第4話 夏祭り、二人の恋人写真と俺の反撃
待ち合わせ場所に現れた二人を見て、俺は思わず足を止めた。
「お待たせ、悠真!」
赤い花柄の浴衣に、いつもより高い位置で結った髪。夏帆は俺の視線に気づくと、得意げに一回転してみせた。
「どう? 見とれちゃった?」
「……ああ。すげえ似合ってる」
「でしょ! ……って、そういうの急に言わないでよ!」
自分から聞いておいて、夏帆は耳まで赤くなっている。その隣では、紺地に白い朝顔を散らした浴衣姿の千紗が、髪に挿した小さな花飾りを気にしていた。
「千紗も綺麗だな。髪、いつもと違うんだ」
「……うん。自分で結ってみたの」
千紗は嬉しそうに微笑んだが、夏帆に朝から何度も鏡を見ていたことを暴露され、慌てて姉の口を塞ごうとした。
「お姉ちゃんだって、帯を三回も結び直してたでしょ!」
「ちょっと、それは秘密!」
言い争いながらも、二人は俺の両脇に並んだ。
夏帆が右腕を取り、千紗も遠慮がちに左腕へ手を添える。三人で歩き出そうとしたものの、浴衣姿の二人に挟まれると、さすがに普段どおりというわけにはいかなかった。
◇
夕暮れの参道には屋台が並び、提灯の明かりが少しずつ濃くなっていた。浴衣姿の家族連れが行き交い、焼きそばの香りに混じって、甘い綿菓子の匂いが漂ってくる。
今日の目的は、夏祭りのフォトコンテスト。
夏帆は俺と楽しそうに笑っている写真を、千紗は祭りの明かりを生かしたロマンチックな写真を狙っている。
「じゃあ、まず私から!」
夏帆は俺を提灯の下へ連れていくと、当然のように千紗へスマホを差し出した。
「千紗、撮って!」
「……どうして私が、お姉ちゃんの恋人写真を撮らなきゃいけないの?」
「だって、千紗が一番写真上手いじゃん!」
千紗は納得いかない顔をしていたが、スマホを受け取ると、すぐに周囲の明かりを確かめ始めた。
「……撮るからには、ちゃんと撮るよ。お姉ちゃん、もう少し提灯の下に寄って」
「さっすが千紗!」
「お姉ちゃんを勝たせたいわけじゃないからね」
夏帆は笑いながら俺の腕に絡みついた。ところが、千紗がカメラを構えた途端、妙にかしこまってしまう。
「お姉ちゃん、笑顔が固い」
「だって、ちゃんとかわいく写りたいし!」
夏帆は俺にくっついたまま、必死に口元を整えている。神社の石段でグリコをしていたときとは大違いだ。
「夏帆、そんなに頑張らなくてもいいだろ。グリコで俺に勝ったときは、あんなに楽しそうだったのに」
「あれは悠真が弱すぎたから!」
「二回目は俺が勝っただろ!」
「一勝一敗だもん。次こそ決着つけなきゃね!」
夏帆が笑いながら俺の肩を小突いた瞬間、シャッター音が鳴った。
千紗が画面を見せてくれる。提灯の下、俺に寄り添った夏帆が、いたずらっぽい笑顔を浮かべていた。俺もつられて笑っている。
「おお、いいじゃん!」
「でしょ! ほら、悠真。私たち、お似合いじゃない?」
夏帆は嬉しそうに画面を覗き込み、何度も拡大していた。千紗はそんな姉を見ながら、少しだけ唇を尖らせる。
「……次は私だからね」
「分かってるって! 今度は私が撮ってあげる!」
夏帆は快くスマホを受け取ったものの、千紗が俺の手を引くと、眉を寄せた。
「……撮るって言ったけど、やっぱり悔しいなあ」
「お姉ちゃん、さっきの私の気持ちが分かった?」
◇
千紗が選んだのは、参道の脇にある小さな石橋だった。
