1 魔の犬 4
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
瀬戸 洋:オカルトマニアの男子高校生。
座間 晴香:洋のご近所さんな女子高生。
信じられない話を先生は皆に伝えた。
「二人一緒に見つかったのだが、繁華街の裏で倒れていたそうだ。重傷を負ってな。病院にすぐ運ばれたが、その、駄目だったんだと」
話している本人も信じられない様子だった。
「傷跡から、どうも獣害らしい。まぁ最近のニュースではクマの被害がどうこうと、よくやっているし……」
繁華街の裏手なのに。
「まぁこの町も大都会というわけじゃないし、山が無いわけでもないから……とにかく、暗くなってから変な所に行かないように」
歯切れの悪い物言いだった。
そのぐらいの事しか、先生も言えないのだ。
その日は亡くなった二人の話題でもちきりになった。
はしゃいだり騒いだり、ではない。不可解で不自然な事を、皆が疑い、休み時間になると話題にせずにいられなくなっていたのだ。
不安を吐き出すかのように。
「クマって……繁華街の裏に来るまでに誰かが目撃して騒ぎになるはずだろ」
「一応、町中に出た報告が他県にはあるけど」
「そんな所で出くわしたとして、どうしろって言うんだよ」
皆が慄いている中……ただ一人、洋だけがほくそ笑んでいる事に晴香は気付いていた。
だからといって彼に話しかけはしなかったが。
そもそも、何を話して何を聞けばいいというのだろう?
――放課後――
授業が終わると洋は真っ先に教室から出て行った。
いつも絡んでいる男子達の残りは誰も近づかなかった。声さえかけようとしなかった。
リーダー各がいなければそんな物かもしれない。
そのリーダー各はこの先もうずっといないわけで……洋への嫌がらせはこれで終わりなのだろう。
だが晴香は何か落ち着かなかった。
どろどろとした不安が胸の奥にわいて止まらない。
鞄を抱えるや彼女も教室を出て、足早に歩いた。
突然学校の用務員になった青年――憐が、昨日いた場所へと。
(あの人は何か知っているんだ。だから洋君を探していたんだ)
そうとしか思えなかった。
果たして、憐は今日も同じ校舎の陰にいた。
しかし今日は先客があった。
洋だった。
「何です? 急に呼び止めて」
そう言って批難してはいたが、洋は上機嫌で、怒った様子は無い。
そんな洋をじっと見つめる憐。
「お前さんが持っている洋書と魔除け……特に魔除けの方だ。あれをどうした?」
彼の視線に厳しい物があるのを晴香は感じた。とぼけた態度も笑顔も見せた憐が、初めて怒りの片鱗を表に出した……と。
しかし洋は上機嫌で、笑みさえ浮かべていた。
「持っていませんよ。決めつけないでください」
「おい。大事になっているのがわからないのか」
大声でもないし怒鳴ってもいないが、憐の声には怒りと批難が静かに籠められていた。
だがそれでもなお、洋は上機嫌で余裕を見せる。
「持っていませんよ。そもそも、あれは僕の持ち物じゃない。僕に無理矢理、郊外の廃墟探索なんかやらせたのはアイツらだ。嫌だっていったのに、灯りも持たせず、ケガして戻っても笑ってて、もし警察に見つかっても僕を置いて逃げるとはっきり言った」
声も表情も、どこか勝ち誇っていた。
「そんな事を繰り返してる中で見つけた物なんだから、僕に押し付けられるのはスジ違いですよね。だからもう返しました」
晴香は思い出した。
洋が体育の時間を休んで、自分に粘着する男子達の荷物を漁っていたという話を。
盗っていたのではなく、入れていたのだ。
「だから後の話は僕にしないでください。ま、持ち帰った本人はもう話ができなくなりましたけどね!」
小馬鹿にするような口調で言う洋。
そのナメきった態度を前に、憐は静かに告げる。
「わかった。でもお前さんへの話は終わっちゃいない。他のヤツに押し付けたってのは、魔除けの話だな? 洋書の方は……まだお前さんが持っているんじゃないのか」
そう言われると、洋の余裕が急に失せた。
相手から目を逸らして視線を落とす。
「あれは、中学の時に自分の趣味で手に入れた物だから……他の人が口出しする権利なんて無いですよ」
「つっても読めない本なんか有っても仕方ないだろ。俺が買い取ってやるから……」
憐がそう申し出るや、洋は大きく退いて距離を開けた。
「今は翻訳アプリだってあるんだ! 時間をかけて少しずつなら読める! 他人の趣味にとやかく言うなよ、なんであんたもアイツらも放っておいてくれないんだ!」
急に口調の荒くなった洋。
憐はそれを前に、見通すような視線を向けた。
「拾った魔除けの記述まで読み進めたな? それで仕返しを思いついたってワケか」
洋は何も答えなかった。
ただ大急ぎで背を向け、走り出し、その場から逃げた。
彼の背に憐はなお声をかける。
「もうちょっと詳しく読め! 正気が削れるかもしれんが、今よりはマシだ!」
何やらおかしなその言い分を、走り去る洋は聞いただろうか。
聞こえていないように晴香には見えた。
どこか遠くから微かに犬の遠吠えが聞こえた……ような気がした。
洋が走り去り、憐は溜息をついて掃除を始める。
晴香は黙ってその場を後にした。
出て行って何か聞こうとは思えなかった。
わからない言葉ややりとりはあったが……関わると自分がおかしくなりそうな、そんな不安をどうにも抑えられなかったのだ。
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