ろぎーと耀
1段落的7話目
注意:今回、話の節目ということで、長いです。
「なぁー耀ぅー」
なるべく、軽薄に、軽率に。やべ、つい聞いちゃった。的なノリを目指して。
「んん? なになにろぎろぎ。人殺しの興奮でムラムラ来ちゃった?」
ほんにょりした顔で何をいっちょるんだお前は。
「俺の性癖はそこまで終わってない」
じゃあどんな性癖か、と問われたら困るが。
というか、何か、耀がいつも通りすぎて、逆に躊躇う。まあ、こいつなら、本当にそうであっても普段と変わらなそうではあるけど。
ていうか、本当に聞くのか? 尋ねるのか? 大丈夫か、これは。色々が壊れないか?
最近の俺からすれば珍しく、怖いという感情を抱いていた。
別に、踏み込まなくてもいいじゃないか。と囁く自分がいて、でも、確かめなければ、今までと同じように接することができないぞ。と叫ぶ自分もいた。
大丈夫だ。信じろ。そんなわけがねぇ。いや、なくはないけど、仮にそうだったとしても、大丈夫なはずだ。
自分のメンタルを信じろ。
「あのさ、ここって、もしかして、白蘭町の裏?」
白蘭町。知ってる奴は知っている。何がとは言わないが、それなりの男子高校生は全員知っているんじゃないかな。
夜通しネオンが輝き、妖しい桃色に包まれた通り。ラブなホテルが立ち並ぶ世界。男女とか男女とか男女のペアが利用する建物の楽園。
つまり、ピンク1色ホテル街だ。
俺が遠目に見たきらびやかな看板を見てまっ先に思い浮かんだのは、白蘭町だった。
「うん」
耀の返事は淀みがなかった。というか、躊躇いがなかったというか、その質問を予期していたような即答だった。
おういえー……。
「そりゃまた」
そう言って、肩をすくめるのが精一杯だった。今の俺には、まだ、踏み込む勇気が足りないようだ。喧嘩なら怯まず更に一歩踏み出せるところを、友人関係となるとこうもビビるものなのか。
「ふへへ、なに? ホテル街に興奮したのぉ?」
「あ? ちげーよばか」
「怪しいにょ」
どんなキャラだ。違う違う。突っ込むべきはそこじゃない。
あーダメだ。このままじゃダメだ。いいや、もう。
こうなりゃ奥の手だ。
「俺はブレイバぁー」
俺の目が青いうちは独壇場だぜ!
「え? いきなり何? 歌いたくなっちゃったの?」
盛大に馬鹿にされたが、勇者(ドーピング)である俺には痛くも痒くもないぜ。ただし恥ずかしさで心が震えるぜ! 勇者とて万能ではないのだよ。
冗談はさておき、何となく、勇敢になれた気がする。俺の能力は“ドーピング”と“思い込みプラシーボ効果”が主成分で出来ているのだ。
俺の能力については折りに触れて解説するとして。
今は、耀に真実を訊ねることが最重要ミッションだ。
「耀」
精一杯真剣な声音で言った。普段から真剣なときなどないので出来ている自信はない。
「ふにょにょ?」
だからどんなキャラだ! にゃにぃにゅにぇにょがお気に入りか! マジで今だけはやめてくれ俺の振り絞った勇気が散り散りに霧散してしまう!
