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私はメイドです!〜お嬢様の世界征服に巻き込まれた哀れな日々〜  作者: ほしみん
第一章 国内改革

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第98話 通貨統合会議〜アルブレヒト視点〜

会議室は広かった。


長い机の片側に帝国の官僚たち、もう片側に旧ノルデンの大臣たち。そして上座に──シャルロッテが座っている。


俺は壁際に立っていた。「元王子として同席しなさい」と言われたが、席は与えられなかった。見届ける立場。それでいい。


旧ノルデン大臣たちの顔を見る。緊張しているのが分かる。汗を拭う者。視線を落とす者。拳を握りしめている者。


当然だ。


今日の議題は通貨統合──ノルデンが帝国に併合された以上、避けられない手続きだ。


ノルデンでは「ヴィル」、帝国では「ギル」。別々の通貨が流通している。このままでは商売も徴税もできない。だから、ノルデン・ヴィルを廃止して、帝国ギルに一本化する。


問題は交換レートだ。


ノルデンの民が貯めてきたヴィルを、いくらのギルと交換するか。そのレートを──勝者が決める。


普通なら──搾り取られる。


たとえば、本来の価値が「1ギル=2ヴィル」だとしても、勝者が「1ギル=10ヴィル」と決めてしまえばいい。100ヴィル貯めていた農民は、本来なら50ギルもらえるはずが、10ギルしかもらえない。一方で帝国の商人は、10ギルでノルデンの50ギル分の物が買える。


合法的な略奪だ。レートを操作するだけで、敗戦国の富を吸い上げられる。


クラウスが書類を広げた。


「摂政殿下、通貨統合の件ですが……」


「そうね」


「ノルデン・ヴィルと帝国ギルの交換レートを決める必要があります」


シャルロッテは椅子に座っている。小さな体。大きな椅子。足は床に届いていない。だが──部屋を支配しているのは、この9歳の化け物だ。


「パンの値段で換算しなさい」


クラウスが一瞬、目を瞬かせた。


「パン、ですか?」


「帝国でパン1個がいくら、ノルデンでいくら。それで比率を出しなさい」


「……同じものの値段で、通貨の実質価値を測る、ということですか」


「そういうこと。卵でも、塩でも、麦でもいい。日常品の値段で比較しなさい」


シャルロッテは、小さく笑った。


「ビッグマック指数、と呼んでもいいわね」


「……ビッグマック?」


クラウスが首を傾げた。俺も同じ気持ちだ。聞いたことのない言葉だった。


「昔話よ」


シャルロッテは窓の外を見た。どこか遠くを見るような目だった。


「昔々、世界中にチェーン店を展開する会社があったの。マクドナルド、という名前でね」


「……」


「その会社は『ビッグマック』というハンバーガーを売っていたわ。どの国でも同じ商品を。でも値段は、その国の通貨で、その国の庶民が『買える』価格に設定されていた」


誰も口を挟まない。シャルロッテの言葉を、黙って聞いている。


「ということは──逆に考えれば、そのハンバーガーの値段を基準にすれば、通貨の実質価値が分かるでしょう?」


「……なるほど」


クラウスが頷いた。


「A国でビッグマックが2ゴールド、B国で4シルバーなら、『2ゴールド=4シルバー』が庶民感覚のレートになる」


「そういうこと。単位が変わっても、同じ感覚で買い物ができる。それがビッグマック指数よ」


シャルロッテは振り返った。


「今回はパンで代用するけどね」


会議室がざわついた。


マクドナルド? そんな店があったのか? いや、聞いたことがない。ビッグマックも知らない。どこの国の話だ? いつの時代の話だ?


だが──論理は分かった。


俺だけじゃない。旧ノルデンの大臣たちも、帝国の官僚たちも、同じ顔をしている。困惑と、理解が入り混じった顔。


この女は──何を知っているんだ。


俺は息を呑んだ。


……なるほど。そういうことか。


帝国でパン1個が1ギルだとする。ノルデンで同じパンが2ヴィルなら、「1ギル=2ヴィル」が実質的な価値になる。


つまり──「パン1個買える金額」を基準に、通貨の価値を測るということだ。


これなら、ノルデンの民が持っている貯蓄の「買える量」は変わらない。100ヴィル持っていた農民は50ギルになるが、買えるパンの数は同じ50個だ。


公平なレート。搾取のない統合。


それは──旧ノルデン側に有利なレートになる。


いや、待て。「有利」という言葉は正しくない。


普通なら、敗戦国の通貨は紙くず同然に扱われる。「1ギル=100ヴィル」と言われても文句は言えない。ノルデンの民の貯蓄は100分の1になり、帝国の商人がノルデンの資産を買い漁る。それが「普通」だ。


だが、この女は──「公平」にすると言っている。


パンの値段で換算する。庶民感覚で等価になるレートを設定する。ノルデンの民が貯めてきた金は、そのままの価値で帝国ギルに変わる。


それは「有利」じゃない。「当たり前」だ。


……いや、違う。敗戦国にとって「当たり前」が与えられること自体が、異常なのだ。


歴史上、負けた国が「公平」に扱われたことがあるか? ない。搾取され、蹂躙され、二度と立ち上がれないように踏みつけられる。それが敗者の運命だ。


なのに──この女は、その「普通」を拒否している。


なぜだ。


搾り取れるはずだ。俺たちに拒否権はない。どんなレートを押し付けられても、受け入れるしかない。


なのに──なぜ、公平にする。




旧ノルデン大臣の一人が、おずおずと手を挙げた。


「あの……摂政殿下」


「何?」


「それでは……我々に有利すぎるのでは……」


「有利?」


「通常、敗戦国には……その……」


「搾取するレートを押し付ける?」


「……はい」


シャルロッテは机に肘をついた。小さな手が、頬を支えている。


「そうね。普通はそうするわね」


大臣が、息を呑んだ。


「では、なぜ……」


「私は普通じゃないから」


部屋が静まり返った。


旧ノルデン大臣たちが、呆然としている。俺も──同じ気持ちだった。


何だ、これは。


5万の兵を殺した女が。父上を屈服させた女が。国を奪った女が。


通貨だけは、公正に扱う?


意味が分からない。




クラウスが調査結果を報告した。


「調査しました。帝国でパン1個が1ギル」


「ノルデンでは同等のパンが2ヴィルです」


「つまり実質レートは……1ギル=2ヴィル」


「それでいいわ。交換レートは1:2」


旧ノルデン大臣が、まだ信じられないという顔をしている。


「本当に……よろしいのですか……」


「くどいわね。決まったことよ」


シャルロッテの視線が、こちらを向いた。


「アルブレヒト、何か意見は?」


急に名前を呼ばれて、体が強張った。全員の視線が俺に集まる。


何を言えばいい。


感謝すべきなのか。反論すべきなのか。


分からない。何も分からない。


「……いや。……ない」


「そう。なら、これで決定ね」


会議は──あっけなく終わった。




廊下を歩きながら、考えていた。


なぜ搾取しない。


あの女は、何を考えている。


俺たちを殺した。国を奪った。なのに──通貨だけは守る?


理解できない。


理解できないから──恐ろしい。


あの女の頭の中が、全く見えない。何を考えているのか。何を企んでいるのか。どこまで先を見ているのか。


俺には、欠片も分からない。


窓の外を見た。帝都の空は青く、雲が流れている。


この空の下で、何かが──動いている。俺には見えない何かが。


あの女だけが、見ている何かが。


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