橋の向こうには提灯が並び、夕闇の中で柔らかな光を放っている。千紗は夏帆に撮影位置を説明すると、俺を橋の中央へ連れていった。
「悠真、ここに立って。背景に提灯が入るようにしたいの」
隣に並んだ千紗は、浴衣の袖を整えながら俺との距離を測っている。
「千紗、もうちょっと寄って! 間にもう一人入れそうだよ?」
夏帆がスマホ越しに声をかけると、千紗は口を尖らせた。しかし、すぐに俺を見上げる。
「……悠真。手、つないでもいい?」
「もちろん」
差し出した手に、千紗がそっと指を重ねた。
「……この前は、袖だけだったから」
千紗はつないだ手を一度見下ろし、少しだけ身体を寄せてきた。
「今日は、ちゃんと手をつなぎたかったの」
提灯の光に照らされた横顔が、思っていた以上に近い。俺が見つめていると、千紗もこちらを向いた。
「はい、そこで動かない!」
パシャッ。
夏帆の声と同時にシャッターが切られた。
画面には、手をつないだまま見つめ合う俺たちが写っていた。背景の提灯が柔らかくぼけ、千紗の横顔が綺麗に浮かび上がっている。
「……ぐぬぬ。いい写真じゃん!」
夏帆は悔しそうに唸ったが、千紗にスマホを返すときには笑っていた。
「千紗、すっごくかわいい顔してるし!」
「お姉ちゃん!」
「だって本当だもん。ねえ、悠真?」
「ああ。俺もそう思う」
千紗は顔を伏せてしまったが、俺の手は離さなかった。
◇
撮影を終えた俺たちは、参道の端にある石段に腰を下ろした。
夏帆は俺の右側、千紗は左側。二人はそれぞれの写真を見せ合いながら、どちらが大賞にふさわしいか議論している。
「私のほうが楽しそう!」
「写真としては私のほうが綺麗だよ」
「恋人写真なんだから、楽しさも大事でしょ!」
千紗も負けじと自分の写真を拡大していたが、夏帆の笑顔については素直に褒めていた。夏帆も千紗の写真を綺麗だと認めている。それでも、自分が勝つという考えだけは譲らないらしい。
「ねえ、悠真。どっちが好き?」
二人がそれぞれのスマホを俺に向けた。
「どっちも好きだぞ」
「「それじゃ勝負にならない!」」
「いや、俺に聞いたんだろ!」
俺にとっては、どちらも大切な一枚だ。勝手に優劣をつける気にはなれなかった。
「なあ、その写真、俺にも送ってくれよ」
「えっ、悠真も欲しいの?」
夏帆が目を丸くする。
「当たり前だろ。せっかく二人と撮ったんだし」
夏帆は嬉しそうにスマホを操作し、千紗もすぐに送ってくれた。届いた写真を保存していると、夏帆が隣から画面を覗き込んでくる。
「ふふっ。悠真も結構、私たちのこと好きなんじゃない?」
「まあな」
「……えっ?」
夏帆が固まった。反対側では千紗まで目を丸くしている。
その顔を見て、ちょっとしたいたずらを思いついた。
「ほら、そろそろ花火の時間だ。行こうぜ」
俺は石段から立ち上がり、二人へ手を差し出した。
「……二人とも?」
千紗が確かめるように聞く。
「ああ。一緒に行こう」
「もちろん!」
夏帆が勢いよく右手を取った。千紗も嬉しそうに立ち上がり、俺の左手を握る。
三人で石段を下り、人の流れに合わせて参道を歩き始めた。夏帆は隣で屋台を眺め、千紗は広場のほうを気にしている。
二人とも、すっかり油断していた。
俺は握っていた手を少し緩め、二人の指の間に自分の指を滑り込ませた。
そのまま、ぎゅっと握る。
「ひゃっ!?」
右側で夏帆が妙な声を上げた。左側では千紗が足を止めたため、俺も立ち止まる。
