4 恐ろしく親切な老人 2
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
――2日目――
警察官・安藤は自転車を漕いで町を見回る。田舎の漁師町で凶悪犯罪など滅多に無いが、気の荒い者もそれなりにいるので喧嘩ぐらいならしょっちゅう起こる。
途中、見覚えのある顔があったので声をかけた。
「茶音さん、どこか悪くなさったかね?」
昨日暴れていたチンピラの父親だ。日頃から息子の素行の悪さにほとほと手を焼いており、警官の安藤とも自然と顔を合わせる事が多い。
そんな彼に声をかけると、ビクリと身を震わせた。
「あ、ああ、お巡りさんかい。いや、その、ちょいと傷が痛んでね……まぁ先生がよくしてくださるから、すぐになんとかね……」
歯切れの悪い茶音。片腕には包帯が巻かれている。家でも息子がよく暴れるので生傷が絶えない事は町の皆がよく知っていた。
そして彼が歩いてきた方は町外れに向かう道であり、その先には町唯一の病院がある。その医師は昨日蕎麦屋の前で会った老人、王城船俊。
丁寧だし、少しぐらいなら診療時間を外れても診てくれるし、診察の時に愚痴をよく聞いてくれるしで、町の人からの評判はとても良かった。
安藤もあの老人を医者としては認めている。思想はまた別の話として。
「息子さんが何かしでかしたら、すぐに連絡してくれ。急いで向かうからな」
「ああ、そうだね、ありがとう。ではこの辺で……」
安藤の言葉に弱々しい笑顔を浮かべ、茶音は心なしか急ぎ足で家の方へと帰って行った。
(息子、か……)
安藤の息子は特別に出来が良いわけではなかったが、正直で真面目だった。警官として、心根の真っすぐな息子を誇らしく思ったものだ。
物思いにふけっていると、側を親子連れが通りかかった。老いた母親と、その荷物を持って運ぶ息子の二人組。母も息子も笑顔で一緒に歩いている。
小さな町なので、その母子の事も安藤は知っている。城金一家の母子だ。
その息子はこの前まで出征していたが、兵役を無事に終えて帰ってきた。今やそういう者でも軍に再び呼ばれる事は珍しくないが、彼は再招集がかかる事もなく両親と仲良く暮らしている。
仲睦まじい母子を見ていると、安藤は羨ましくなってきた。
(息子が今、戦地で苦労しておるんだ。私が腑抜けてどうする)
己を心の中で叱咤し、安藤は再び自転車を漕いだ。
――夕刻――
あまり広い町でもない。午後の巡回で、安藤は朝と同じ町外れへの道を通った。
医者へ行き来する者達が通る道だが、そこできょろきょろと周囲を覗う者がある。見れば一人の少女……昨日見かけた、南方の血が入っている子だ。
(ラヴェ、と呼ばれていたな)
安藤はその側へ行って声をかける。
「どうしたかね。道に迷ったかい?」
「え? ああ、まぁね」
歯切れ悪く答えるラヴェ。どうにも迷惑そうである。
安藤はじっと少女を見つめた。
「家はどこかね? 送ろう」
「あー……ちょっと、ここらじゃないかな」
ますます迷惑そうなラヴェを見て、安藤は確信した。
「お父さんもお母さんも、いないんだね」
「え? あ、うん。いないけど……」
ラヴェは困惑する。そんな彼女に安藤は微笑みかけた。
「今夜は駐在所に泊まりなさい。明日の朝、港に行けば、何か食べる物を恵んで貰う事もできるだろう」
戦災孤児が珍しくない世の中である。中には物乞いをするため都市部から田舎へ出てくる子もいた。
(この子は働けない歳でもなさそうだが、名前や見てくれからして外地から来た子……仕事も見つからないのだろう)
安藤の勧めに、一転、ラヴェはぱあっと明るく笑った。
「本当!? お巡りさん、ありがとう! お世話になりまーす!」
その天真爛漫な笑顔を見ると、安藤も嬉しくなってしまった。
――駐在所――
いつも一人しかいない部屋、いつも一人ぶんしか飯を置かないちゃぶ台。しかし今日は二人ぶんだ。
出された麦飯とイワシを遠慮なく平らげ「ごちそうさま!」と元気な声をあげるラヴェ。行儀悪くも畳の上にごろんと寝転がる。
「あー、人間の食事は久しぶりだなー」
彼女が漏らす呟きを聞くと、安藤は戦災孤児の置かれた厳しい境遇と、それに対して自分が無力な事を痛感した。
まぁ孤児の割には全く陰の無い様子を不思議に思いもしたが、そうでもないと耐えられないのだろうと考える。
「所で……憐という青年と知り合いのようだね。彼は面倒事を起こしたりはしないだろうね?」
いけ好かないボンボンの事を思い出し、訊いてみる安藤。
ラヴェはヘラヘラと笑った。
「起こすんじゃないかな? ま、あいつには関わらない方がいいよ。まともな神経してられなくなるからさ」
それを聞いて安藤の目が厳しくなる。
どうやら相当に面倒な男らしい。
「一体、彼の親はどこで何をしているのかね?」
兵役を逃れて好き放題できる家の子なら、相当な有力者なのかもしれない。安藤が何かできる相手ではないのだろう。
だがそれでも、せめてその名だけでも……と考え、訊くのを我慢できなかった。
しかしラヴェは身を起こすと、一転して表情を曇らせる。
「いや、本当、首突っ込むのはやめときなよ、お巡りさん。あいつの親なんて知れば知るほどロクでもない、迷惑と厄介の権化みたいなモンだから」
(まさか軍かどこかの政治家とでも繋がっているのか? 闇市の元締め連中の子飼いなら、このご時世、どこにいても不思議はない)
安藤の雰囲気がますます剣呑になる。
それを感じたラヴェが、慌てて笑顔を作って体をくねらせた。
「それよりお巡りさん! 私、眠たくなってきたなぁ。あちこち歩き回って疲れたというか」
「なんなら風呂を沸かそうか。ずっと汚いままだと病気になるよ」
安藤がそう言うと、ラヴェは嬉しそうに体を前へ乗り出した。
「ありがとう! お願いしまーす!」
安藤も微笑む。
風呂を沸かすのも井戸水と薪が要るので楽ではないが、この少女にそれぐらいはしてやろうという気にはなっていた。
子供からの便りもロクに受け取れない親の、親を亡くした子への贔屓だと、自分でわかってはいたのだが。
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