4 恐ろしく親切な老人 7
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
本物の人達など初めからいない。
それが王城老人の答えだった。
「茶音さんが真夜中に血相変えて駆け込んできたよ。ついに前科など関係なく兵役につくよう、息子に赤紙が来た。だが息子は家の金ありったけ持って逃げようとした。止めようとする親父さんは暴行を受け、抵抗した時に仕事道具で殴ってしまったんだと。息子が動かなくなったと。私が診たが、まぁ手遅れだった」
その話を、茶音家の息子の姿をした怪物は黙って聞いていた。何の反応も見せず。
その怪物を王城老人は横目で見る。
「息子は今や心を入れ替えた、そういう事になっている。兵役はもう気にする必要などない……戸籍では死んでいる。招集などかからんさ」
そして部屋にいる怪物達を見回した。
「戦地で死んだ息子、空襲で亡くなった娘。他にも事故や災害など……いなくなったからこその代わりだよ。入れ替わるために当人を消した物は一つもない。強いて言えば安藤さん、今からのあんただけか」
「馬鹿な。化け物を、死者の身代わりに……」
安藤が呻く。
しかし王城老人はフンと鼻で笑った。
「残された者が望んだ事だよ。その意思を無視した物は一つもない。残された親、残された子。感情に居り合いをつけられず、また生活を支えてもらって生きていくために仕方なく、どうしても身代わりが必要だったのだ」
老人は安藤の顔を覗き込んだ。
「あんただって戦地の息子の訃報が届いたら、理解できるかもな」
「できるわけがない! 化け物に息子の真似をさせても、それは息子ではない!」
思わず叫ぶ安藤。
すると王城老人は歪んだ笑みをさらに歪めた。
「あんたはそう言うだろうと思ったよ。実際に息子の訃報が届いたわけじゃないんだからな。日本の愚かな戦争に子供をとられてなお走狗でいられる、そんなあんただ」
「日本の愚かな戦争? 元はと言えば欧米列強が始めて、世界に広げた拡大政策だろう。化け物め、日本人ごときは下を向いてやられるまで待っておけと言いたいわけか!」
安藤は許せぬ言い分に怒る。
誰が好き好んで子供を危険に晒すものか。正当性を信じて耐えがたきを耐えているのだ。
だが王城老人は笑みを浮かべたまま蔑みの視線で見下した。
「その思い上がりで各地を侵略している愚かな日本人……西欧各地で知識を求めて回っていた私はどんどん肩身が狭くなっていったよ。日本人だからと友人達は離れ、敬遠され……ついには老いてからようやく巡り合えた、一生添い遂げても良いと思った女性……それにも拒絶された。傷心の私は孤独と敗北だけを抱えて、独り日本へ帰って来た」
それを聞いて安藤は驚いた。
是非はともかく、その記憶と言い分は人間・王城船俊の物だ。
「どういう事だ? 王城さん、あんた、まさか、本物なのか……?」
王城老人は――それに答えなかった。
ただ熱に浮かれたように言い続ける。
「帰った私が見た物は、戦争を賛美する無知で愚かな日本人! 私が声をあげても、叱咤する者はいても意識を変える者はいない! 私は日本人である事が恥ずかしくなった。この愚劣な民族が心底嫌になった……」
一瞬、その目に嘆きがよぎる。
しかしすぐ愉悦の輝きが……。
「結局、西欧で身に着けた知識が私を救った。帰国前からの長年の研究が実を結んだのだ。古の先住種族が造った不定形生物ショゴス……これを切り分け、培養し、人の身代わりをさせる事に、ついに成功したのだ」
老人は勝ち誇った。肉塊の横で。それこそが最初に手に入れた一つ……人もどきの怪物達の大元。
その笑みは晴々とした笑顔へ。歪みは消えないが。
「私は医者だ。患者を自ら殺しはしないし、家族の意思はできるだけ汲む。望まれた時だけ、死者の代わりに太古の不定形生物を切り分けて入れ替えてきた。このご時世だからその機会は多いが……それも愚劣な日本人のツケというものだ! 反体制的な言動? ああ止めたとも。これから日本人は滅びゆくのだ、批判する価値も無い!」
高らかに言い放つ王城老人。
彼の意思を受けたか、周囲の怪物どもが動きだす。安藤を始末するべく。
だがその時、部屋の戸が蹴り開けられて銃声が響いた。
怪物が二体、吹き飛ぶように倒れる。
「思想主張おおいに結構。だが人間の問題にそいつらを使うのは一線を越えている。横槍入れさせてもらうぜ」
開いた戸の向こうに二丁の拳銃を構えた憐が立っていた。
「深淵から出てきた物は、深淵に帰ってもらおうか」
憐が続けざまに引き金をひく。次々に撃ち込まれる銃弾が怪物どもに炸裂した。
しかし化け物どもはしぶとくも憐へと殺到する。その体の一部を溶かし、不定形の肉体を触腕や牙の生えた口に変えて。
跳び退き、転がり、時に相手へ蹴りを叩き込み、憐は化け物どもの攻撃を避けながら銃を撃ち続けた。
撃ちながら憐は頻繁に銃を捨てた。捨てては別の銃を懐から出す。ブローニング、ワルサー、トカレフにモーゼル……出てくるのは常に違う銃だった。
どの銃でも、撃つ度に憐は怪物を撃ち抜いていた。そして何度か弾を食らった怪物は、溶けて崩れて蒸発するではないか。
だが逆に言えば、1つ倒すのに何発も撃ち込む必要があるのだ。怪物どもは数いるし、体を変形させながら鞭状の触腕を作って常に攻撃してくる。
広いといっても室内、逃げ場も限られているのだ。
怪物を減らしはするがいくつも手傷を追い、憐は追い詰められていった。
(クッ、私にも怪物に通じる武器があれば……)
部屋の隅で歯噛みする安藤。
憐が何者か彼にはわからないが、怪物と敵対している事は理解した。だが手助けはできない。
しかし憐が叫んだ。
「カオスシーカー!」
直後、壁を突き破って憐のバイクが跳び込んできた……無人で。
そのバイクが変化した。手が生え、足が生え、コウモリのような翼が生え、カウルが虫とトカゲの混ざったような頭に変わる。
それは怪奇な神話において【バイアクヘー】と名付けられた、この世ならざる生物だった。
異形の正体を現し、カオスシーカーは怪物どもに横から殴りかかった。
そして破れた穴からラヴェが顔を覗かせ、安藤を手招きする。
「お巡りさん、今のうちに!」
「逃げていなかったのか!」
叱咤するように言いながらも安藤はラヴェの方へ走った。
穴から外へ、病院の庭へ。
外へ出て室内へ、憐の方へ振り向いた。
加勢を得て流れが変わり、憐は怪物どもへ優勢に銃撃を見舞っていた。
だが後ろから忍び寄った者が凶器をふるう。
王城老人の凶悪なナタが憐の後頭部を襲った……!
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