4 恐ろしく親切な老人 6
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
――蔵の中――
蔵は半分が物置、半分が書庫になっていた。
物置の部分を探る人影が一つ。
憐である。
彼はいくかの宝飾品を手に取った。
金銀細工で様々な宝石の飾られた品……と言えば聞こえはいいが、どれも何か歪んだ生き物の顔かたちを象っており、不気味で禍々しい。
女性が着飾るための物では、断じてない。
事実、それは宗教的な衣装で、儀式か祭事に使われる物だと、憐は知っていた。
さらに実は見覚えもあった。
(俺が昔売り飛ばした物がいくつも混ざってるな。旧き支配者の知識を求める連中の間を渡って、巡り巡ってここに来たのか)
あくまで装飾品であり、何の呪力も魔力も無い。
そうした品は金銭のために売り飛ばしたりする。憐は歴史的価値や美術品としての評価には、何の興味も無いのだから。
(じゃ、また売り飛ばすか)
実際の危険度が無い物を、遠慮なく懐に突っ込んだ。
書庫になっている部分で、憐は歩きながら背表紙をざっと見ていく。
旧き支配者の知識が書かれた無数の蔵書を。
その途中で足を止めた。
(ほとんどはもう持っている物だが、やっぱり初見の本もあるな)
その本を取り出し、パラパラと捲った。
(ほほう……【過去・現在・未来を含有する神】の召喚儀式、ね。後で読んでおくか)
旧き支配者やその眷属、従属種族と争うならば、それらについての知識は必要だ。
その結果、普通の人間の「正気」から遠ざかるとしても。
しかし憐は恐れも躊躇いもなく本を懐に突っ込む。
さっきから色々な物を突っ込んでいるにも関わらず、服は全く膨れた様子は無いが。
さらに別の本に手を伸ばし、その中身にも目を通した。
(おや? これは魔導書の類じゃないな。日記……いや、記録か)
そして中身を理解すると、小さく溜息をついた。
(あいつらに意外と知能がある事は知っていたが、こんな芸当ができるとはなぁ……)
その記録書も懐に入れた憐は、振り向いて小さく声をかけた。
「いらっしゃい。俺の邪魔はするなよ?」
そこにはラヴェが立っていた。
ただいつもと違い、頭を掻いて困っている。
「どうした? 変なモン食って寄生虫でも飼ったか」
憐がふざけ半分に聞いてもとりあわず、ラヴェは外を――病院の建屋がある方を指さした。
「あのさ……助けて欲しい人がいるんだけど。今からすぐあっちの方に乗りこんでくれない?」
「親切にしてもらった時に、たまにそういう態度するね。お前さんは」
肩をすくめる憐。
ラヴェは頬を膨らませた。
「恩を知ってるって事だよ。いいじゃん」
「まぁ悪くはない」
そう言うと憐は頼まれた方へ……外へと向かう。
灯り一つついていない病院へと。
――病院――
安藤はハッと意識を取り戻した。
自分が怪物に襲われた事を思い出し、慌てて周囲を確認する。
大きな部屋だ。そこの床に寝転がされている。
銃も警棒も無い。奪われてしまった。
そして己の周囲には複数の人影がある。
(いや、人では無いのだろうな……)
周囲にいるモノの一つが茶音の息子……に化けた怪物なので、安藤は他の物もそうなのだろうと推測した。
そいつらの顔は見知った者ばかり。町の人ばかりだ。
そして王城船俊――この病院を経営する医者。
その側には、人間の形を取ろうともしていない、不定形の蠢く肉塊の小山。
王城老人の姿をした物へ安藤は訊いた。
「そういう事か。そういう事なんだな。お前達がどこから来た何なのかは全くわからん。だがいつの間にか町の人と、徐々に入れ替わっていたのか」
王城老人は……声もなく笑った。
初めて見る表情だ。その得体の知れない、何か歪んだ意思を秘めた笑顔が安藤には恐ろしい。
自分がもうじき破滅するのだろうという予感が、その恐怖に拍車をかけている。
それでも安藤は訊かねば気が済まなかった。
「本物の王城さんは何かにつけて政府と軍を批判していた。それでよく私が叱ったものだ。警官という立場から、そうしなければいけなかったからな。しかしいつの頃からか反体制的な発言をしなくなり、私は安心した……不満を肚に収めてくれたのだと、文句はあっても我慢してくれるようになったのだ、と」
一度、ギリリと奥歯を噛む。
「違ったのだな。別物に入れ替わったからだったのか。日本の……人間の政治や社会など、お前達にとってはどうでも良かったというだけだったのだ。以前と変わらず、患者のために融通を利かせてくれる親切な姿勢だったが、それは人間から信頼されるためだったのだ」
安藤は既に察していた。
寝台の上にあった肉塊は、人間に化ける途中の怪物だったのだと。
人間に入れ替わるための基地がこの病院。ならば経営者として医者として所持している王城老人の姿をした物が、この怪物どもの親玉なのだろう。
安藤は訊いた。
「今から私とも入れ替わるつもりだな」
「そのつもりだよ」
ようやく言葉を発し、王城老人は答えた。
安藤は訊いた。
「本物の人達はどうした? 食ったのか」
「初めからいないよ」
それが王城老人の答えだった。
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