最悪の魔物 03
その一瞬で、アルスフォードは、既に死竜の口内へと呑み込まれていた。
もう、助ける事は出来ないだろう。
それでも、センリはアルスフォードを助けようとする足を止める事が出来なかった。
「センリさん!? 辞めてください!!! 危険ですから行かないで下さい!
涙声のフローラが、魔法ので生成した蔦を伸ばし 無理やりにでもセンリを止める。
「このままじゃ、貴方までアルと同じ目に・・・!!!」
そこでようやくセンリは脚を止めた。
「・・・わかってる」
今、この場にいる兵士達の中で最も強い者はセンリだが、
最も火力があったのは、アルスフォードだ。
そのアルスフォードでも、傷一つ付けられないのであれば、
例えセンリであっても、死竜相手に勝ち目は無いだろう。
せめて弱点さえ判れば、それは別だが。
他の兵士達は、今も死竜へ攻撃を仕掛けている。
様々な種類、属性の魔法を放つが、そのどれもが、死竜には効果がない。
センリは、今すぐにでもアルスフォードの仇を取りたいという気持ちを押し殺した。
「センリ、無事か?」
そう尋ねるのは、デルバードである。
魔物と交戦していたせいか、先程よりも土で服が汚れている。
「・・・あぁ、俺は大丈夫です」
しかし、そう返事をするセンリの表情は暗く、アルスフォードを失ったショックを隠しきれていない様子である。
「今、軍の本部から連絡があった」
「なんとですか?」
「死竜と交戦し、出来る限り時間を稼げと」
本来ならば、正体不明のSSSランクの魔物が現れたとなれば、
一度撤退し、現状の被害情報をまとめ、対策を立て直す必要がある。
だが、軍の上部から下された命令は、戦闘を行う事であった。
「・・・この状況で、戦えって事ですか。
アルスフォードもやられた。俺の攻撃も、恐らく死竜には通らない。どうするんだ?」
魔物の大群との戦闘で、兵士の数は減り、残った兵士達もかなり消耗している。
ここには、センリ達を含むSランクの兵士達が数人は要るが、
この戦力では、あの死竜には到底敵わないだろう。
「ああ。ひとつ、作戦があるんだが」
デルバードの視線は、魔物と戦うコハクへと向く。
「コハクの"英雄の力"が効くのかどうか、試す」
***
伝説では「魔創」を持つ英雄が、死竜を倒したと言われている。
もしその通りならば、コハクの力なら死竜に対抗できるはずである。
しかしその一方で、魔創とはどの様な力なのかわかっている者であれば、そう上手くはいかないと分かっている。
無限の魔創は、魔力が無限に成長するという体質であり、それ自体には死竜を突破できる力がないからだ。
デルバードもその事については良く分かっている。
しかし、あらゆる攻撃が通用しなかった「霧の異界人」ユークリウッドに止めを刺す事が出来た<インベイジョン>であれば、
死竜にも通用するかもしれないと、デルバードはそう考えたのだ。
死竜は捕食したアルスフォードを数回程咀嚼した後に飲み込み、
光の粒子となった竜も、その殆どが死竜の第二の口に食い尽くされている。
食事を終えれば、死竜は再び兵士達に牙を向くだろう。
「くるぞ」
食事を終えた死竜の巨体が動き、兵士達の方を向く。
「撃てッ!!!」
それを合図に、まずは兵士達が死竜へ向け、眩い魔法の弾丸を放つ。
魔法の弾丸は、死竜の頭部、首、胴体へ次々と着弾し、爆発を起こす。
当然、死竜には全く効果はなく、死竜は無機質な頭部で兵士達を睨んだ。
だが、兵士達は怯むことなく、死竜に攻撃を続ける。
「よし、お前は、そのままそっち向いてろよ・・・!!!」
死竜の注意が魔術師達に向いたその時を狙い、
コハクは建物の上を跳躍して、死竜の大きな背へと乗り移った。
死竜は一瞬、背に何かが乗り移った事に気付いた様子だが。
しかし、センリが死竜の前足を高速で切り刻み、
更にデルバード達も、死竜を切り裂き、死竜の注意を惹く。
コハク達の作戦はシンプルな物だ。
皆で死竜の注意を引いて時間を稼ぎ、その隙にコハクが<インベイジョン>で死竜の魔力を吸い取る。
死竜にどの程度の知力があるのかは不明だ。
だが、人間の様に深く考える事のない魔物相手には、
複雑な作戦をとるよりもシンプルな方が、逆に効果的である。
コハクは死竜の背に手のひらを付けると"インベイジョン"で魔力を吸い取り始めた。
「・・・ちっ」
ここまでは作戦通りだが、しかしコハクは顔を歪める。
手のひらを通して流れ込んでくる魔力に、普段の様な勢いがないのだ。
それはまるで、詰まったホースで水を吸い上げる様だと、コハクは感じた。
死竜の身体が大きいからか、又は持っている魔力の量があまりにも多いから、上手く吸い上げる事が出来ないのか。
だが、この詰まる感覚は、明らかに別の原因だとコハクは感じた。
「場所が悪いのか・・・?」
もしかしたら死竜の身体の何処かに魔力を貯蔵する部分があり、
今いる箇所は、そこから遠い位置である為、上手くで吸い上げる事が出来ないのでは?
