物は実践している。戦う前に、相手を降伏させる。


それが、この化け物のやり方だ。


父上が見たのも、これだったのか。帝国の農村を歩き、民の暮らしを見て──「勝てない」と悟った。


あの爆発を見る前から、父上は負けを認めていた。


俺たちは──最初から、掌の上だったのだ。




クラウスが書記官に何かを指示している。商人への連絡網、伝えるべき内容の草案──プロパガンダの実務が動き始めていた。


俺の番が来た。


「アルブレヒト、視察の報告を」


「……はい」


俺は立ち上がった。全員の視線が集まる。元敵国の王子が、征服者に報告をする。屈辱だ。だが──今さら逃げられない。


「民は……恨んでいない」


言葉を選ぶ。


「恨めないでいる」


シャルロッテが目を細めた。続きを促している。


「良心的な条件のせいで、怒りの矛先がない。便乗値上げに怒っている者はいる。だが、それは商人への怒りであって、帝国への怒りではない」


「想定通りね」


想定通り。すべてが、この化け物の計算の内だ。


「他には?」


「電信柱と呼ばれるものが設置されている。民は何か分かっていないが、帝国の力の象徴として受け止めている」


「そう」


シャルロッテは黙って聞いている。小さな体で、大きな椅子に座って。その目は──俺を見透かしているようだった。


「……完璧だと思った」


言葉が口をついて出た。


「悔しいが──完璧だ。民を恨ませず、従わせている。反乱の芽を摘み、不満を逸らしている。俺には──隙が見つけられなかった」


沈黙が流れた。


クラウスが何か言おうとしたが、シャルロッテが先に口を開いた。


「完璧じゃないわ」


「……何?」


「まだ始まったばかりよ。完璧かどうかは、十年後、二十年後に分かること」


シャルロッテが立ち上がった。窓際に歩いていく。その背中は小さい。だが──存在感は誰よりも大きい。


「ノルデンの統合は、序章に過ぎない」


窓の外を見ながら、シャルロッテは続けた。


「これから先、もっと多くの国を──」


途中で言葉を切った。何かを言いかけて、やめたようだった。


俺は待った。他の者も、息を潜めている。


シャルロッテが振り返った。


「アルブレヒト」


「……何だ」


敬語を使うべきだったかもしれない。だが、もう遅い。


シャルロッテは──気にしていないようだった。


「あなたの仕事はこれからよ、元王子さん」


「……」


「ノルデンの民のために働きたいと言ったわね」


「ああ」


「なら、働きなさい。機会は与えるわ」


「どういう意味だ」


シャルロッテは微笑んだ。子供らしい笑顔──だが、その目は笑っていない。


「旧ノルデン領の行政に、あなたを加えるわ。最初は補佐官として。実績を積めば、もっと上に行ける」


「……俺を、信用するのか」


「信用? そんなものいらないわ」


シャルロッテは肩をすくめた。


「あなたが裏切っても、どうにでもなる。でも、あなたが真面目に働けば、役に立つ。だから使う。それだけよ」


「……分かった」


俺は頭を下げた。




会議が終わった。


俺は最後に部屋を出た。廊下に出ると、あのメイド──エマが待っていた。


「……何か用か」


「いえ、その……」


エマは言葉を選んでいるようだった。


「大変ですね、と思って」


「大変?」


「祖国を失って、敵国で働くのは」


俺は足を止めた。


こいつは──同情しているのか。それとも、探りを入れているのか。


「……お前には関係ない」


「そうですね。でも──」


エマは俺を見上げた。その目は──意外にも、真剣だった。


「シャルロッテ様は、本当に使える人を使います。出自は関係なく」


「……」


「私もそうです。ただのメイドなのに、気づいたらこんな会議に出席させられてる」


メイドが国政の会議に同席する。普通ならあり得ない。だが、この帝国では──それが当たり前のように起きている。


「教育大臣のマリア様は、孤児院出身です。戦災で両親を亡くして、修道院に引き取られた」


エマは続けた。


「科学大臣のヨハン様は、鉱山の近くに住んでいた平民です。石ばかり集めている変わり者だと、周りから馬鹿にされていたそうです」


「……」


「でも、シャルロッテ様はそういう人を見つけて、使う。貴族かどうかなんて、どうでもいいんです。できるかどうか、それだけ」


俺は黙っていた。


孤児が大臣になる。変わり者の平民が大臣になる。そして──敵国の王子が、行政に加わる。


「だから──頑張ってください」


「……励ましか」


「励ましです」


エマは小さく笑った。


「私も毎日振り回されてますから。お互い、生き延びましょう」


そう言って、去っていった。


変な奴だ。敵国の王子を、励ますとは。


だが──不思議と、嫌な気分ではなかった。


孤児。変わり者。そして──敗戦国の王子。


この帝国では、出自ではなく能力で測られる。


それは──ノルデンにはなかったものだ。




長い廊下を歩きながら、俺は考えていた。


俺は、この化け物の手駒になる。ノルデンの民のために。


利用されているのは分かっている。「元王子がこんなに活躍していますよ」という広告にされる。「併合されても、こんなに良い待遇ですよ」という見本にされる。次に併合される国への、プロパガンダの材料にされる。


俺自身が──プロパガンダの一部になる。


でも、それでいい。


利用されながら、俺も動く。ノルデン人が少しでもマシな暮らしをできるように。帝国の中で、ノルデンの声を届けられるように。


旧ノルデン領の行政に加わる。最初は補佐官。実績を積めば、もっと上に行ける──シャルロッテはそう言った。


信用はいらない、とも言った。裏切っても、どうにでもなる、と。


恐ろしい自信だ。だが──それが事実だから、余計に恐ろしい。


窓の外には、帝国の首都が広がっていた。


大きな街。豊かな街。整然と並ぶ電信柱。行き交う馬車。笑い合う人々。


いつか──ノルデンも、こうなるのだろうか。


それが良いことなのか、悪いことなのか。俺には、まだ分からない。


でも──やるしかない。


見てろ、父上。俺は結果を出す。


夕陽が、廊下を赤く染めていた。


明日から──俺の新しい仕事が始まる。



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