戦いたくない
「だから、私達は戦う為にここに来たんじゃないって言ってるでしょ!!!」
基地ホールの一角で、ハルの怒号が響く。
ハルとその班員達が、一人の青年と何か言い合っているのだ。
「で、ですが。馬車はもう残っていないんです。」
青年が困惑した様子で、返事を返す。
しかし、ハルは引き下がる事なく、青年に迫った。
「じゃあ何、私達はここで死ぬって事!?
なんでよ、なんでこうなるのよ・・・! 何かあるでしょ!? 方法が!!!」
「そんな事言われても・・・!」
「ねぇ、彼らを見て」
ハルが指を刺す方には、ハル達の班とは別の、ヴァーリア人兵士達がいる。
「あの右端の子は、今日中央の街に帰るはずだったの。本当ならもう着いてる頃よ。
あっちの男性は昨日私達と一緒に来た班の人。家族が家で帰りを待ってる。
みんな、戦う為にここに来た訳じゃないのよ!?」
青年は、黙ってハルの話を聞いている。
「それなのに、なんで異界人でもない私達がここにいなきゃいけないの!? おかしいでしょ!?」
「おい、うるせぇと思ったらお前か。クレームなら後でしてくれ」
「誰!? ・・・って、コハク!?」
そこへ現れたのは、コハクであった。
「それで、受付の兄さん。この様子だと、もう馬車は無しって感じですか?」
「え、あ・・・はい。ごめんなさい、もう使い魔は一体も残っていません」
「そうですか・・・仕方ない」
馬車を引く使い魔がいないと確認したコハクが立ち去ろうとすると。
「・・・ちょっと待って」
ハルが、コハクを引き止めた。
「ねぇ、あんた英雄なんでしょ?
あの化け物・・・死竜って、英雄の力があれば倒せるんでしょ? コハクなら倒せるんだよね?」
「それが出来たらとっくにやってる。悪いけど、僕も暇じゃない。もう行くぞ」
しかし、ハルはコハクの前に出ると。
その場にしゃがみこみ、土下座した。
「お願い。私、死にたくないの。助けて・・・お願いだから助けてください」
他の班員達は、特に何も言わずに傍観しているだけだが、コハクに向ける視線は、あまり良いものではなかった。
「言っただろう。倒せるんだったらとっくに倒してる。
センリやアルスフォードですら、あの死竜には敵わなかったんだ。
とにかく頭を上げろ。そんな事しても現状は何も変わらない」
「・・・なんでよ」
ハルが立ち上がる。
「こんなにお願いしてるのに、土下座までしてお願いしてるのに、アンタの返事はそれなの?
ホント、アンタは昔から変わらないわね。英雄の力なんて大層な力があるくせに、結局何も出来ない」
「その言葉、そのまま返してやるよ。
そんなご立派な装備着て、今まで何してたんだ?
その辺の魔物の犬とでも遊んでたか?
こっちは死にかけながら魔物と戦ってたんだが、その時にお前は何してたんだ?」
コハクとハルが、睨み合う。
「何、その私の事を見てきたかのような口ぶり。むかつくんだけど。
何も知らないくせに喋るなよ」
「お前こそ、僕の何を知ってる?
英雄の力がどんなものなのか説明出来るのか?
何も知らないで「英雄だ、助けてください」なんてぬかしてるのか?
こっちが、どんな魔物と、どんな悲惨な戦いをしていたのか、見て言ってるのか?
沢山の兵士が、目の前で死竜に喰われた。
アルスフォードが、目の前で死んだのだ。
センリですら腕を貫かれ、フローラは片足を失くした。
お前は? 何をしていた?」
これは半年前の反乱と同等の、いやそれ以上に最悪の戦いであった。
だからコハクは、迷いなくハルに反論出来た。
ハルは苦虫を噛む潰した様な表情で、一度息を吐いた。
「・・・もういい。あんたには呆れたわ。さっさとどっかいって」
「馬鹿が。呼び止めてくだらない話ふっかけてきたのはそっちだろうが。
言われなくても、お前の相手なんてしたくないんだよこっちは」
コハクもまた、重い溜息を吐いた。
その時。
基地全体が震え、そして黒い物体が、基地の分厚い壁を突き破った。
それは、凄まじい勢いで放たれた、黒い液体であった。
黒い液体はそのまま基地の内部を貫き、破壊する。
「ぎゃあああああああ!!!」
黒い液体に巻き込まれた数人の兵士が、みるみる内に身体が溶け始める。
「ッ!? 死竜の酸か・・・!?」
先程の戦闘で見た、死竜が持つ黒い液体だろう。
死竜は何らかの方法でその液体を飛ばし、攻撃に用いているらしい。
「ひっ・・・!? 何!? なんなのこれ・・・!?」
基地の壁や床、それに人までが溶けていく光景を見て、ハルは震えた声を漏らす。
他の兵士達も、その光景を見て恐怖を浮かべ、ある者は悲鳴を上げている。
「い、嫌よ。死にたくない。あんな死に方、嫌・・・! 早くなんとかしてよ!!!
ハルはコハクの肩に掴みかかり、喉が枯れる程の甲高い声で。
「おい・・・! コハク! なんとかしてよ!!! この嘘吐きが!!! 英雄じゃなかったのかよ!!!」
そう叫んだ。
ハルは先程から取り乱した様子だったが、今の死竜の攻撃で正気でいられなくなったのだろう。
ハルだけでない。
「おい、そうだよ・・・お前は英雄なんだろ!? なんとか出来ないのかよ!!!」
先程まで傍観しているだけだった他の班員達も、混乱した様子でコハクに言い寄り始める。
さっきまでのコハクの言っていた事を、まともに聞いていた者など居ない。
コハクは、無言で肩を掴むハルの腕を振り払った。
もはや、彼女達とは何を言っても会話にはならないだろうと悟ったからだ。
「あ、あの」
その時、馬車受付の青年が、コハクとハルへ呼びかける。
「今、ひとつ連絡が来まして。
一台だけですが、馬車があと少しすればこちらに到着出来るそうです」
「ほ、本当!? あと少しってどのくらいよ!?」
それを聞いたハルは、興奮した様子で受付の青年に迫る。
「そ、それはわかりませんが・・・」
「本当に? 本当に来るんでしょうね!?」
「お前は少し落ち着け」
コハクは、受付の青年に迫るハルを引き剥がす。
「聞いてください、受付の兄さん。
基地の医療室に、負傷してる兵士が何人かいるんです。
彼らを非難させるのが先だ。ここまで連れて来るので、それまで待っていて下さい」
「は、はい。わかりました」
「なっ、ちょっと、何勝手に話を―――」
ハルが何か文句を言い始めたが、コハクはすぐに病室へ向かい走り出した。




