3 谷一家の怪 2
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
天理 貞次:博物館に勤める中年職員。
谷一 恋璃:謎と秘密を抱えた少女。
名前を教え合い、三人は無言になって互いを覗う。
側で見ていた貞次は……なぜだろうか、不吉な予感を覚えた。
だがすぐに恋璃は他の二人から目を逸らし、改めて貞次に訊いた。
「ではどうすればお貸しいただけるでしょうか?」
「……公の団体が、場所と目的、期間を明らかにして申し込んでくだされば、その時は交渉次第ですかな」
それを聞くと恋璃は「そうですか……」と呟き、また渾天儀へと振り向いた。
ポケットから小さなメモ帳とシャープペンシルを出し、渾天儀を見ながら何やらメモする。
それを憐という青年は窺っていた……観察するような目で。
ラヴェという少女も恋璃が気になるようだったが、本人の興味は渾天儀の方に重きを置いているようだった。
誰も何も喋らない、奇妙な沈黙の時間。
博物館というのはワイワイと騒ぐ場所ではないので、何も問題は無い。だが妙な緊張が漂っている気がして、貞次はどうにも落ち着かない。
何か厄介な事が起きそうな……そんな予感がぬぐえなかった。
しかし、恋璃はメモ帳に何ページも書き込んでから、それをしまって貞次に頭を下げる。
「今日はどうもありがとうございました。そろそろ引き上げます」
「あ、いや、どういたしまして。またお越しください」
貞次も頭を下げた。
恋璃を出口まで案内したが、まだ夕方というにも早すぎる時間だ。しかし彼女が駅の方へ歩いていくのを見て、貞次は電車の都合でこの時間になるのだろうと納得した。
多分、彼女は見た目通り田舎の方に住んでいるのだ。そうなると一日あたりの電車の本数は少ない。
貞次は仕事に戻る。
少し気になって先ほどの区画を覗いてみた。すると青年の姿がどこにも無い。他の展示物へと移動したのだろう。
だがラヴェという少女はまだ渾天儀を見ており、腕組みして唸った後、貞次に訊いてきた。
「すんません。これ、お借りする事ってできませんか? お金ならありますけど」
「できません」
つっけんどんに断言する貞次。
子供の悪ふざけに「我ながら大人げない」と思いつつも、その言い分が少しカチンと来たのだ。
ただ、自分の嫌な予感が外れた事には心の中で一安心してもいた。
――京都北部の山中――
山中の駅終点からさらに北へ……歩けば普通なら2時間はかかる所に、貴郷村という寂れた小さな地があった。
年号が平成に切り替わったというのに、昭和……それもまだ戦後ぐらいの雰囲気の残る寒村である。
その中でも最奥にある2階建ての古い木造の家へ、恋璃は帰ってきた。
家には妙な臭気が薄っすらと漂っている。黒ずんで汚れ、2階の窓という窓には板が打ちつけられて開かないようにされていた。
恋璃が玄関から入ると、奥から老人がのそのそと出て来る。白髪で白髭、皮膚の所々が爛れた老人が。
「戻ったか。して、どうだった?」
「これ」
期待の目を向ける老人に、恋璃はメモ帳を差し出す。
それをパラパラとめくって読むと、老人の顔に歪んだ笑みが浮かぶ。
「使えるぞ。これを手に入れれば戸を開く事ができる」
2階が騒がしくなった。ドスン、ドスンと、重い物が動き回る音が何度も響く。
階段を降りる足音がして、家の奥から今度は女性が出て来た。
肌も髪も白い、しかしただ瞳だけが赤い、痩せて細く不健康な中年の女性が。
病人のような白い寝間着を来た女性にも、皮膚に所々爛れた箇所がある。
その幽霊のような女性は僅かに表情を緩め、微笑んだ。
「あの子も喜んでいるみたい。えらいわ、恋璃。なんとか手に入れる方法を考えなくちゃね」
恋璃は祖父と母の言葉に頷く。
この一家は何に使われていたかわからない渾天儀の役目を知っているようだ。
2階からは、まだ重々しい音が響いていた。
――貴郷村の雑貨屋――
村にたった一つの雑貨屋は、夜になると呑み屋の役目も担う。
軒先に出されたテーブルに店主を含めた老人ばかりが数人集まり、古びたラジオをつけ、安いビールを飲んでは陰気な愚痴ばかりを互いに垂れ流す。
高度経済成長期、バブル期と、好景気が来る度に若者が出て行き戻ってこないこの村の住人は、もうほとんどが老人だった。
その一人がビールを手に顔を顰める。
「谷一のところ、また2階で何か暴れとったようだな。何を閉じ込めておるんだか……」
「ふん、どうせ白華の子供じゃろ。娘の恋璃は今日町に出かけておったようじゃ。じきにあっちで就職して戻ってこなくなる。残るは家から出ない、顔も見せない得体の知れん子だけじゃ」
対面の老人が蔑むように言うと、隣の老人が溜息をついた。
「白造は何を考えておるんかの……昔から自分家の古書ばかり読み漁って、奇行の絶えん奴だったが。30年前に妻を亡くしていよいよおかしくなった。一人娘の白華は旦那もわからん子供を産んどるし、まともそうなのは孫娘の恋璃ぐらいか」
繫栄を謳歌する日本の陰で、密かに滅びゆく僻地・貴郷村。
残るはほとんどが老人の僅かな住民と狭い田畑、そして管理者のいない神社ぐらいの物だ。
その神社は平安の昔、数々の陰陽師が修行に来たという言い伝えも残っており、村人達はその末裔らしい。神社の周囲には修行に使われたという岩や滝などもある。
しかしそれも現代の人間にはどうでもいい事だ。
そんな村の中で、谷一家は明らかに疎まれていた。
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