3 谷一家の怪 8
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
天理 貞次:博物館に勤める中年職員。
谷一 恋璃:謎と秘密を抱えた少女。
――博物館の敷地内、入り口前――
人の全くいなくなった深夜。
入口側の陰に潜む者が一人。ラヴェである。
(憐はどこかへ行ったな。よーし、邪魔者がいない今夜のうちに、あの渾天儀は私がもらっちゃおう)
そう考えて彼女が動こうとした、その矢先。
二人乗りのバイクが走ってきた。
バイクが停まり、憐と恋璃が降りる。
少し離れて二人は向かい合った。
「自分なりに考えたなら仕方がない。それを力づくで変えるって手段も、褒められたもんじゃないが無いでもない」
鋭い目でそう言う憐に、恋璃は静かに首を横にふる。
「無いわ」
そう言って……服のボタンを一つずつ外し始めた。
黙って見守る憐だったが、その目が大きく見開かれる。
限られた照明しかない敷地の中、恋璃の全裸が露わになった。
胸元から下……胸の半ばから、鼠径部……太腿の付け根にかけて。胴体がほぼ全て、丸ごと。半透明の触手が無数に、束となって形成している。
その束の中、極彩色に輝く球がいくつも脈動していた。
「初潮が来るぐらいの年齢でね。私の体にも変化が起きた。大人になる準備を始める年頃に」
恋璃は表情一つ変えず語る。
静かに、淡々と。
「おへその周りから。だんだんと……今はもうここまで」
旧き支配者や従属種族には、たまに人間と混血する物がいる。生まれた子は一見、ただの人間だが、いずれ変化を始める。
以前、憐は恋璃に「自分達の時間は普通の人より有る」と言った。
それは寿命の話だ。それなら嘘でも間違いでもない。
寿命だけなら恋璃にもまだ有る。恐らく無限と言えるほど。
しかしそれが人の世界で過ごせる物かどうかは、全く別の話だった。
恋璃の選べる道は、もうずっと前から決まっていたのだ。
家族が正しいと思っているわけではないが。繁栄を謳歌する世間を羨む気持ちもあるが。そこへの未練など山ほどあるのだが。
恋璃の意思など関係は無い。気持ちは関係無い。
その精神さえ、どうせいずれは変化する。体どおりのモノに。
「早く変わってしまいたいな……精神も」
恋璃は静かに、淡々と、嘘ではない嘘をついた。
憐は帽子を片手で押さえる。視線が隠れた。
「いいや。そんな日は来ない」
帽子を上げた時、憐の目は鋭く敵を狙っていた。
「深淵から出てきた物は、深淵に帰ってもらおうか」
懐から素早く2丁の拳銃を引き抜く。
続けざまに銃声が響いた。
物陰でラヴェは息を潜めて様子を覗う。
(おお? 一緒に来たのに戦い始めたぞ? うまく相打ちになってくれないかな……そうすりゃ渾天儀はいただきだ。今回は私の一人勝ちになるのに)
だが物事は彼女の期待通りには進まなかった。
銃の引き金をひき、容赦なく弾丸を連射する憐。
しかし届かない。
ほんの数歩の距離……あまりに遠すぎて、銃弾は届かずに地に落ちる。
恋璃がその場で、ビンタでもするように手を薙いだ。
憐は「がっ!」と声をあげて転がる。内臓を直接叩かれる、猛烈な苦しみのあまりに。
「逃げて、憐。この世がどんなに崩壊しても、あなたなら大丈夫なはず」
恋璃が静かに、淡々と促した。
しかし憐はよろめきながら立ち上がり、呻きながらも言い放つ。
「いい提案だ。崩壊なんぞはお流れにするって事の次ぐらいにな」
そして飛び込むように転がり、跳ね起きながら跳んだ。恋璃へと、新しい銃を抜きながら。
(押し付けて撃てば距離は関係ない!)
そう考えての行動だ。動きは機敏で的確だった。距離を一気にゼロまで詰める。
銃口を敵の体に押し付けた、その筈のその時。
憐は恋璃から何メートルも離れた位置にいた。
敵との距離はむしろ動く前より空いていた。
物陰のラヴェは目をぱちくりさせる。
(うわぁ……あの娘、親の力の片鱗を使ってるな。空間を完全に支配してるぞ……位置も距離も自由自在、望むがままかぁ。こりゃ正面からケンカしても勝てないな)
そこまで考え、ハッと気づく。
(なら今のうちに渾天儀を獲りに行こう! がんばれ憐、殺されるまでもうちょっと粘れ)
彼女は物陰から移動し、博物館の窓に手をかける。鍵がかかっている筈の窓が、なぜか容易く開いた。
小柄な体が音も無く館内へ忍び込む。
恋璃が両手を前に伸ばす。
何メートルも離れている憐が、両腕を掴まれ、引っ張られた。
二人の間に距離は無くなっていた。
引っ張られた両腕は恋璃の胴へと導かれる。銃を握る手が胴体を構成する触手の間に呑まれた。
そのままぐいぐいと、憐は吸い込まれてゆく。
腕の先が胴を貫いている筈……そのぐらい呑まれても恋璃の背中側には何の変化もない。
腕が無くなったわけでもない。憐の腕には感覚がある。指先まで、肉の紐の束に包まれている感触が。
空間が意味を為さない所へ引きずり込まれつつある事を憐は察した。
全力でもがくがビクともしない。それどころか徐々に呑まれるばかり。
「どうしても逃げないのなら……きて、憐。せめて私の中に」
恋璃の両手が憐の頭を優しく抱える。
そして己の中へと、さらに引きずり込もうとした……!
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