舌が引くついて喉仏が身震いして声が震えそうだ。足ががっくがくになりそうな予感がある。首の裏から背筋にかけてぞわわっと寒気が通りそうだ。
でも、今しかない。今なら言える。はず。
「なんで、ここに居たんだ?」
「……………………うえ?」
耀は、不意を衝かれたように表情を欠落させ、顔の筋肉が無意識に、中途半端に緩んだような、不格好な笑顔で首を傾げた。
まさか、俺がそこに踏み込んでくるとは思わなかったのだろう。
俺だってそうだ。てかたぶん、普段の俺からしたらそこはのらーりくらーり緩やかに、スルーと忘却でやりすごそうぜーな領域だったのだが……。
なんとなく、そのまんまは嫌だったのだ。
つーか、遠回りに言いすぎたかな。
「お前、彼氏とか居なかったよな?」
俺は、追撃する。
勢いに乗った俺の口は、ビビって震えていたとは思えないほど、攻撃的に口撃を放つ。
「えっとぉ」
「てか、こんな時間にホテル街とか」
「いや、そのぉ」
「つーか、今日は遊び不参加だったよな」
「…………うぅ」
「これって、そういうことな訳?」
「あうぅ」
珍しく、耀が気まずそうに視線を泳がせた。俺だって気まずい。
だってなぁ。俺はなぁ、暗に、その…………いわゆる、“〇交”ってやつをしてたのか? と訊いてる、つもりだ。友交でも外交でもない。セーフかアウトかわからないので伏字にするが、〇交だ。
「………………ぬぅ。ろぎーの責め立てるような舌技が炸裂だようぅ」
「そういうのいーから」
普段ならノってもいいけど、今はダメだ。そのまま流されてうやむやにされてしまう。
「で、結局、彼氏もいねぇ耀さんはなんだってホテル街に居たんだ」
「なんでだと思う?」
……反問は卑怯だぜ。
「…………せいこう、か、えんこう、しかないと思ってる」
危ないので、ひらがなで。
「どっちだと思う?」
なんか、どっちが追い立ててるのか分からなくなってきた。
「後者、かなと……」
耀が金に困っているという話はあまり聞かないが、そういえば、耀の家に行ったことはほとんど無いことに気が付いた。確か、あんまり飾りっけがない部屋に住んでた気がするが、一軒家だったはずだ。
とにかく、なんつーか、耀なら『興味あるんだよねーふへへ』とか言ってヤリそうなイメージは、ある。
「ふへへ」
耀の返答は明確ではなかった。どっちなんだよ。
まあ、俺の中では、後者で正解だったという流れで展開させることにした。
「なんつーか、そういうの、やめとけよ」
これは本心からの言葉だ。恋人と合意の上で、とかならまだしも。
ていうか、親友(だと俺は思ってる)が、その、そういうことをしてるってのは、ちょっと、いやかなり…………
「ふぅん? 心配してくれるんだ?」
「心配、というか……」
いいのか? この素直な感情を吐露して。文学性もなにもあったもんじゃねぇぞ? 心に全く響かんぞ? 小学生でも言えるようなことだぞ。
「なんか、嫌だ」
そう。嫌なんだ。とてつもなく。
穂花が、(仮に女だとして)高木が、そういうことをしていても、俺は同じ感情を抱くと思う。嫌悪はないが、ただひたすらに、嫌だ。独占欲に近いものかも知れない。
それが、耀だと、殊更強烈に、嫌だ。という感情が沸き上がる。
「…………えぇっと」
真面目な顔で、言ってしまえば子供の駄々のようなことを言い放った俺に、さしもの耀も困惑していた。いや、耀だからこそ困惑した、のか。
……………………………………………………
………………………………
………………
沈黙は、長かった。
沈黙が静寂にかわり、森閑としてきたころ。
突然耀が、ふ、ふ、と低く声を漏らし始め――
「――ふへへぇー、実は、うっそでしたぁー」
耀が、弛緩させた顔で、そう言った。
「…………………………はい?」
なん……は? ど、あ、えぇ?
脳内会話ですら要領を得ない文字列しか産まなかった。
うそ。ウソ。鷽? は鳥だ。獺はカワウソだし。宇曽。に至っては誰だ。
やっぱ、ここは普通に、嘘でいいのか? lieの嘘? fakeの嘘? fictionの嘘なのですか?
「ふへ、驚いた?」
「なっ、おまっ、…………マジで?」
「マジっすよぉうっ」
っじざっけんなよチクショウ! 俺の真剣さを返せ! 俺の勇気を返せチクショウマジでぇ!!
脱力しきって、肩を落としながら、姿勢も深く落とした俺は、耀を上目遣いで睨む。「ふへへ」とのんきに笑う耀を見ていて、気が付いた。気が付いてしまった。
耀の表情は、普段の弛緩した顔だった。が、それは、無理やり、緩めようと意識して弛緩させているような、力んだ緩め顔だった。目元が少しヒクついている。
まだ、俺は止まれないようだ。
「お前、嘘だろ」
「え? うん、だから嘘だって」
「ちがくて、嘘ってのが嘘だろ」
「うえ? 嘘が嘘っていうのは嘘?」
「だからぁ、嘘じゃなくてマジだろって言ってんの」
「嘘が嘘で嘘じゃなくてマジって、なんか、嘘がゲシュタルト崩壊してきたよぅ」
「げしゅ……? なんだそれ」
知らない言葉が出てきて、つい質問してしまった。
「あり? 知らない? 毎日鏡に『お前は誰だ』って言い続けると自分が自分と認識できなくなる。みたいなつーやーだよ」
「いや、知らん」
てかなんで業界用語。
じゃなくて!
