3 谷一家の怪 9
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
天理 貞次:博物館に勤める中年職員。
谷一 恋璃:謎と秘密を抱えた少女。
恋璃に吞み込まれながら憐は呻く。
しかし引きずり込まれるのを止められない。ついに頭が呑まれた。
触手の束と化した女の躰が、男を貪欲に吞み込んでゆく。
恋璃の顔はあくまで無表情。何の感情も浮かんでいない。
だがその眉根を微かに顰めた。
お前の出番は終わりだ……と、声が聞こえた気がしたのだ。
そして次の声ははっきり聞こえた。
憐の叫ぶ声が。
『カオスシーカー! 行け、獲って来い!』
少し離れた所に停まっていたバイクが変化する。
手が生え、足が生え、コウモリのような翼が生え、カウルが虫とトカゲの混ざったような頭に変わる。
それは怪奇な神話において【バイアクヘー】と名付けられた、この世ならざる生物だった。
異形の正体を現し、カオスシーカーは翼を広げ博物館の中へ飛び込んだ。
――博物館内の1コーナー――
乏しい灯りの中、ラヴェは目当ての渾天儀が展示されている場所にいた。
展示台の上にある渾天儀へ手を伸ばす。
(今回のブツは、これ1個で召喚ができるぐらい強力だぁ。やったぞー)
彼女がにんまりと笑った、その時……指先が触れる直前の渾天儀が掻っ攫われた。
驚き見上げるラヴェの眼前で、渾天儀を掴んだカオスシーカーが宙でUターンし引き返す。
「ゲェーッ! 泥棒ぉー!」
思わず叫ぶラヴェ。
自分を棚上げする彼女を尻目に、カオスシーカーは主人の元へと高速で飛んだ。
――正面入り口前――
カオスシーカーが戻ってきた。その手に渾天儀が有る事に戸惑いはしたが、恋璃に恐れは無かった。
(何をしようと何もさせない。こちらへ来る事もどこかへ逃げる事も許さないわ)
憐を上半身まで呑み込みながら、恋璃は神話生物を睨む。
カオスシーカーは飛んだ。呑み込まれつつある主人へと。
恋璃は距離を広げた。その場から一歩も動かず、空間を捻じ曲げ、どこまでも。
カオスシーカーは前進しながら、宙の一点から進めなかった。
だが次の瞬間、カオスシーカーは憐のすぐ側へ来ていた。
驚愕する恋璃。
神話生物バイアクヘーには星間を渡る力がある。その力で宇宙の向こう、遠い星の彼方まで行ける。
空間や距離を超越する力を持つのは恋璃だけではなかった。
それでも地力は違う。
次の瞬間、カオスシーカーはまた離れた所に放り出されていた。
しかしその手にもう渾天儀は無い。
接近した時、それは恋璃の体に突っ込まれていたからだ。
憐の指示どおりに。
渾天儀は恋璃の中で憐の手に掴まれる。
空間の概念が通じない場所で、使役する神話生物に呼びかけ、運ばれた物を見つけて掴んだのだ。
恋璃は改めて、憐が自分と同じモノだという事を思いだした。
そして憐は秘宝を手に、旧き支配者の一つ【始まりも終わりも無い】存在へ呼びかける。恋璃の『父』へ。
そのための呪文、陰陽師の一派が千年前に大陸で探し出した秘術を、憐もまた知っていたのだ。知った経緯こそ異なるが。
禁断の秘術に用いるような秘宝は精妙な逸品だ。神と崇められたモノを降臨させる物なら、その中でも群を抜く。
間違った使い方をすれば、持ち主や周囲を破滅させるほどに。
定められた星辰の日に、秘奥の儀式で正確に扱えば、永遠の時間と空間に無限大の『門』を開く。
それがあえて間違った使い方をされた。空間を超越した場所の只中で。
その結果は――
恋璃の胴が弾け飛んだ。半端に、僅かに開こうとした『門』のせいで。
この世ならざる物に変質した部分が、残らず、綺麗に、ごっそりと。
地に落ちる頭と両手、離れて転がる両足。その側に憐もまた転がった。
よろよろと立ち上がる憐。
ロクな結果にならない事はわかっていたが、どうなるかまで読めていたわけではない。己が生きているのは結果論だ。
なんなら、死んでも良かった。恋璃と一緒に。
そんな憐を見上げて、恋璃にはまだ微かに息があった。頭と両手だけになっても。
微笑んでいるような、でも泣いているような顔で、口が微かに動く。
でも、声は出なかった。
恋璃の体が分解され、蒸発してゆく。人の形を残していても、そこさえもう人ではない。
跡形も無く消滅し、何も残らなかった。
結局……彼女は最期に何か言い残す事さえできなかった。
ただ、唇の動きを見ていた憐は……
(変わってしまう前でよかった……だよな?)
そう思った。
自分にはわかったのだと思いたかった。自分と恋璃は同じ物なのだから。
渾天儀を追ってラヴェが正面入り口の前へ出て来た。
消耗しきって独り立ち尽くす憐と、その足元にある目当ての物を見つける。
「あのさー……お疲れだね? それ、私が博物館に返しておくよ」
愛想笑いをしながら恐る恐る大嘘をつくラヴェ。
憐はゆっくりした動作で、渾天儀を掴むと……ラヴェに投げてよこした。
「え? 本当!? わーい!」
大喜びでラヴェは受け取る。
旧き支配者を召喚する渾天儀を。
それを構成する輪の一つが、銃声の響きと共に砕けた。
「ギャーッ! 何するかー! もう使えないじゃんよー!」
涙目で叫ぶラヴェ。
それを他所に憐は銃を投げ捨てた。帽子を片手で押さえ、その目を隠すかのようにして。
そして呟く。
「人間の破滅で終わるパターンばかりじゃないんでな」
破滅したのは人ならざる物だけだ。
人は最期まで人のままでいられた。
だから、これで良いのだ。
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