「……ゆ、悠真?」
夏帆が俺たちのつないだ手を見つめている。
さっきまでの手つなぎとは違う。互いの指を絡めた、恋人繋ぎだ。
「何だよ。嫌だったか?」
「嫌じゃないけど!」
夏帆は即答してから、慌てて口を閉じた。
千紗は絡めた指を見下ろし、困ったように俺を見上げる。
「……こういうの、いきなりする?」
「お前らだって、いつも俺をびっくりさせてくるだろ」
「それは、そうだけど……」
千紗はそこで言葉を切り、そっと指を握り返してきた。
夏帆もつないだ手を持ち上げ、少しだけ俺のほうへ身体を寄せる。
「……もう。悠真がこんなことするなんて、聞いてないよ」
普段なら真っ先にからかってくる夏帆が、俺の顔をまともに見ようとしない。千紗も静かになってしまい、二人の間に挟まれた俺は、ひとりで勝ち誇るつもりだった。
ところが、いつの間にか自分の手まで汗ばんでいる。
「……悠真?」
夏帆が顔を上げた。
「もしかして、悠真も照れてる?」
千紗が反対側から覗き込んでくる。逃げようにも両手はふさがっているし、何より二人の手を離したくなかった。
「……お前らだって、顔赤いだろ」
「私は悠真のせいだもん!」
「私も、悠真が急にするから……」
「じゃあ俺だって、お前らのせいだよ!」
夏帆が吹き出した。
「あははっ! 仕掛けた本人が一番困ってるじゃん!」
「お前だって変な声出してただろ!」
「それは言わない約束!」
千紗まで笑い始め、さっきまでの気まずさが消えていった。
人の流れを避けて参道の端へ寄ると、夏帆が俺の向こう側を覗き込むようにして、千紗へ目を向けた。千紗も視線を返し、二人は何も言わずに笑い合う。
「……何だよ?」
俺が二人を見比べると、夏帆は何食わぬ顔で歩き出した。
「べっつにー。ほら、花火が始まっちゃうよ!」
千紗も俺の手を軽く引く。三人で再び歩き始めても、絡めた指はそのままだった。
◇
境内に花火開始のアナウンスが流れ、広場へ向かう人の流れが大きくなった。
三人横並びでは歩きにくいところもあったが、少し速度を落とせば何とかなる。夏帆は時折、俺の手を揺らしながら屋台を指さし、千紗も隣から楽しそうに話しかけてきた。
「あ、そうだ。じいちゃんも花火を撮りに来てるんだった」
祖父は昔から写真が趣味で、今日もカメラを持って広場へ来ると言っていた。
「じゃあ、最後はおじいちゃんに撮ってもらおうよ!」
夏帆が嬉しそうに顔を上げる。
「せっかくだし、今度は三人で撮ろうぜ」
「いいね! 私も三人の写真欲しい!」
千紗も賛成し、夏帆と顔を見合わせた。二人とも自分の恋人写真にはこだわっているが、三人で撮ることには異存がないらしい。
そのとき、夜空に最初の花火が上がった。
腹に響く大きな音に、三人そろって足を止める。赤い光が広がり、少し遅れて金色の火花が夜空を流れ落ちた。
「うわあ、綺麗!」
夏帆が歓声を上げる。
千紗も空を見上げ、俺の左手を握り直した。反対側では夏帆が、花火の光を追いながら楽しそうに笑っている。俺も二人と並んで、しばらく夜空を眺めた。
次の花火が上がる前に、千紗が俺の手を軽く引いた。
「悠真、おじいちゃんのところへ行こう。花火が終わる前に」
「ああ、そうだな」
夏帆も反対側から俺を引っ張る。
「早く早く! 今度は三人で、最高の写真を撮るんだから!」
俺たちは顔を見合わせ、笑いながら広場へ向かった。




