1 魔の犬 5
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
瀬戸 洋:オカルトマニアの男子高校生。
座間 晴香:洋のご近所さんな女子高生。
――4日目――
朝一番に、信じられない話を先生は皆に伝えた。
「また亡くなった者が出た……」
ざわめく教室内。しかし大声で騒ぎ立てる者などいない。
皆、薄々予想していたからだ。
洋にいつも粘着していた男子達が、誰も登校していないのである。
誰一人。
「やはり牙だの爪だのの傷跡があり、獣害との事だ。なにせ昨日の今日だから、警察も真剣に動いている」
先生は皆に告げる。
たった2日で数人が死亡したクラスの皆へと。
「一人で下校するな。部活も全て休みにする。親御さんに迎えに来てもらえる者はそうするように」
晴香は思わず洋の方を見た。
洋は……青ざめ、怯えているようだった。
(予想外だったみたい……)
晴香は洋と憐の昨日の会話を思い出していた。
『魔除け』とやらはリーダー各の男子に返されたという。その彼はもう亡くなった。共に死んだもう一人は、一緒にいたから巻き込まれたのかもしれない。
だがその翌日、他のメンバーまで命を失うとは……?
その日、クラスの皆が授業など上の空だった。
休み時間になる度に仲の良い者達で肩を寄せ合い、神経質にネットの情報を見たり、どうしたらいいか思いつくまま話し合ったりしていた。
例外なく、全員が不安に怯えていた。
洋だけは独りで頭を抱えていたが、それに気づいたのは晴香だけだった。
――放課後――
授業が終わるや、晴香は鞄に荷物を急いで詰め、教室を後にした。
向かうは昨日、一昨日と訪れた校舎の陰。用務員の憐がいた場所。
彼に聞けばきっと何かを教えてくれる、そう信じて。
関わる事への忌避感は依然あった。
だが不透明で得体の知れない状況への不安がそれを上回ったのだ。
校舎の陰に着くと……憐はいなかった。
ただ怯えた視線できょろきょろと辺りを覗う洋だけがいた。
少し躊躇ったが、晴香は洋の前に姿を現した。
何も聞けずにこの場を去る事が不安で堪らなかったのだ。
洋もきっと何か知っている。彼が当事者なのだから。
彼はすぐに晴香に気づき、驚き、困惑した。
「あ……晴香さん? どうしたの? 帰らないのかい?」
声をかけられてから、晴香は何をどう切り出した物かわからない事に気づいた。
そして――
やけに静かな事にも気づいた。
茜色に染まる空の下、何の物音もしない。
校舎の中から、誰の声も聞こえてこない。足音も無い。
窓の向こうに廊下を歩く影が一つも無い。
二人きりだ。いや、二人ぼっちだ。
皆、もう下校したのだろうか?
早く帰るよう促されているから?
それにしても早すぎないだろうか?
その時。
微かに犬の遠吠えが聞こえた。
はっきりと。
洋が「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげる。
「なんで犬が僕の所に!? そんなはずがない!」
洋の目は晴香の後ろを見ていた。
晴香もつい振り返り、洋と同じ物を見てしまう。
見るな……と自分の中で何かが警告したが、見ずにはいられなかった。耐えられなかった。
視線の先は別の校舎、その陰だった。
何か大きな物が動いている。
生き物……獣だ。夕焼けの下、黒くて大きな獣が動いていた。
黒い影の中で光る目が、明らかに二人を見ていた。
悲鳴をあげて洋が走り出した。獣の影に背を向け、少しでも離れようと、校舎の中へ、一目散に。
彼の声と動きに張り詰めていた糸が切られ、晴香も走り出した。反射的に洋と同じ方向へ、彼の背を追って、校舎の中へ。
二人は廊下を走る。
階段があったからそれを駆け登った。獣の影から少しでも離れるために。
無我夢中で走る洋の背を無我夢中で追う晴香。
夢の中だ。悪夢だ。
悪夢の中は静かだ。誰の声もしない。
犬の遠吠えだけは聞こえた。
大きく、はっきりと。
走るうちに、二人は自分達の教室まで来た。
人影が見えた。誰かがいる。
二人は教室へ駆け込んだ。獣でなければ誰でもいい。誰であろうと縋りたい。
教室の中で佇むのは――初めて会った時の黒ずくめな服を着た憐だった。
ようやく足を止め、汗だくで息を切らせる二人を前に、彼はテンガロンハットのつばをくいっと持ち上げて「よう」と声をかける。
そして洋に向かって溜息をついた。
「わざと半端な教え方で誤魔化しやがったな。お前さん……魔除けを誰に返したか、それは言わなかったもんな。いらん小細工しやがって」
「どういう、事ですか?」
荒い息を吐きながら訊く晴香。
洋が気まずく視線を落とす。
憐は頭をふった。
「魔除けをブッ壊して、恨みのあるヤツ全員に押し付けただろ」
洋は、目を逸らしたまま頷いた。
「金槌で壊して、ヤスリで粉々にして……あいつらの鞄の底に少しずつわけて流し込んだ」
晴香は思い出した。
洋に粘着していた男子達は自分の鞄の中を確かめていた。その時に何か大きな物があれば見つけているはず。
少量の粉が鞄の底に散らばっているだけだったから――何か盗まれたのではないかという先入観もあって――気づかなかったのだ。
「でも僕の手元にはもう無い! だから犬が僕の所に来る筈がない!」
洋は叫ぶ。必死に、言い訳がましく。
それが晴香に気づかせた。
洋が怯えていた予想外の事態……それは粘着していた男子達全員が襲われた事ではない。
それは狙い通りだったのだ。
予想外だったのは、安全な筈の自分に危険が迫っている事なのである。
「でも来てるだろ。いや……昨夜のうちから顔見せぐらいはしてたんじゃないのか」
憐の指摘はきっと正しいのだ。朝から洋が怯えていた事を思い出し、晴香はそう感じた。
一方、洋は何度も首をふって否定しようとする。
「犬が僕に気づくわけはないんだ! 部屋の角、角度のある所は全部丸く塞いで作業をしたんだから!」
晴香には何の事だかわからないが、状況から察するに、それが黒く大きな獣を近づけない方法なのだろう。
だが、憐はひときわ大きな溜息をついた。
「その猟犬とお前さんを追いかけている魔犬は全く別物だよ。勘違いしてごっちゃにしやがって……半端な知識で危ない物に手を出すと事故しかないんだ」
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