5 セレスティアル 8
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
倉根 歩夢:MMORPGに熱中している男子高校生。
――ウルタールの門の前――
中世西欧の都市そのままの街、ウルタール。その出入口として設けられた門のすぐ側で、憐は冒険者達に確認した。
「アイマスクは手放すって事でいいな? ここは元々、【夢見人】しか来れない世界だ。旧き支配者の領域でもあるし、無暗に踏み込む所じゃない」
皆が項垂れている。
しかし反対の声をあげる者はなかった。
まぁ抗議する者なら一人いたが。
「こら憐! 後から来て横取りするな!」
怒りに叫んですぐに一転、ラヴェが可愛らしい笑顔をあざとくも作り、ギルドメンバー達へ訴える。
「手放すなら私にちょうだい。部外者よりギルメンにあげた方がいいよね?」
一同は沈黙していたが、やがてギルドマスターの『ピサロ』が力無く笑った。
「そうしよう。皆、今までありがとう」
「え?『セレスティアル』はこれからもプレイするんでしょう?」
まるで別れの言葉を告げるギルマスに思わず問いただす『ブレイド』。
だが『ピサロ』は視線を落としたまま言った。
「いや、俺は終わりだよ。貯金も生活費もすっからかんだからな」
その場に沈黙が降りた。
仕事や学業を捨ててMMORPGに熱中し、引き籠って身を持ち崩すゲーム廃人……彼もまたその一人だったのだ。
そしてそれは彼だけでなく……
「ギルマスも無職か。俺だけじゃなかったんだ」
「はは……こっちもリアルはぐちゃぐちゃだよ」
「実は私も……」
特に高レベルだった何人かが、ある者は苦笑いし、ある者は何か諦めたような表情で告白する。
(廃人プレイは無しのギルドだって……あれ、建前だったのか……)
多少もやもやした物を感じはしたが、『ブレイド』は黙っていた。
彼らの事情や私生活など知らないのだ。ゲームの中とはいえ世話になっていた自分が説教臭い事を言うべきではないだろう。
そこへラヴェが陽気に笑いながら口を挟む。
「まぁ【夢見人】には現世の体がもう死んでる人もいるし? 本気でここに移住したいならできなくもないけど」
「それは今ここで言うな」
呆れる憐。
自嘲気味の笑みを浮かべて女神官が頷いた。
「うん。それ、本当に魅力的な提案に思えちゃう」
(ラヴェさんと憐さん……二人はこの幻夢郷の住人なのでは?)
どうにもそう思えてならない『ブレイド』だったが、そこを聞くのはやめておいた。
もしリアルの体を捨てて移住した、等とこの場で認められたら……それに続こうとする者が、今この場では出てしまうかもしれないと思えたからだ。
――22日目――
目覚まし時計の音で歩夢は目が覚めた。
朝日の中、夢の中での事を思い出す。
気になって机の引き出しを、アイマスクを入れていた所を見てみた。
アイマスクは無くなっていた。
その日以来、ギルマスを含めた高レベルメンバーの半数がインしなくなった。
そして時が過ぎ……
――2026年1月某日――
『セレスティアル』で所属していたギルドが自然消滅し、それをきっかけにMMORPG熱が急速に冷め、やめてしまってから20年。
学校の成績が下がっていたせいで危うく留年しかけ、なんとか持ち直して卒業し、就職し――良い事も悪い事もそれなりにあって――ただ、非現実的な事件はもう起こらず――歩夢は30代の半ばになっていた。
MMORPGはすっかり衰退し、『セレスティアル』はサービス停止して久しい。
そしてVR技術が進歩して、歩夢を驚かせた。
20年前の超常現象に技術の進歩が迫っている事に。
(皆、どうしているのかな)
かつてMMORPGの中で一緒にプレイしたギルメンの事をつい考えてしまう。
彼らはリアルでの生き甲斐を見つけられただろうか。あるいは今でも幻想の世界で生きたいと思いつつ我慢して生きているのだろうか。
連絡先など知らない。確かめる手段など無い。
今やネットの小説投稿サイトから作品が出版される時代。
その黎明期から、現実世界から異世界へ転移や転生する作品は途切れず増え続けている。その異世界にはダイレクトにゲームの世界だと設定された物も少なくない。
また、MMORPGの世界で主人公になる作品も多い。
MMORPG自体は斜陽になっているのに、だ。
(20年前の俺達と、考える事は似たような物か……)
歩夢も1つ、投降作品を書いてみる事にした。
もしかしたら万に一つでも、昔のギルメンが見つけてくれるかもしれない。
(主人公は『ブレイド』という騎士。他のキャラはあの頃のギルメン達からもらおう。ラヴェさんも出しておこうかな)
そこまで考えると、あの魔法の世界の住人でもパソコンやスマホをいじってネットを見るのだろうかと少しだけ考え、少しだけおかしくなって、少しだけ笑ってしまった。
そして書きながら少しだけ、憐の事も思い出す。
(きっと彼は今でも、昔の俺達みたいな、この世からはみ出た事に首を突っ込んでしまった者達の所へ出向いているんだろうな……)
歩夢に確認する手段など無い。
だがその通りなのである。
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