2 コール・オブ・C…… 3
登場人物
位高 憐:創作物の探偵みたいな恰好の青年。
ラヴェ:十代半ばにしか見えない、得体の知れない少女。
佐須 道邦:遠洋漁船で働く中年漁師。
――5日目――
船の進路は港へは向かっていなかった。
朝まで、船の誰もそれに気づかなかった。
未知の海流に乗ってしまい、針路が予想と異なる方向に向いていたというのだ
機器のいくつかの調子が悪く、発覚に時間がかかったのだとも。
そんな事を伝えられ、漁師達の間にも動揺が走った。
甲板に集まって海を眺めながら、ある者は不安を、またある者は苛立ちを露わにしていた。
「昔の帆船ならいざ知らず、人間が宇宙に行く時代になんでこんな事故が起こるんだよ」
「未知の海流って……ここらに来るのは初めてじゃないだろ」
「科学が進んでも限度ってもんがあるのかもな」
誰かが呟く。
「昨日の海賊といい、妙におかしな事ばかりだ」
道邦はそんな集団の片隅で皆の話をぼんやりと聞いていた。
聞きながら、なぜか市場の屋台で買った粘土板の事を思い出していた。
「漁はしないのかい?」
道邦へ声をかける者がいて、彼の思考がこの場に呼び戻された。
見ればそれは位高憐……海賊達を皆殺しにした怪しい青年だ。
しかしその恰好は防水のつなぎを着た漁師スタイル。まさか漁を手伝うつもりだったのだろうか……大物を狙って来た、とは言っていたが。
ともかく、道邦は彼へ頷いて説明する。
「今日は無しだとさ。今は港に帰る事が優先なんでな」
「暇なら交渉再開しよ。あの板、売ってちょうだい」
会話に横から割り込む者があったが、最近よく聞く声なので誰かわかった。
見ればやはりラヴェだった。ちょっぴり吊り気味の目に期待を浮かべている。
道邦は溜息をついた。
「またか。港に帰ったら自分で探せって」
「板? 古代の遺物でも持ってるのか?」
今度は憐が興味を示した。
少し大げさなその推測に、道邦は手を振って否定する。
「いや、そんな上等な物じゃない。露店で妖怪の彫られた民芸品を土産に買っただけさ」
それを聞くと憐は横目でラヴェへと視線を向けた。
「ほほう、ふーん。なるほど、そういう事か」
そんな憐に横目を返し警戒するラヴェ。
「横取りしないでよ」
「はいはい、わかった」
肩を竦める憐を見ながら、道邦は2人の関係をなんとなく推測した。
(変な収集品の趣味仲間、か……?)
――数時間後――
「おい、島が見えたぞ」
誰かの叫びが甲板に響く。
聞こえた者達は皆、声の元に集まった。
確かに、船の進路からやや斜め前方に島影が見える。
かなり大きな島だ。そこに微かにぼんやりと建築物の影も見えた。1つ2つではない……明らかに街の規模だ。
人の住む場所の近くへ来た……その思いが、不安の中にあった漁師達の間に安堵とともに広がった。
しかし誰かが呟く。
「で、あの島は……あの街はなんて名前なんだ? 俺達、どこに着いたんだ?」
誰も知らなかった。
誰も見た事が無かったからだ。
しばらく島の沖に停まる遠洋漁船。
やがて漁師達に決定が伝えられる。
「あの島へ行くんだとさ!」
「へえ? ニュージーランドじゃないだろ、あそこ」
道邦が訊くと、伝えに来た漁師が不安に顔を曇らせた。
「それがな……どうも無線の調子が悪くて、どことも連絡が取れないらしい。それであそこに上陸して、そこから連絡を出してもらうんだとさ」
それを聞いた道邦は、後ろでラヴェと憐が話している事にも気づく。
「もしかして憐はあの島を探していたの?」
「さあ、どうだろうな。あそこが目的地なら助かるんだが」
(なんなんだよ、それは)
呆れる道邦。
どこかの港で降ろせと言いながら、憐には目的地があるらしい。
それがどこなのか訊こうか、とも考えたが……眼前の島がそれなのかどうかはわからないので、今はやめておく事にした。
遠洋漁船は島に近づく。
だが近づくほどに船員達の間には不安と疑いが広がっていく。
確かに街はある。都市と言うべき規模の。
だが、近代の建築物はどこにも見えなかった。
視界の中にある建物、ことごとくが石造り。
建築様式は明らかに古代の物で、今では観光地にしかない紀元前の神殿のようだ。
曇り空の下で黒々とした姿を見せるそれら建築物の間に、灯りも、人の姿も無い。
都市の近くは湿度が一際高く、大気に不快な熱が籠っているようだった。
漁師達が口々に話し合った。
小声で。
「なんだ、あれ。誰か住んでいるのか?」
「港はどこだよ……」
それでも船は都市に近づく。
しかし2000トンを超える遠洋漁船が停泊できるような港が見つからない。
船からの通信には、何の返事も無い。
だが本当に無人の廃墟なのか確認しよう……という事になり、何人かがボートで都市へ向かう事になった。
気は進まなかったが、道邦は確認に行く者の一人としてボートを降ろす作業を手伝う。
するとラヴェが訊いてきた。
「あれ? おっちゃんも行くの?」
「ああ、そういう事になった」
一応は皆で相談したが、年齢や経験を考慮してメンバーに入れられてしまった。
それを聞いたラヴェが元気に手を挙げる。
「じゃあ私も!」
「俺も行くぜ」
憐もそう言って意思表明する。
メンバー皆が顔を見合わせて戸惑った。
しかし船長達に伝えた所、この2人をボートに乗せる事になった。
憐は都市が万が一海賊達の隠れ家だった場合に備えて。
ラヴェは本人が「私、ここらの言葉は全種類ペラペラだよ」と主張するので。
(なんだかおかしな事になってきやがった……)
漁師仲間や憐とラヴェとともにボートを進め、道邦は心の中の不安を抑えこもうとする。
だがボートが黒々とした石の都市に近づくにつれ、抑えるどころか湧き上がるばかりだった。
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