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3 谷一家の怪 3

登場人物

位高(いたか) 憐(れん):創作物の探偵みたいな恰好の青年。

ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。

天理(てんり) 貞次(ていじ):博物館に勤める中年職員。

谷一(たにいち) 恋璃(れんり):謎と秘密を抱えた少女。

 ――谷一(たにいち)家(け)の書斎――



 微かに生臭い悪臭の漂う家の奥に、壁一面に本棚が並ぶ部屋があった。

 収められた本は相当な年月を経た古書ばかり。古語に疎ければ読む事もできないだろう。

 そこにある本全てが呪術に関する物だった。遥か遠い先祖、この地で修行に励んだ陰陽師達が残した物である。


 その書斎で、谷一(たにいち)白造(はくぞう)は一冊の本を読みふけっていた。それもまた陰陽師が残した物だが……極めて特殊な本だった。

 その本は、大陸の呪術を当時の日本語に翻訳した写本なのである。


 陰陽道自体、起源は古代の中国に求める事ができる。そこから様々な思想や知識が日本に伝わり、混ざり合わさって独自進化を遂げたのが陰陽道なのだ。

 呪術といえど人の技……それをさらに強化・発展させるため、大陸からさらに異なる知識を得ようとした陰陽師が一人ならず存在した。

 この谷一(たにいち)家(け)には、そうした変則的な術や知識についての本も何冊か残されていたのである。


 白造(はくぞう)の顔が歪む。苛立ちで、醜く。


(戸を開く儀式はできる。確信した。しかしそのためには、やはり、どうしても、あの渾天儀(こんてんぎ)が必要だ。【始まりも終わりも無い空虚】の神に関わる星を記した、恐らく唯一の渾天儀(こんてんぎ)が。星辰の並びによる力をレンズのように手元に寄せ、神へ至る戸を開けるために……)


 彼は本を棚に戻し、別の本を手にした。

 そして目をギラつかせてページをめくっていく。

 時折、2階から重々しい音が響いていた。


(娘は子を産んだ。それを正しき手順で父の元へ出向かせれば、我が一族の悲願は果たされる。きっと果たされる。後一歩だ。千数百年の時の果てに、このワシがそこまでついに至った。何としてもあの渾天儀(こんてんぎ)を手に入れねば……)


 ページをめくる手が止まった。

 老人の顔が歪む。愉悦に、悍(おぞ)ましく。



 別の部屋では、弱々しい電灯だけが頼りの薄暗い部屋で、恋璃(れんり)が手紙を書いていた。



 ――京都の片隅――



 仕事が終わって小さな家に帰り、天理(てんり)貞次(ていじ)は今日届いた手紙を自室であけた。

 文通相手の恋璃(れんり)から届いた物だ。

 先日博物館を案内したお礼と、またいずれ博物館へ行きたいとの希望が書かれていた。


 自分が出したたった1冊の本の読者との文通を、これまで貞次(ていじ)はとても楽しみにしていた。ここ最近は一番といっても良いほどに。

 しかし先日会った時以来、どうもあの少女に妙な秘密があるような気がしてならなくなっていた。


 何もわかっていない渾天儀(こんてんぎ)をなぜ借りたかったのだろう?

 そんな事が許可されると思ったのだろうか?

 あの日、彼女は何をメモしていたのだろう? 渾天儀(こんてんぎ)に記された星の位置だろうか? その意味を知る者などどこにもいない筈だが……。


 いつもなら熱心に返事を書き始める所だが、その日、貞次(ていじ)はどうにも筆が進まなかった。

 元々、おかしな事へ面白半分に首を突っ込む性格ではない。人生に一番必要な物は安全と安定……そう信じて中年を過ぎた男なのだ。


 数日かけて書いた手紙の内容は、当たり障りのない挨拶じみた文章を綴っただけの空虚な物になった。



 ――谷一(たにいち)家(け)――



 いつもより遅れてきたよそよそしい返事の手紙。また訪問したいから都合の良い日はいつかと書いたのに、その答えも無い。

 文通相手からの手紙で、避けられ始めている事を恋璃(れんり)は察した。


(やはり初手で「貸してくれ」は失敗だったのね……)


 そう思いはするが、人付き合いなどほぼ皆無になって久しい。どのように接近していけば良かったのか、恋璃(れんり)にはもうわからない。


(文通も終わりかな)


 始めて1年にもならないが、それでもこのコミュニケーションが終わる事を、恋璃(れんり)は少し寂しく感じた。

 少しだけ。



 部屋の襖(ふすま)が開けられた。

 白造(はくぞう)が歪んだ微笑みを浮かべて立っている。


「恋璃(れんり)や。今から僕(しもべ)になる物を召喚する。手を貸しておくれ。あの渾天儀(こんてんぎ)を手に入れるのに必要な事なのだよ。白華(はくか)にも手伝わせるでな」


 白造(はくぞう)の後ろには、恋璃(れんり)の母が幽霊のように立って薄笑いを浮かべていた。

 祖父が含み笑いを漏らす。


「あれが本に掲載されているのを恋璃(れんり)が見つけてくれたおかげで、ワシに最後のチャンスが巡ってきた。次の星辰を逃したら、その次は遥か遠い年月の果て……それまでワシは生きておれんだろう。だから次しか、今しかない。手伝ってくれるな?」


 恋璃(れんり)は黙って頷(うなず)いた。



 あの渾天儀(こんてんぎ)が谷一(たにいち)家(け)の求める物だと、恋璃(れんり)は写真を見ただけでわかった。

 恋璃(れんり)はそ(・)う(・)い(・)う(・)子(・)なのだ。


 祖父の指示どおり、作者の天理(てんり)貞次(ていじ)へ文通を望み、親しくなった。祖父の悲願を果たすために。

 恋璃(れんり)はそ(・)う(・)い(・)う(・)子(・)なのだ。


 もう貞次(ていじ)に用は無い。

 彼を利用して借りる事ができない以上、祖父はもっと手早く直接的な手段を使おうとしている。ならばそれに協力するだけだ。

 恋璃(れんり)はそ(・)う(・)い(・)う(・)子(・)なのだ。



(でも……)


 恋璃(れんり)はまた街へ、京都へ行かねばならないと思った。

 恋璃(れんり)はそんな子ではないはずなのに。

御覧いただきありがとうございます。

何かしら反応がいただければ嬉しい限りです。


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