5 セレスティアル 5
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
倉根 歩夢:MMORPGに熱中している男子高校生。
幾度も銃声が響き、2丁拳銃が火を吹いた。グールが次々と倒れていく。
倒れたグールは蒸発し、跡形も無く消えてしまった。
グールどもも青年――憐へ跳びかかりはするのだが、青年は身軽に跳び、退き、身を捻って狂暴な爪を避ける。
歩夢はただ立ち尽くして見ている事しかできなかった。
だがその手が急に引っ張られる。
「逃げるぞ……!」
『ピサロ』だった。彼だと認識した途端、非現実的な状況に猛烈な恐怖がわく。
歩夢は走り出した。『ピサロ』と『ラヴェ』の二人と一緒に。
「あ、おい、待てよ」
おそらく青年のものだろう声が引き留めようとしたが、歩夢は止まれなかった。
駅の前まで来た時、周囲には普通に通行人達がいた。
歩夢は荒い息を吐きながら、自分が大量の汗をかいている事に気づく。
側にいる『ピサロ』も似たような状態だった。歩夢は彼へ訊く。
「あれ、何だったんです?」
「それは……俺にもわからない」
『ピサロ』は首をブンブン振っていた。必死に否定しようとするかのように。
「ま、今日はもう帰った方が良さそうだよね」
『ラヴェ』の言い分に、他の二人は何の異論も無かった。
彼女は全く動揺していなかったようだが、歩夢がそれに気づくのは、二人と別れて電車に乗り、自宅へ帰り着いた後の事だ。
その日の夜、歩夢は『セレスティアル』にログインしなかった。
このゲームをプレイしてから初めての事だった。
――21日目――
(幻覚……僕は幻を見たのか? あんなにはっきりと? でもそういう物なのかもしれない)
自分の部屋でベッドに転がりながら一人悩む歩夢。
町中で遭遇したグールども、その生々しい恐怖。生まれて初めて感じた死の予感。
歩夢はあんなに熱中していた『セレスティアル』をプレイする気になれず、3日もログインしていなかった。
ファンタジー世界の夢も見ていない。
心が拒否しているのだろうか。
しかしどうしても気になってもいた。
解散後、他のメンバーにも何か異変が無かったのか……と。
だがもし異変が「有った」ら?
逃げ損ねた者はどうなるのだろうか?
もしあの夜を最後に、行方不明になった者がいたら、それが意味する事は……。
しかし3日も経つと恐怖も少しは薄れ、そうなると他のメンバーの安否が気になる気持ちの方が強くなった。
夕食と宿題を終えてから、歩夢は意を決してゲームにログインする。
ただ、アイマスクは使わなかった。
モニターのウィンドに街中が映し出され、自キャラの『ブレイド』が表示される。
恐る恐る、広域通信で挨拶を打ち込んだ。
>こん。ちょっと間があきました
>おお!おいすー
>ブレさんINしたの!
>こん
>おひさー
すぐに返ってくるいくつものメッセージ。
ほっと安心し、歩夢は『ブレイド』をたまり場へ向かわせた。
いつものギルメン達がたむろしている。ギルマスの『ピサロ』がいる。『ラヴェ』もいる。他のメンバーも……変わらないようだ。
悪い夢から覚めたようで、歩夢の心から不安が急速に薄れてゆく。
>さ、3日ぶんの遅れを取り戻しに狩りいくか
>はい!
『ピサロ』からの誘いに返事を送り、歩夢はパーティに入れてもらった。
3日ぶりの狩りが終わるのはあっという間に感じた。実際はそれほど熱中できた、という事だが。
キャラクターのレベルも上がり、大きな満足感と充足感の中、日付が変わった辺りで未練を感じつつもログアウトさせてもらう。
布団に入る頃には、数日前に路上で怪物達に襲撃された事が、悪夢か何かの間違いだとしか思えなくなっていた。
――夢の中――
『ブレイド』となって魔法の世界を旅する夢……それを歩夢は数日ぶりに見た。
やはり前の続きで、階段をどこまでも降りてゆく。
時おり魔物が襲ってきたが、高レベルな騎士『ブレイド』に恐怖はなく、怪物達を次々と斬り伏せた。
(アイマスクをしなかったのに夢の世界に来るなんて……)
そんな疑問が頭を掠めたが、すぐにそれどころではなくなった。
階段の終わりが見えたのだ。
最下段には大きな門。その外から光が差し込んでいる。
出口だ。
『ブレイド』は慎重に外へ出る。
そこは――
どこまでも広がる荒野。
その向こうには高い山があり、空には渦巻く雲があり、陽が昇りながらも星が瞬き、遥か遠くで帆船が空を飛んでいた。
門からはいくつかの道がどこまでも伸びている。
そして道が分かれている所に一人の男がいた。
その男は停めてあるバイクにもたれ、『ブレイド』を見ると片手をあげて気さくに挨拶する。
「また会ったな。残るはお前さんだけ……まぁ話を聞いてくれるかい?」
数日前にグールと戦っていた青年・位高憐だった。
『ブレイド』は油断せず、剣を手にしたまま彼に問う。
「あなたは何者なんだ?」
「難しい質問だな。探索者とでもいうか……今はあんたの所のギルドマスターに用がある。けど逃げられてね。なんとか交渉したいんだが、ギルドメンバーにも片っ端から袖にされちまった。もしお前さんにも追い返されたら、これからどうするのか改めて考えなきゃいけない」
青年――憐は肩をすくめた。
『ブレイド』は彼と対峙しながらしばし考える。
「もしかして、アイマスクについて何か知っているのか」
憐を初めて見た日、それは歩夢達が初めてアイマスクを使ってプレイした日だ。この世界を夢で見たのもアイマスクをしてから。
そして憐は……はっきり、頷いた。
「あれはこの世界の神殿にあった物を持ち出して加工した道具だ」
「それを返せ……と?」
『ブレイド』が訊くと、憐は小さく溜息をついた。
「まぁ俺の物じゃないんだが、回収しようとは思っている。あんたのギルドメンバー達は皆それを嫌がって交渉決裂、を繰り返しているわけだが」
憐が『ブレイド』を見る。視線には期待がこめられていない。
「お前さんはどうかな?」
「……場合によってはお返しする」
「お、やっと話が通じる人がいたか」
『ブレイド』の返答に憐は喜色を見せた。
そんな彼に尋ねる『ブレイド』。
「グール達が襲ってきたのは、アイマスクを狙ってなのか?」
もしそうなら、他のギルメンだっていつ襲われるかわからない。
アイマスクを手放したがらないという事は、まだ被害にあっていないという事だろうが……これから襲われるというなら返却するよう説得する側にまわってもいいと歩夢は考えたのだ。
憐は再び頷いた。
「そうだ。まず盗んだ張本人を狙った。あれが成功していれば、配られた他の連中も襲われただろうよ」
「そんな物騒な……あのアイマスクの材料があった神殿とは一体……」
『ブレイド』が質問しようとした、その時。
分かれ道の先の一つから爆音が響いた。
激しい音が何度も繰り返され、地上から炎や稲妻が上がっているようだ。
憐の表情が険しくなった。
「ついに始まりやがったか……!」
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