3 谷一家の怪 7
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
天理 貞次:博物館に勤める中年職員。
谷一 恋璃:謎と秘密を抱えた少女。
――谷一家――
最後に貞次と会った夜から数日。
彼からの手紙は届かず、恋璃は文通が終わった事を悟った。
(あんな事があっては仕方がないわ……彼は普通の人なのだから)
そうは思ってもやはりやりきれず、恋璃は今までやりとりした手紙を引き出しから出した。
それを一枚ずつ、未練がましく読み返す。
だがその途中、人が倒れる微かな音を聞きつけた。
恋璃は最奥の一番広い部屋へ向かった。
その部屋の襖を開けると、祖父の白造が畳の上に倒れている。異常な量の汗をかき、痩せた体がますます萎びていた。荒い息を吐き、それさえも絶えそうなほど力が無い。
恋璃を倒れたまま見上げ、白造はか細い声をあげた。
「夜鬼の長を召喚しようとしたが……ワシにはもうその力も無いようだ……だが次の星辰は近い……それまでにあの渾天儀を手に入れねば……」
しばしゼェゼェと呻き、白造は訴える。
「力を貸してくれ、恋璃……お前がいれば召喚術も成功するはず……」
恋璃は祖父の側に膝をついて座った。
「召喚術は、いらないわ。私がとってくるから」
「おお!……恋璃が行ってくれるなら……どんな式鬼よりも安心だ……」
白造の瀕死の顔に笑みが広がった。
式鬼……陰陽師が使役する式神。貴郷村の先祖にあたる者達は、旧き支配者の僕どもも式神に加えた。
陰陽道をさらに高みへ引き上げるべく、大陸で知識を求め、禁忌とされる伝承に手を出した、その副産物として。
(その行き着いた挙句が、ここにいる私達なのね)
嘆きとやるせなさ。恋璃のその想いに、祖父が気づく事は永遠に無いだろう。すぐ目の前にいながらも。
2階から大きな物の蠢く音が重々しく響いた。
――京都――
恋璃が博物館の最寄り駅で降りた時、まだ昼を少し過ぎた時間だった。
(すぐに家を出たのは早すぎたな……)
実行は人が少ない深夜すぎ、明け方より前。そう考えてはいたが、家にいたくなかったのである。
どこで時間を潰すのか。恋璃は迷った。
すると……
「迷子かな、お嬢さん。暇ならナンパでもされてみるか?」
聞き覚えのある声をかけられた。
見ればバイクを停め、それにもたれるようにして憐が笑っている。
恋璃も微笑みを返す。
「されるのもいいわね。どこに連れていってくれるの?」
「なんなら星の彼方まで。まぁまだ陽も高い。他に希望があればどこでもいいぜ」
そう言われ、恋璃は少し考えて……
「賑やかで、明るくて、みんなが遊んでいるところ」
「都会の空気を感じたいって事か。それなら高速使って大阪に行くかな」
なんだかんだで大阪の方が都市の規模は大きい。
だが憐のその提案に、恋璃は首を横にふった。
「ううん。京都がいい」
「由緒正しい古都であえて、か。若者らしい反抗精神、実によろしい。では後ろに乗りたまえ」
わざとらしくバカ丁寧な言葉で言いながら、憐はバイクに跨る。
恋璃はくすくす笑いながら後ろに座った。
その笑顔に、僅かに陰が残っていたけれど。
――喫茶店――
窓際の席からは賑やかな通りがよく見える。向こうからも同じ筈だが、二人を見る者など誰もいない。
チェリーの乗ったメロンソーダを、恋璃は少しずつ口に運んで味わう。
腕組みしてそれを眺める憐。
「これも初めてかい?」
「うん。小学生の時に、クラスメイトが『とても美味しかった』って言ってて。一度食べてみたかった」
そう言いながら、恋璃はアイスを嬉しそうに掬った。
憐はそれを見守っていた。微笑みつつ。
――映画館――
スクリーンの中でカッコいい青年考古学者が走り、跳び、悪漢達相手に銃や鞭で立ち回る。有名洋画シリーズの最新作をたっぷり2時間ほど見て、興奮冷めやらぬ他の客とともに、二人は映画館を出た。
憐が「やれやれ」と溜息一つ。
「毎年、全米大ヒット作品が生まれては日本に上陸するよな。まぁ今年はこれが売れました、程度の意味なんだろうが」
「大勢の人が楽しんだって事だし、いいと思う。ちゃんと面白かったし」
満足げな表情で言う恋璃。
「なるほど。良い事おっしゃるね」
憐も一転、楽しげに笑った。
――ゲームセンター――
憐は三国志の武将が馬に乗って戦うゲームを始めるが、2面の途中でやられてしまう。
「こりゃ難しい。こっちも真打登場といくか」
「え?」
戸惑う恋璃を強引に座らせ、憐はゲームを再スタートした。
「え? え? わ、わ!」
混乱してガチャガチャするだけでまともな操作もできず、恋璃は1面の途中でゲームオーバー。
ニヤニヤする憐を、恋璃はふくれ面で見上げた。
「いじわる……」
笑いながら憐は訊く。
「ビデオゲームはやらないクチかな?」
「中学生の時、クラスの男子はファミコンの話をよくしてたけど……」
そこまで言うと口籠る恋璃。
そんな彼女の手を憐はとった。
「では口直しに次へ行きますか」
――ディスコ――
暗い店内に乱舞する光。その中にBGMが響き、若者達が享楽的に踊る。
恋璃は圧倒されて壁際に立ち尽くしていた。
隣で店内を眺めながら憐が訊く。
「踊らないのかい?」
「踊り方、どこに書いてあるの……?」
恋璃が呆然と呟くと、憐はくすりと笑って肩を竦めた。
「細かくは色々あるらしいが、多分みんな適当に周りのマネしてるんだろ」
「それでいいの?」
「それでいい。俺も一緒にやるからさ」
そう言って憐が手をひくと、恋璃は「うん」と頷き、恐々とついて行く。
壁から少しだけ離れた場所で、周りを覗いつつ、恋璃はぎこちなく手と腰を振り出した。
それと向かい合い、彼女よりもう少しだけ大きく憐も踊った。
――夜の河原――
すっかり夜もふけ、通りにさえほとんど人影は無い。ましてや河原にいるのは二人だけだ。
博物館の最寄り駅そばで、憐と恋璃は夜空の下で川のせせらぎを聞いた。
「ご満足いただけたかな」
「うん。今日ここに来て良かった。ありがとう」
憐が上機嫌で訊くと、恋璃は笑顔で告げる。
せせらぎの中、空気も心なしか柔らかかった。
「いいって事よ。じゃ、家まで送ろうか」
「ううん。今から博物館に行って、渾天儀をとってくる」
憐が上機嫌で訊くと、恋璃は笑顔で告げる。
空気が張り詰めた。
憐から笑顔が消え、けれど静かな声でさらに訊く。
「……よく考えて選んだんだよな?」
「うん。もうずっと前から決まっていたの」
恋璃は笑顔だった。
「ごめんなさい。私達は同じようなモノで、同じような名前なのに……向いている方向は反対なのね」
陰の中から寂しさが、どうしてもあふれてくる笑顔だったけど。
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