4 恐ろしく親切な老人 8
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
安藤 理一:田舎町の警察官。一人息子は出征中。
後ろから忍び寄った王城老人の凶悪なナタが憐の後頭部を襲った。
まともに受けて倒れる憐。
だが王城老人はさらに水筒を取り出し、液体を憐へふりかけた。そしてマッチをすり、火を点けて落とす。
憐が炎に包まれた!
瓶の中身は油だったのだ。
狂ったように笑う王城老人。
安藤は思わず室内へ救出に乗り込みそうになり、慌てたラヴェに服を引っ張られる。
「気にしなくていいから!」
「酷い言い分だぜ。まぁその通りだが」
平然と憐が呟き、安藤と王城老人の目が驚きに見開かれた。
全身炎に包まれたまま、老人の足を掴む憐。炎が王城老人の服に燃え移った。
身を焼かれ老人が悲鳴をあげて狂乱するが、それを憐は容赦なく化け物どもの只中へと投げ込む。
混乱しているのか、怪物どもの動きは鈍い。その機をついて、怪物どもを生み出した元……人間の部分など一つも無い不定形の塊へ、憐は連続で銃撃を見舞った。
「お前の出番は終わりだ」
炎に包まれたまま憐は容赦なく銃撃を続け、他の怪物どもへカオスシーカーが爪と牙をふるう。
程なく肉塊も怪物どもも全て力尽き、混ざり合い、床の上に広がる粘液溜まりとなり果てた。
憐が呟く。
「人間の破滅で終わるパターンばかりじゃないんでな」
憐は人間松明と化して燃え上がりながらも平気な顔だが、火は床に燃え移りつつあった。
「いかん、火事になる!」
慌てて庭を見渡す安藤。
片隅に井戸をみつけ、急いで走り、転がっていた桶に水を汲んだ。大急ぎで駆け戻り、室内に水をブチ撒ける。
桶は他にもあったので、ラヴェも桶を抱えて消火を手伝った。
カオスシーカーも桶を抱えて手伝った。
憐も桶を抱えて手伝った。
「え? 大丈夫なのか?」
「猥褻物陳列罪で捕まらなければね」
驚く安藤に憐はさらりと言ってのける。
服は消し炭、全裸の肌は煤で真っ黒の姿で。
懸命の消火により、焼け落ちたのは一部屋で済んだ。
王城老人の遺体は黒焦げ。怪物どもは跡形も無い。
一息ついて憐は井戸水を浴びる。煤も燃えた服も流れ落ちた。肌の火傷はどこにも無い。髪一本に至るまで綺麗なままだ。
しかし……怪物につけられた傷は痛々しく残っていた。
カオスシーカーがバイクへと変化する。
その荷物入れから服を取り出して着る憐。以前と全く同じ格好になるや、懐から金色の液体が入った小さなガラスの酒瓶を取り出し、それを飲んだ。
体に残る傷が、見る間に癒えて塞がってゆく。憐は口をぬぐった。
「ふう。この蜂蜜酒は効くぜ」
「君は、一体……」
呻く安藤。
その背をポンポンとラヴェが叩いた。
「首を突っ込むのはやめときなよ、お巡りさん。まともな神経してられなくなるからさ」
そして明るく「えへへへ」と笑った。
「でもまぁ、お巡りさんみたいな人は好きだなー」
――後日――
王城老人が夜中に火事を起こして焼死。
一早く駆け付けた安藤がそれを消火。
結局、そういう事に納まった。
その日を境に、失踪者が何人も出た。
しかし家族達は言葉を濁し、捜査への協力は消極的。
捜査を進める安藤自身、適当な処理をするしかなかった。
(全く、こんな茶番があるなんてな……)
真実を知っているだけにそう思う。
駐在所の中で椅子に座っていると、あの夜の事は悪い夢のようだ。
物思いにふけっていると、駐在所の前の道を親子連れが通りかかった。老いた母親と、その荷物を持って運ぶ息子の二人組。母も息子も笑顔で一緒に歩いている。
小さな町なので、その母子の事も安藤は知っている。城金一家の母子だ。
その息子はこの前まで出征していたが、兵役を無事に終えて帰ってきた。今やそういう者でも軍に再び呼ばれる事は珍しくないが、彼は再招集がかかる事もなく両親と仲良く暮らしている。
仲睦まじい母子を見ていると、安藤は羨ましくなってきた。
同時にふと考える。
あの夜、病院に駆け付けた怪物ども……いなくなった者の代わりに入り込んでいた怪物は、あれで全てだったのだろうか。
余計な数として呼ばれてなかったり、距離が遠くて間に合わなかったりした怪物はいないのだろうか。
もしいたら……怪物の生き残りは、まだこの町で暮らしている事になる。
親子が道を通り過ぎ、視界から消えた。
王城老人の言葉が胸の奥に響く。
『あんただって戦地の息子の訃報が届いたら、理解できるかもな』
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