4 恐ろしく親切な老人 4
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
――4日目――
朝、その日も安藤は港から回ってみた。
やはり茶音父子が来ており、息子の方はボートみたいな小さな船をせっせと補強している。
安藤は親父さんへラヴェの事をそれとなく聞いてみた。
「あの子かい? 昨日、町の方へ行ったよ。それきり見てないね」
「そうかい。ならいいんだ」
そう言いながらも少し寂しく思う安藤。
(駐在所に来なかったという事は、他所の町にでも去ったか? まぁ、あの子なら元気にやっていくと思いたい物だな)
――昼過ぎ――
駐在所で待機していた安藤が、そろそろもう一度巡回に出ようかと思った、その矢先。
近所の人が躊躇いがちに顔を見せた。
「なぁ、安藤さん。どうやら富田さんの娘さんが帰らないそうなんだが……」
富田家の娘といえば、九州に出て働いていたものの、米軍の空襲で街が焼かれたので命からがら逃げ帰ってきた子だ。
「まぁ今日誰も見ていないというだけで、大事だと言いきったもんかどうかはわからんし……」
「いや、探してみよう。大した事がないならそれでいいんだ」
不安そうな隣人にそう言って、安藤は急ぎ駐在所を出た。
調べ始めてすぐわかった事だが……確かに件の娘は見当たらない。それどころか富田家の母親も朝早くからすぐどこかへ消えていた。
――夕刻――
捜査を続ける中、安藤は一つ気になる事を聞いた。
(真夜中を過ぎた頃、バイクで走る男の後姿を目撃した人がいた。富田さんの家からもそう距離があるわけじゃない場所だ。今この町で、そんな男など……)
脳裏に浮かぶ憐の姿。
(もしあいつが関わっているとしたら……)
自転車を漕ぎ、安藤は医者へ行き来する町外れへの道へ来た。
すると町中へ帰って来る者を見かける。富田家の母親ではないか。
「奥さん! ここに居たのですか。娘さんが消えたとかで、今探しているのですよ」
「え、ええっ!?」
驚きに目を丸くする富田家の母。
だがすぐに、ややしどろもどろながらも必死に訴える。
「そ、そうなんですか。でも勘違いなんです。夜中に娘が調子を悪くしたもので、王城先生に無理を言って診てもらったんですよ。時間が時間なので、近所の方には失踪に見えたのかもしれませんね」
「そうだったのですか。それで娘さんは?」
そう訊くと、富田家の母は少しの間、言葉を濁しながら考えた。
「それは……その、栄養状態が悪くて疲れが溜まっているとかで、明日の昼ごろまでは病院に泊めてもらうんです。私も気疲れからさっきまで眠ってしまって、帰りがこんな時刻になってしまいました。ああ、急いで帰って夫のご飯を作らないと」
安藤は彼女に頭を下げる。
「そうでしたか。いや、解決したならいいのです。お気をつけて」
富田家の母も何度も頭を下げながら、家の方へと去って行った。
それを見送り考える安藤。
(はて、母親が早朝に家を出た所は見た者がいたようだが。しかしわざわざ嘘をつくなら、それはなぜ……?)
そして王城病院へ行く方を見た。
誰もいない、薄暗い夕刻の道を。
(憐というあの男も王城氏に興味を持っていたようだな。それだけで何か決めつける事はできんが……ならば……)
安藤は自転車を走らせた。王城病院へ。
――町外れ――
周囲に民家の無い、庭と蔵付きの立派な物件。大きな旧家の半分ほどを洋風に改築した建物。それが王城老人の家であり、町唯一の病院である。
そこに着く手前で自転車を停め、安藤は庭先を覗いた。
(周囲に民家は無く、敷地は広く建物は大きい。蔵もある。車で乗り入れる事もできる。隠れて何かをやりたい奴がいれば好都合な物件だ)
暗い庭、暗い家……灯りはどこにも無い。
病院と家を兼ねている建屋にも、どこにも。医者も患者もいるはずなのに。
(親切な老人、田舎の中年女、その娘……そんな者達が悪事になれた奴に何か武器でもちらつかされたら、逆らいようもないだろう)
意を決し、安藤は門に手をかけた。鍵はかかっていない。
僅かに隙間をあけ、足音を殺して忍び込む。いくら警官といえどこれは越権行為だ……それを承知の上で。
(私の考えすぎなのかもしれんが、それならそうだと確認したい)
塀の陰に身を潜めるようにして、まず裏口へ回ろうと動いた。
――蔵の側――
目で覗う限り、やはり家に灯りは一つも無い。表から見えない角度に動いても、だ。
裏口はどこか探そうと塀の陰から覗ううち、安藤は蔵の陰に小柄な人影が潜んでいるのを見つけた。
(この状況で、無関係な者だとは思えん)
予定を変え、安藤は蔵の陰に近づく。
相手は蔵の中に入る方法を探しているようだ。
しかし安藤の接近に気づき、相手が振り向いた。
だが安藤の手には既に銃がある。
それは相手にも見える筈だ。
この絶対的に優位な状況で、安藤は驚愕のあまり声をあげそうになった――!
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