5 セレスティアル 7
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
倉根 歩夢:MMORPGに熱中している男子高校生。
道の側にある大きな岩が動き、下から持ち上げられて転がった。
岩がどいた跡には地下からの階段があり、そこから巨体が地上へ出てくる。
「あのアイマスク、そんなに大事な物なのか」
ギルメンの一人が冷や汗をかきながら漏らす。
憐は現れつつある怪物から目を逸らさず答えた。
「そこまでじゃないが、面子の問題かな。【這い寄る混沌】を崇める奉仕種族から盗んだ物を素材に使っている。旧き支配者の中で唯一好き勝手に動いている、超越的なトリックスター……それに仕える連中が人間に出し抜かれたとあっちゃ、腹も立つってもんなんだろう」
怪物の全貌が露わになった。
異形の巨人だ。身の丈7メートルはある。頭に目は無く、ただ獰猛な牙の並ぶ縦に割れた口があるだけ。
鉤爪の生えた4本の腕をもち、屈強な体は剛毛に覆われている。
そして毛の間から数えきれない触手が蠢き、その先端には血走った眼球がぎょろぎょろと周囲を睨んでいた。
「何これ……」
奇怪な巨人を見て女魔術師が慄く。
ラヴェが「うーん」と唸って首を傾げた。
「ガグっていう地下棲の人肉食巨人……だと思うけど、私が知ってる奴とちょっと違うなぁ。なんかイジられて強化されてるっぽい?」
息を飲んで身構えるギルドメンバー達。
巨人は前傾姿勢をとると……猛スピードで一気に突っ込んできた!
振り回される鉤爪を、長身の戦士が盾で間一髪受け止める。他のメンバーが駆け付ける前に次の鉤爪がふるわれ、食らった戦士は横に吹っ飛ばされた。
「意外と速いぞ!」
巨体ゆえに鈍重……そう思いこんでいた弓兵が驚きに叫ぶ。
4腕の鉤爪を猛烈に振り回す巨人。ギルドの前衛は必死に総がかりし、後衛からの魔法や射撃が飛んだ。
どろどろの乱戦になり、怒号と悲鳴、血飛沫が交錯する。
その戦いの中、暗殺者が触手の先にある目玉に狙いを付けた。
「キモいけどさ! これだけ目が多いと弱点だらけだぜ!」
2本の短剣で目玉を切り裂く。
すると斬られた目玉が弾け、周囲に体液をまき散らした。
「ウギャアァ!」
切り裂いた暗殺者はそれをモロに浴び、絶叫する! 体液は猛酸を含み、服と肌を容赦なく焼いたのだ。
転げまわる暗殺者を見て、格闘家が呻いた。
「違う、弱点じゃない……!」
巨人は4腕のうち2本の鉤爪で前衛を引き裂こうとしながら、残り2本で己の触手……その先端を何本もまとめて鷲掴みにする。
そして先端の目玉をまとめて幾つも、一気に握りつぶした!
潰れた目玉からの大量の体液が辺り一帯にまき散らされる。前衛で戦っていた者達に猛酸性の雨が降り注ぎ、容赦なく彼らの体を焼いた。
悲鳴をあげて苦痛に悶える者達を、鉤爪が容赦なく切り裂く。
後衛の者達もただ見ているわけではない。
だが魔法や矢を浴びても巨人は怯まない。頑健な肉体がことごとく弾き返す。全くの無傷では無いのだが、負傷は見る間に癒えていく――恐るべき回復能力で。
それは潰れた目玉も同じで、触手の内側から盛り上がるようにして新たな目玉が生じていた。
魔法戦士が剛腕に捕まり、巨人の口に放り込まれた。悲鳴をあげる彼の体を、縦に裂けた巨人の口が残酷に噛み砕く。
だが魔法戦士の体を柔らかな緑の光が包んだ。
「回復するから! 今のうちになんとかして!」
ラヴェが回復呪文を飛ばしたのだ。
噛み砕かれる肉体が回復され、一瞬、ダメージ0の状態が生じる。
必死の悪あがき……魔法戦士が火炎を放つ。巨人の頭部が炎に包まれた。
巨人が吼えた。今まで最も大きな声で、獣そのものの声で。
魔法戦士が吐き出され、重傷の体が地面に叩きつけられる。
(巨人に効いてる? 頭が攻撃されたからか?)