「お前、本当は嘘じゃないんだろ?」
「…………んー」
耀の顔には、話逸らし作戦失敗したぁ、と書いていた。ふにゃふにゃ曖昧な顔で困ったように口元を緩めながら、頬を掻いていた。
「まぁねー。そうだよ。うん。そう」
何かを納得させるように、なんども頷きながら、耀はついに、認めた。
「出来れば、違って欲しかったんだが……」
自分でも矛盾してるとは思う。知りたくないなら訊かなきゃいい。認めたくないのなら認識しなければいいのだ。
後悔は多大にしているが、俺にはもう退路はないのだ。互いに断崖絶壁を背にして、力加減を探りながら押し相撲している気分。
間違えば真っ逆さま。願わくば、正解が『自分の落下』ではありませんように。
「贅沢はいかんよぉ。選ばなきゃいけない時だってあるんだから」
珍しく。耀が教訓じみたことを言っていた。普段は反面教師にしかなれないくせに。
だがしかし、そのとおりなのだろう。そして、俺は、踏み込むことを選んだ。アドベンチャーゲームじゃないから、選択肢には戻れない。そもそも表示すらされない。全ては俺の意思で決定したことだ。
だから、ここから暫くは、俺の心の命じるままに動こう。
なので、俺は耀を引き寄せ、胸に抱き寄せた。なんとなく、そうしたかったのだ。
一瞬ギョッとしたように身を固くした耀だが、特に抵抗はしてこなかった。たぶん、“そういうの”じゃないと分かったんだろう。
「俺はさぁ。お前のことが好きだよ」
もちろん、友愛として。そこを省いたセリフでも、なんか通じる気がした。愛の告白ではない。断じてない。それが伝わっているといいのだが、耀は静かに「うん」と呟いただけで、内心を推し量れない。顔も俺が抱きしめているせいで見えないし。
血の臭いが立ち込めるホテル街の裏側で、抱き合っているという異常な事態も、あまり認識していなかった。
「だからさ、嫌なんだよ。そういうのが。困ってんなら助けるし」
「うん」
「もう、止めとけよ」
何が、とか、どうして、とか、細かいことはどうでもよかった。ただ、思いつくままに言葉を紡いでいった。
「俺はお前のこと親友だと思ってるし、お前もそう思ってくれてると……いいなぁと思ったり」
「それは、大丈夫」
そこだけは明確に耀が応えた。安心すると同時に、少しだけ羞恥心が芽生えてきた。
「なんつーか、なんだろう。自分を大事にしろよな」
結局、月並みなことしか言えないのだ。学校の国語の成績が良くても、語彙力があっても、咄嗟に出てくるのは稚拙で曖昧な自己主張だけだ。
そういうのが心に響いたりするのだから、人間というのはわからないものだ。そこに、雰囲気が介在する隙間があることに、気付かないフリをした。
「………………あー……」
「…………」
言葉が途切れた。言いたいことはまだある気もするが、どうでも良くなってきていた。
人肌の温もり効果は異常だと思う。
「帰るかぁ」
「……ふふふ、そうだねぇ」
今日何度目か分からないが、珍しい、と感じた。耀が普通の笑い方をしたところを見た記憶は、覚えている限りは無い。
もう1年以上の付き合いだが、まだまだ知らないことばかりだ。たぶん、穂花にも、高木にも、碓氷にも、あと一応大和にも、俺が知らない部分があるのだろう。俺が皆の知らない部分を持っているのと同じように。
まあ、大和はあのまんまの気もするけどな。
俺の友人で唯一の“普通人”の顔を浮かべて、笑っていると、耀に「ちょっとぉ、私の感触にニヤけてんのぉ?」と茶化された。感触があるほど胸囲ないくせに。
「うるせ。ほれほれ帰るぞ不良娘。おくっちゃる」
「おぉう。紳士的に私をおぶって行ってよね」
「断る」
そんなやりとりをしながら、家路を急がない高校生2人の影は、いつもと変わらず密着するような距離だった。
✽
俺と耀の家は、近いと言えば近い、くらいの距離だった。
一緒に登校しているのも、学校帰りは一緒になることが多いのも、それが理由だ。俺の方が学校に遠いのに、なぜか待ち合わせ場所に先に付くのは俺なのだ。
まあだから、こんな時間、具体的には20時50分という時間であっても、俺は耀を送ると申し出たのだ。仮に家が逆方向でも送るつもりだったけど。