そう考えたコハクは"竜の尾槍"を死竜の翼に絡ませ、一気に上まで登る。
大抵、そういった重要な器官は、身体の中心か、又は頭部にあるものだからだ。
コハクが死竜の胴体部分まで登ると、そこからは地上で戦う兵士達の姿が見えた。。
「ここなら、どうだ・・・!?」
コハクは死竜の胴体部分へ手のひらを触れ、もう一度<インヴェイジョン>で魔力を吸い上げる。
「ちっ、ダメか」
しかし、やはり先程と同様、流れ込む魔力に勢いはない。
「クソ、これじゃあ、時間が足りない・・・!」
死竜の持つ魔力がどの程度の量かは知る由もないが、並の魔物よりもずっと多い事は間違いないだろう。
全ての魔力を吸い上げる時間、兵士達は死竜の攻撃を凌げるのか。
(それでも、センリさんがいればなんとか・・・)
その時、死竜の第二の口が大きく開いた。
その瞬間。
数十、いや数百という数の、死竜の"舌"が、死竜の前に立つ兵士達を突き刺した。
「がっ!?」
その攻撃はあまりにも速く、その場にいる兵士の誰もが目で追うことが出来ず、
死竜の近くにいた兵士達は皆。
デルバードも、その班員達も、胴体を黒い舌に貫かれていた。
「なっ・・・?」
そして、この場で最も強い剣士であろうセンリですら―――
右腕を、死竜の黒い舌に貫かれていた。
「・・・な、何?」
死竜の背から、その光景を見ていたコハクが、声を漏らす。
「なっ、なんだ、今のは!? なんだ、なんなんだよ・・・!」
コハクは、心のどこかで「センリという人物は、物語のヒーローで、絶対に負けない」のだと。
無意識ながらにそう思っていた。
初めて林で出会った時も、
ユークリウッドと戦った時も、
先程のデーモンとの戦闘でも、
どんな強敵相手でも、センリは傷一つ負うことなく、常に相手を圧倒し、そして勝利していた。
そんな彼が、こんなにもあっさりと腕を持っていかれる光景が、コハクには信じられなかった。
恐らくそれはコハクだけではなく、この場で見ていた者、誰もが感じた事だろう。
「ぁ・・・」
そしてそれは、目の前の魔物がどれだけ最悪な存在なのかを、はっきりと感じさせる。
この「死竜」には、誰も勝てないのだと。
「ぐっ・・・、くそ!!!」
センリは、腕を貫いている死竜の舌を、剣で切断しようと試みるが、刃は死竜の舌に全く通らない。
「セ、センリさん!!!」
後方で支援をしていたフローラが、センリの名を叫びながらその場を飛び出す。
数人の魔術士達がフローラを呼びとめようとするが、フローラは彼らを振り切ってセンリの元へ向かい走る。
「ぐあああぁぁぁ!!!」
黒い舌が切断出来ないと判断したセンリは、腕に突き刺さるその舌を、強引に引き抜かんとする。
腕から大量の血が零れ落ちるが、センリは躊躇することなく、腕から死竜の舌を引き抜いた。
「センリさん!!! 早く治癒魔法を!!!」
「ふ、フローラ!? やめろ、ここは危険だ!!!」
「いいえ、やめません!」
センリの元へ駆けつけたフローラは、すぐに魔法でセンリの腕の傷を癒して塞ぐ。
死竜は、どうやらセンリ達の相手をするよりも、兵士達を食べる事が優先らしい。
センリとフローラの事は目にもかけず、舌で貫いた兵士達を、第二の口へ引きずり込み、喰らっていく。
「ぐっ・・・」
センリが傷を押さえながら立ち上がった時。
「・・・センリ」
デルバードが、弱弱しい声でセンリを呼ぶ。
「デルバード!? お前までやられたのか、今助けるぞ・・・!?」
「いや、無理だ」
デルバートはセンリと違い、胴体を貫かれている。
最早、引き抜くことは出来ないだろう。
それは、他の兵士達も同じだった。
死竜が放った数十という舌の槍の攻撃は、恐ろしい程に、正確に兵士達を貫いていたのだ。
咄嗟に反応出来たのは、センリだけ。
そのセンリですら、完璧に避ける事は出来ずに腕を貫かれる程、恐ろしく速く正確な攻撃であった。
「・・・すまない、二人とも。作戦は、失敗だ」
フローラがデルバードに治癒魔法をかけようとするが、デルバードはそれを拒否した。
「我々では、奴には勝てない。
お前達は、早く、撤退しろ」
そう告げた瞬間、デルバードの身体は死竜の口へと呑み込まれていった。