歩夢――『ブレイド』は酸で焼かれた傷口を抑えて目の前の光景を見ていた。
しかし……頭にはさっきから魔法や矢が当たっている。そこが弱いという事はない筈だ。
ならばなぜ?
隙ありと見た前衛達が巨人へ攻撃をしかけるが、狂乱する巨人の腕に叩きのめされるばかり。
(無暗に攻撃しても駄目だ。さっきの火炎がなぜ効いた? 巨人の頭を覆い尽くした炎……)
『ブレイド』はさっきの攻撃を必死に思い出す。
頭を覆い尽くした炎……全てを焼いた……外も中も。
(もしや口内! 流石に体内なら効くのか?)
重心を落とし、剣を構えて踏ん張る『ブレイド』。
その背に憐が声をかけた。
「突っ込むなら援護しようか?」
「頼む」
一言告げて『ブレイド』は走る。全力疾走、味方を次々と叩きのめす巨人へ。
その後ろで憐は呟く。
「深淵から出てきた物は、深淵に帰ってもらおうか」
そして両手の銃を捨て、新たな銃を懐から抜いた。2丁のサブマシンガン……イングラムとバイソンを。
それを見てラヴェが「ありゃ?」と声をあげる。
「拳銃じゃないぞ?」
「そんな制限した覚えはないね」
そう嘯くや、憐は脇を締めて2丁のマシンガンを構え、引き金をひいた。
銃口が火を吹き、途切れる事なく弾丸が撃ち込まれる。それは背中を向けた『ブレイド』には当たらず、巨人の皮膚に炸裂していった。
大量の弾丸を浴び、流石に巨人が怯んで動きが鈍る。
それでも不死身の肉体は倒れる事なく、狂暴な咆哮を上げ、4腕を振り回していたが。
その腕の間合いに踏み込む寸前で、『ブレイド』は跳んだ。
鎧を纏っているにも関わらず、高々と。巨人の頭の高さにまで。
そして渾身の力を籠め、全体重と跳躍の加速を乗せて切っ先を繰り出す――怪物の口の中へと。
銃弾を浴びて思うように動けない巨人は、跳び込んでくる騎士を噛み砕こうと口を開けた。
『ブレイド』の上半身が完全に口中へ呑まれる。
その状態では巨人に噛み砕かれるのは必至の筈だったが――その体を青い光が包んだ。
守備力上昇の支援魔法。
かけたのは『ピサロ』だった。
『ブレイド』の鎧に穴が開き、血が噴き出したが、そこで巨人の動きが極端に鈍る。内臓を串刺しにされたダメージは流石に大き過ぎたのだ。
それを見た憐が両手のマシンガンを捨て、次を懐から引き抜いた。
「お前の出番は終わりだ」
M79とHK69、憐は2つのグレネードランチャーを抱える。
「あんたね……幻夢郷でそりゃおかしいよ」
ラヴェが呆れるのも全く構わず、2つを同時に撃つ憐。反動でひっくり返って転倒したが、撃たれた榴弾は巨人の体に炸裂し、2つの爆発を起こした。
大量の血と肉片をまき散らし、煙をあげて巨人が倒れる。地を揺るがす巨体の口中から『ブレイド』が吐き出された。
「人間の破滅で終わるパターンばかりじゃないんでな」
そう呟く憐の眼前で、呻き声を漏らしながら『ブレイド』が身を起こす。
半ば特攻のような攻撃だったが、防御魔法のおかげもあり、彼は生き延びたのだ。
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