4 恐ろしく親切な老人 5
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
銃を手にした絶対的に優位な状況で、安藤は驚愕のあまり声をあげそうになった。
振り向いた小柄な人影は――
「お巡りさん? なんでこんな所に?」
小首を傾げているラヴェだったのだ。
彼女は銃を見てまじまじと覗き込む。安藤は慌てて銃をしまい、小声で囁いた。
「こらこら、危ない。君こそなぜこんな所にいるんだ?」
ラヴェは腕組みして「うーん」と考え込む。
「まぁ詳しくは話せないんだけどさ……お巡りさん、ここから離れた方がいいよ? 明日になれば多分全部終わってるからさ」
その言葉で安藤は察した。
人間、食いつめれば何でもやる。だから孤児の飢えにつけこんで手下として使う犯罪者など、昔からいくらでもいる。
「君も……何か関わっているんだな? だが無事で済むのか?」
「あはは、私の事はどうでもいいじゃん?」
ラヴェは明るく笑い飛ばし、誤魔化そうとした。
「良くないよ」
そう言うと安藤はラヴェの頭を優しく抱いた。そして囁くように言いきかせる。
「君が逃げるんだ。駐在所に行きなさい。明日の朝になっても私が戻らなければ、街の警察に電話するんだ。番号は机の上のメモ書きにある。いいね?」
予想外の態度と忠告に、ラヴェは「お? お? お?」と戸惑いの声をあげるばかりだ。
安藤はラヴェを放し、穏やかな笑みを見せる。その手は庭の門を指さし、逃げるよう促していた。
「危ない事は警察に任せなさい。君は逃げていい……自分の身をまず考えるんだ」
そして足音を忍ばせ、病院へと向かって行った。
そこに悪事が潜んでいる事を確信し、立ち向かうために。
呆然と安藤を見送ってから、ラヴェは途方に暮れる。
「うーん、困ったぞ。本当にいい人だなぁ。どうしよう、このままだとあの人死んじゃうぞ」
しばらく頭を抱えて悩み……真剣な顔で蔵の戸を探った。
そこには鍵がかかっていたが、彼女が深呼吸してからもう一度押すと、なぜか開いた。
――病院の裏――
安藤は灯りが全くついていない建物の壁にはりつくようにして、どこか侵入できる場所がないか探そうとした。
裏口があったので、まずそこを試す。期待はしていなかったが、ドアノブは……あっさり回った。
簡単に入る事ができる。
(そんなバカな?)
あまりに不用心なので罠か何かではないかと疑ったが……
(いや、憐という男がここから入ってそのままになっているだけかもしれん)
そう考え、銃を手にゆっくりと侵入する。
裏口から入るとそこは廊下。戸がいくつかあった。
(何か物音でもしないか……?)
しばらく耳を澄ますと、微かに声が聞こえた。
(鳥の声?)
安藤が連想したのはそれだった。
聞いた事の無い、独特な鳴き声が、どこかの部屋で小さくあがっているようだ。
闇の中、安藤は音が聞こえた方向に見当をつけ、戸の一つに近づく。
鍵はかかっていない。
戸を少し開け、中を覗う。
寝台が有る。誰かが寝ているようだが、シーツが下に落ちている。
寝ている者が動いているようなので、そのせいだろう。
灯りもないので誰が寝ているのかはよく見えない。だが鳴き声は寝台にいる者が発している。
テケリ、り、テケリ、り……と、無理に表現するならそんな声を。
意を決して安藤は部屋に入った。
銃を手に寝台へ近づき、寝ている者を確認する。
息を飲んだ。
(これは何だ!?)
見知った顔がある。富田家の娘の顔が。
だが一糸まとわぬ体の半分ほどは、所々が玉虫色に光る黒々とした粘液状の塊だった。複数の目や口が無秩序に点在し、その口が微かにあげる鳴き声がさっきから聞こえていたのだ。
粘液状の部分はゆっくりと蠢いており、そのせいでシーツが落ちたのだろう。
対して、顔を含めた人間の部分はほとんど動かない。時折瞬きしたり、僅かに動きを見せたりはするが、思考する力が無いかのようだ。
あまりに予想外の物を前に、安藤はただ呆然とするばかり。
だから背後で足音が聞こえるまで、後ろに誰かが迫っている事にまるで気が付かなかった。
慌てて後ろへ振り向くが、改めて驚きに動きを止める。
「お前は茶音さんの所の……!」
息子だった。
心を入れ替えて真面目になった筈の、以前は酒とケンカばかりで犯罪まで犯したならず者だった、茶音家の息子だ。
感情が無いかのように何の表情も浮かべず、戸までの間に立ち塞がっている。
寝台の上の奇怪な塊が視界に入っている筈だが、それには何の反応も見せない。まるで気にしていない。
その男が左手をふるった。
銃を持つ安藤の腕に太い紐が絡みつく。男の左腕が溶けて変化した肉の紐が。
その紐も黒々としており、所々が玉虫色に光っている。
絡みついた紐が蠢いたので、粘液状の塊が変化した物だと安藤は察した。
強い力で縛られ、締め付けられる。
それでもなんとか引き金をひいた。
発砲音とともに、弾は運良く怪物に当たってくれた。
怪物は微動だにしなかった。
拳銃の弾ごときでは。
安藤は恐怖の中で呻く。
「茶音さんの息子に、化けていたんだな! 本物は一体……?」
返事は無い。
怪物の右腕が溶けて網のように広がり、安藤の頭を包み込んだ。
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