家路を急がない俺たちは、他愛もない会話で盛り上がり、はしゃぎ、先刻までのしっとりとした空気は消え去っていた。
元来、俺と耀がしっとりムードになることなど、2年に1度くらいなモノだ。つまり、もう高校卒業以降までないということになる。たぶん、卒業式ですらバカ騒ぎして終わるのだろう。俺の周りはそういうヤツらばかりだ。
「にょ、もう着いちったよ」
にゃにぃ(以下略)キャラが継続中の耀が、立ち止まって一軒の家を見上げた。電気は一切ついていない。節電? とも一瞬思ったが、こんなアホ娘を生む親がそんな真面目な訳がないという失礼な結論で否定した。
「んじゃ、また月曜日な」
そう言って立ち去ろうとした俺に、耀が、玄関を背にしながら引き止めた。
「ねぇねぇ。家に寄ってかない? 今、両親居ないから何でもし放題っスよ?」
お前というやつは。
「断る」
「えぇーなんでえー」
なんで、と訊かれると少し困る。うぅんと唸って考えた結果、
「俺、幼女趣味だから」
そういうお誘いはノーサンキューなのです。
「くっそぅ。今度ケータイにロリエロ画像大量に送ってやるぅ!」
なんだその嫌がらせ。俺のケータイは容量少ないからパンクしそうでリアルに困る嫌がらせである。明らかに俺の気を引こうとしての発言だろう。
「ばいばーい」
なので、精一杯の笑顔で手を振って、速やかに立ち去った。
後方で「ろぎー愛してるぅぅうう」と叫んでいるのが聞こえたが、近所迷惑に参加する気はないので、無言を貫いた。
今考えれば、寄っていく? のくだり、あれは俺との別れを寂しがってくれたのか。そう考えると、少し嬉しかった。
しばらく行って、耀の家が完全に見えなくなると、尻ポケットのケータイが、数刻前と同じ曲を歌いだした。耀だ。
メールも通話も同じ曲に設定しているので咄嗟に判断できなかった。それがメールであるのを確認しながら、今度ほかのオススメの曲を耀に訊ねて、メールと通話で分けようと思った。
タイトルは『ろぎー』。本文は、
『ろぎろぎ♪
(絵文字いっぱい)(絵文字いっぱい)(絵文字いっぱい)
明日2人でデートしようよ♡』
という非常に見づらいモノだった。照れ隠し、だろうか?
とりあえず、簡潔に『楽しみだー』と返しておいた。本心はうお、マジか! めっちゃ楽しみ!! ……くらい?
さて。
俺の能力について、すこーしだけ触れておく。俺の能力は、使用した翌日に、それに見合った“不幸”が降りかかる。
それが、俺の能力の“代償”だった。
異常な早さで返信が帰ってきて、鳴り響く人気アーティストの曲を聞きながら、不幸だーと小声で言ってみた。
あっはっはっは。不幸、ねぇ。
耀とのデート中に起きる不幸なら、笑ってやり過ごせる気がした。
「明日はどんな不幸が待ってるかな」
俺の声は、わくわくと弾んでいたことだろう。口にした言葉の内容に反して。
ひたすらに明日が楽しみだった。
【1区切り】
今回、ろぎーと奇怪な仲間たちの第1章 完 みたいな話です。別に終わったりはしないです。
この小説はあんまり1話を長くしたくないのですが、この回だけはどうしても長くなってしまいました。読みづらくてごめんなさい。
ではいい機会なので、少しばかり後書こうと思います。
さて、始まりの章とでも銘打とうと考えているこの第1章ですが、ひまつぶしの妄想から生まれた小説ゆえに、シモネタが多いです(笑) 自重はしません(キリッ
ところで、自分語りになりますが、基本的にフィクションでは“倫理観”というものを限りなく薄めたほうが、“面白さ”は出しやすい気がします。勿論、奇人変人系の小説に限る、という注意書きが必要ですが。
なので、今回は主人公である“ろぎー”とシモネタ担当“耀”には、一般的な倫理観を持たせていません。常識やモラルを認識はしているけど、律儀に守る気はないってタイプです。
それよりも、自分の主張と考えを振りかざし、突き進む。そういうキャラです。
なので、不快になられた方がいるかもしれません。改めて謝罪をば。
ま、そういう人はここまで読んでないとも思いますが(笑)
ではアホな話はこれくらいにして、恒例のセリフを。
何はともあれお粗末様でした。
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