2 コール・オブ・C…… 4
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
佐須 道邦:遠洋漁船で働く中年漁師。
漁師仲間や憐とラヴェとともにボートを進め、道邦は心の中の不安を抑えこもうとする。
だがボートが黒々とした石の都市に近づくにつれ、抑えるどころか湧き上がるばかりだった。
ボートが波止場に着き、皆で上陸した時、不安は後悔にさえ変わりつつあった。
やはり近代の建築物はどこにも見えない。視界の中にある建物、ことごとくが石造り。
建築様式は明らかに古代の物で、今では観光地にしかない紀元前の神殿のようだ。
しかし……大きい。高度経済成長期を経た現代のビル街にも劣らない巨大な建物ばかりだ。
その建物の間に、同じぐらい大きな石碑がある。
それもいくつも。
表面には奇怪な象形文字が無数に彫られていた。
どこかで見た覚えがある……そう考えて道邦は思い出した。
先日買った粘土板に刻まれている文字と同じ物なのではないのか?
(そ、それはつまり、あの粘土板が造られたのがこの島って事だよな。あの粘土板、そんなに古い物なのか? いや、文字は今でも伝わっていて、板は最近造られた物だという事はありえるか。そうだとすれば、この都市にもまだ人が住んでいるかもしれない……)
頭の中でぐるぐると考える道邦。
この都市に人が住んでいて欲しいのか、否か。それはこの都市の住人に会いたいのか否かという事でもある。
どちらなのか、彼自身にもわからなかった。
一行は都市の中へと踏み込んだ。
曇り空の下で黒々とした姿を見せる都市には、やはり人の姿が無い。誰かとコンタクトを取ろうと思えば、自然と奥へ奥へと進んで探す事になった。
「暑いな……」
誰かがぼやく。
足元から湿度が昇るかのようだ。そのせいで気温を高く感じるのか。
その足元にはぬかるんだ汚泥も多い。そのせいで悪臭が漂っているし、お世辞にも歩きやすいとは言えない。
歩き難いのは構造のせいもあるだろう。
道は時に広く時に狭く、ぐねぐねと入り組んでいて見通しが悪い。
住み心地という物を考えて造られているとは思えなかった。
「なんか、ここ……まるで最近まで海の底にでもあったみたいだよな」
また誰かが言う。
ぬかるんだ汚泥に嫌気がさしたせいか。
汚泥の発する熱気のせいで頻繁に陽炎が揺らめくせいか。
建築物や石碑の所々に、海藻が付着しているせいか。
建物が妙に傾いたり歪んだりしているせいか。
そんな都市の中、道邦は不意に足を止めた。同行している者達が不思議に思ってやはり足を止める。
「急にどうしたんだ?」
漁師仲間に訊かれ、道邦は震える指で建築物の1つを指さした。
皆がそれを見る。
顔を顰めて呻く者がいた。
「うへえ……気持ち悪ぃ」
道邦が見つけた物……それは石造だった。
タコと人と竜を混ぜ合わせたような奇怪な怪物。
粘土板より遥かに精巧な、都会のビルぐらいの大きさの巨象。
瞳無き6つの目も、口の部分から髭のように伸びる無数の触腕も、両手足の鈎爪も、コウモリのような翼も、全てをはっきりと見てとる事ができる。
精巧で巨大な石造を見上げ、道邦は理解した。
粘土板に描かれたこの怪物は、単なる妖怪などではない。崇め奉られる神聖な存在なのだ、と。
『神』や『聖』という文字が持つ肯定的な意味とは全く異なるとしても。
(ここから去るべきだ。俺達は引き返すべきだ)
道邦はそう思った。皆にそう提案しようと考えた。
ここまで奥に来て誰もいないのだ。皆も賛成するだろう。
だが口にするのが一瞬ばかり遅すぎた。
「こうなったら近くの建物に入ってみようぜ」
先にそう提案されてしまったのだ。
元々、住人と会うために上陸したのである。だからこの提案を「気味が悪いから」で断るのは理性的ではない。
上陸してからここまで、何か危険な目に遭っているわけでもない。被害があったわけでもない。だから「気味が悪いから」で帰ろうと言うのは、臆病だし、論理的でもない。
それでもほんの一瞬前までは、帰ろうと言えばおそらく皆に通っただろう。
理性や論理、臆病を恥ずかしく思う意地……それらのせいで、もう言い出せなくなってしまったが。
一行は近くの建物のどれかに入る事にした。
道邦も一緒に。
「さーて、どこにしたもんかな……」
一行の一人がそう言い、きょろきょろと周囲の建物を見渡す。他の者も一緒にどこがいいか考え始めた。
「おお! あの神殿、あそこなら良くない?」
そう言ってさらに奥を指さしたのはラヴェだった。
指先の向こうにあるのは、他の建物よりさらに大きなピラミッド状の建築物。
「まぁ、一番でかい物なら誰かいるかもな……」
誰かが言う。
根拠としては薄弱だが、他に目途や目安があるわけでもない。一行はその神殿を目指す事にした。
それが神殿だというラヴェの言葉を、なぜか誰一人疑いもせず受け入れていた。
――神殿――
近づくために他の建物を潜り抜け、幾度も通路を曲がり……迷路のような道を抜けて一行はようやく神殿にたどり着いた。
着いてすぐ、入り口は見つかった。
周囲の建物もかくやという大きさの巨大な扉があったからだ。
(変な扉だ)
道邦は思った。
垂直なのか傾いているのかよくわからない建付けで、表面にはやはり怪物と象形文字、それとともに不気味な紋様が彫られている。
それに大きすぎる。人間が使う物だと思えない。
これが古代の建物だとして、何のためにこんな扉を造ったのか。
「お前さんが期待したのとはちょっと違ったようだな」
「そっちの探してたモンは見つかったみたいだよ」
後ろで憐とラヴェが話しているのが聞こえた。
見れば憐はニヤリと不敵に笑い、喜んでいるようだ。対してラヴェは肩を落として溜息混じり。
(この二人、何を探しているんだ?)
道邦は二人へ不信感を抱いていた。元々怪しい連中だが、それにしても得体が知れない。
そして気が付いた。
扉の紋様に見覚えがある。
先日の海賊達が体に彫っていた刺青……あれにそっくりだ。
道邦がそれに思い至った、丁度その時。
一行の中の一人が、扉に触れた。
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