4 恐ろしく親切な老人 3
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
――3日目――
早朝、安藤は自転車の後ろにラヴェを乗せて港に着いた。
小さな町の小さな漁港だ。男手も船も減って、活気など望むべくも無い。それでも漁から戻ってきた船が僅かな魚を水揚げしていた。
安藤はラヴェにいくらかの小銭を渡す。
「このご時世、タダで恵んで貰える物など無いかもしれん。少ないがこれで……」
「いやー、お世話になるね、お巡りさん。じゃこれ。お礼だよ」
ラヴェに上品な翠色の石を手渡され、安藤は顔をほころばせた。
「綺麗な石だね」
「うん! じゃあねー!」
手を振って漁師達の方へ走り去るラヴェ。
安藤は自転車に再びまたがる。翠色の石を一瞥すると、それをポケットに入れた。
子供っぽい無邪気なお礼。嬉しさがこみ上げ、今日はなんだか良い事がありそうな気がしてくる。
本物のエメラルドでかなりの高値がつく物だなどと、彼は全く気付いていなかった。
そんな安藤だが、漁港から去ろうとした時、意外な顔を見つけて思わず声をあげた。
「茶音さん!? これは珍しい……」
茶音家の父子だ。
船舶修理の小さな工場を運営していた一家だが、沖に出られる漁船が減って仕事に乏しくなったので、道具をリヤカーに積んで港に出向き、小さな船の簡単な修理や補修を探しに来ていた。
いつもは親父さん一人だが、今日は息子がリヤカーを牽いている。
「え? あ、安藤さん? いや、おはよう」
声をかけられた茶音の親父さんは意外な顔を見て戸惑っているようだった。
だが意外なのは安藤も同じだ。
息子は酒と喧嘩ばかりのならず者、強盗の前科持ちで徴兵さえされなかった。働いている所を見るのはこれが初めてだ。
「息子さんが仕事を手伝っているとは……」
安藤の呟きに、茶音の親父さんは遠い目をして穏やかな笑みを浮かべる。
「ああ。ようやっと心を入れ替えてくれたよ。まぁしばらくは仕事の要領も悪いだろうが、これまでを思えばそれぐらいね……」
その傍らで、息子は黙ってぺこりと一礼した。いつも凶悪な表情も、今日はずいぶんと大人しい。というより無表情というべきか。
先導する親父さんと、リヤカーを牽いてついていく息子。二人は港へ入って行った。
(一体何があったんだ? 明日は槍でも降るんじゃないのか?)
そう思いはしたが、安藤はすぐに考え直す。
「まぁ良い事なら喜ぶべきだ」
今度こそ自転車を漕いで、町の見回りを開始した。
――夕刻――
あまり広い町でもない。午後の巡回で、安藤は今日も町外れへの道を通った。
医者へ行き来する者達が通る道に差し掛かり、昨日はここらでラヴェを拾った事を思い出す。
(あの子、どうしているだろうか……住む所や仕事がそうそう見つかるご時世でもない。放っておいて犯罪に手を染めるような事になるなら、ウチで面倒を見た方が……)
中年の男が若い娘を家に引っ張り込むのはあまり聞こえの良い物ではない。それはわかっているが、戦地の息子が安否も知れず、生活は年々苦しくなる、この息苦しい毎日の中……何も気にせず明るく奔放なラヴェを見ていると、なんだか自分の気持ちも明るく軽くなるような気がしたのだ。
(いずれ息子だって戦地から帰ってくる筈だ。その時、もし二人が一緒になってくれれば……私が孫を抱く日が……)
虫のいい妄想だとわかっていても、ついつい考えてしまう。
だが通りできょろきょろと周囲を覗う者を見つけ、楽しい想像は半ばで途切れた。
憐という青年が、舶来の大きなバイクに跨り、何かを探すように周囲を窺っている。
ラヴェによれば背後には相当厄介な元締めがいるようだが、それでも怪しい動きを放置しておく事はできない。警官として最低限の務めは果たそうと、安藤は職務質問するため声をかけた。
「何かお探しかね?」
「おっと、お巡りさんか。こんばんは」
憐は悪びれる様子もなく片手をあげて挨拶する。外面だけなら好青年だ。
無論、見てくれの印象だけで判断していては警官など勤まらないのだが。
厳しい顔で問う安藤。
「まず姓名。次に住所と仕事を答えたまえ」
「位高憐。住所は幻夢郷、仕事は……古書や骨董品を扱うから古美術商という事になるかな」
憐はそう言って道の先を見た。王城老人の病院がある方向を。
(若い頃から西欧へ留学していた王城さんなら、古書の類をいくつか持っていてもおかしくは無いが……)
しかし安藤は憐を問い詰めた。
「幻夢郷とはどこなのかね。聞かない土地だが?」
「北の方……ええと、大陸さ。地図に名前が載るような土地じゃないけどな」
偽名くさい土地の事を訊かれ、肩を竦めながらどこかとぼけた様子で答える憐。確かに満州やその付近の地名を出されても安藤にはよくわからないが、そう高を括って適当な事を言っているようにしか見えない。
その態度に苛立ちはしたが、逮捕するような事はしていないようだ……今はまだ。
「小さな町なので、何かあったらすぐ騒ぎになると思いたまえ。商売なら他所でやる事をお勧めする」
そう言って釘を刺しておくのが、今の安藤ができる精一杯だ。
憐はにこやかに帽子をとって軽く一礼した。
「ご忠告、どうも。肝に命じましたよ」
軽い口調でそう言い、憐は帽子を被り直してバイクを走らせ、町の中心の方へ去って行った。
それを見送り、安藤は胸騒ぎを覚えた。
(余所者が何日も留まるような町ではない。今おかしな事が起きたら、あいつは必ず関わっているな……)
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