第99話:発破作業と冷酷な安全管理
帝都の中枢、静寂に包まれた情報R&Dルーム。
カチッ……カチッ……カチッ……。
真野が組み上げた真鍮製のマスタークロック(基準時計)が、正確なリズムで脱進機の音を刻み続けている。
東航平は、気怠げな瞳でその規則正しい振り子の揺れを見つめながら、手元の植物紙にびっしりと数式を書き込んでいた。
『……俺たちが今使っているメートルや秒といった単位は、あくまで東航平という個人の身体や感覚を基準にした「暫定」の代物に過ぎない』
東はペンを回しながら、机の上に積まれた膨大な観測データに目を落とした。
それは、太陽が真南を通過する「南中」の瞬間を天体観測し、この機械式カウンター(時計)の振り子が1日に何回振れたかを、毎日欠かさず記録し続けたものだ。
『振り子の長さと、一往復にかかる時間は完全に比例する。……この蓄積されたデータを使えば、地球の自転速度から「完璧な1秒」を割り出すことができるはずだ』
東の頭の中には、究極のグランドデザインが描かれていた。
それは、振り子の長さがピタリと『1メートル』になる時間を『真の1秒』として再定義し、長さ、重さ、時間といった帝国のすべての度量衡を、宇宙の物理法則レベルで完璧に統一するという計画だ。
「……だが、手計算じゃどうにもならねえな。地球の公転軌道は楕円だし、地軸も傾いてる。季節ごとの『均時差』を補正するには、天文学的な計算量が要る」
東は忌々しそうに頭を掻きむしった。
『そろそろ、人間の脳みその限界だ。……完璧な単位を導き出し、ミサイルの弾道計算すら一瞬で終わらせる「圧倒的な計算機」が要る。歯車じゃない、電子の速度で動くバケモノがな』
東の視線は、遠く未来の『電脳』へと向けられていた。
***
一方その頃、帝都近郊の「第一期・鉄道敷設」の最前線。
「ガァァァァァァンッ!!」
耳を劈くような轟音と、大地を震わせる振動が、立ちはだかる巨大な岩盤を支配していた。
岩肌に食らいついているのは、帝国の技術の結晶とも言える『泥臭い現地改修兵器』である。
少し離れた安全な台車の上では、中型のディーゼル発電機が黒煙を上げながら稼働し、そこから伸びる太いキャブタイヤケーブルが、前方の『穿孔ユニット』へと電力を送り込み続けている。
岩盤に押し付けられているのは、真野と東が生み出した、土埃にもビクともしない強靭な『三相交流モーター』だ。
その圧倒的な回転トルクを減速ギアで増幅し、先端に貴重なレアメタルを使用したドリル刃を猛烈な勢いで回している。
そして、その回転するドリルユニットごと、デチューン重機のアームが岩盤へと力任せに押し付けていく。
モーターの『回転力』と、重機の『押し込む力(推力)』だけで強引に岩を削り取る、極めて単純かつ暴力的なロータリー式の削岩システムだった。
「……郷田さん。規定の15箇所、すべて穿孔完了しました。発電機、止めます」
重機のキャビンから降りてきた青年・カヤが、図面を片手に冷静な声で報告に上がってきた。
カヤの合図で発電機のスイッチが切られ、轟音を立てていたドリルが停止し、切り羽に静寂が戻る。
「よし、上等だカヤ! 三相モーターと重機の組み合わせは完璧だったな。これなら、機関車の開発で忙しい真野の手を煩わせることもねえ」
郷田は満足げに頷き、岩盤に空いた深く均一な穴を見つめた。
真野は「モーターとギアの図面」を引いただけ。あとは現場のチャパたちが既存の部品を組み合わせて作り上げたのだ。
「はい。モーターの安定性は抜群です。導火線の長さは、点火から起爆まで『60秒』の猶予を持たせてカットしてあります」
カヤの的確な報告を受け、郷田は足元に置かれた厳重な木箱へと向き直った。
クッション材で保護されたその箱の中には、油紙に包まれた粘土のような物体が整然と並んでいる。
郷田が自ら箱を開けると、周囲で見守っていた移民や労働者たちが、恐怖で顔を引きつらせて一歩後ずさった。
彼らはすでに、テスト発破で山の一部が吹き飛ぶ光景を見せつけられている。
あんな悪魔のような兵器を、自分たちの手で岩盤にセットするなど、正気の沙汰とは思えなかったのだ。
「今日からテメエらが扱うのは、これまでの表面を弾き飛ばすだけの黒色火薬じゃねえ。鬼頭と冴島が作り上げた悪魔の粘土、『ダイナマイト』だ!」
郷田の野太い声が、現場に響き渡る。
「こいつは岩の内部から組織を完全に粉砕する。威力が桁違いだ。……いいか、もう一度言うぞ。俺の決めた退避プロトコルを1秒でも破れば、テメエらの体は木っ端微塵のミンチになって空から降ってくることになる!!」
労働者たちが、ゴクリと生唾を飲み込む。
郷田はダイナマイトを手に取りながら、ふと、帝都の安全な居住区にいる妻のカシャと、生まれたばかりの息子・ダンの顔を思い浮かべた。
『……あいつらは今頃、温かい床暖房の上で笑っているはずだ。俺の仕事は、この危険な現場から、誰一人欠かすことなく家族の元へ帰してやることだ』
どれほど破壊的な兵器を扱おうとも、管理する人間の理性がそれを制御しなければならない。
「ビビる必要はねえ! 俺の指示通りに動けば、こいつは絶対に俺たちを裏切らねえ魔法のツールだ! 作業開始!」
郷田の号令とともに、選抜された作業員たちが震える手でダイナマイトを受け取り、岩盤の穴へと慎重に装填していく。
雷管が取り付けられ、導火線が外へと引き出された。
「装填完了! 全員、退避壕へ走れ!!」
カヤの鋭い声が響き、労働者たちが一目散に分厚い土嚢で囲まれた安全地帯へと駆け込む。
全員の退避を確認した郷田が、最後に導火線に火を放ち、自身も退避壕へと身を翻した。
シュルシュルと火花が走り、冷たい秋の空気に火薬の匂いが混じる。
退避壕の中で、全員が耳を塞ぎ、息を殺してその瞬間を待った。
『……さあ、見せてみろ。地形を書き換える人類の力を』
郷田が心の中でカウントダウンを終えた、その直後。
ドドドォォォォォォンッ!!!
大気が凄まじく震え、内臓を揺さぶるような轟音が連続して炸裂した。
退避壕の土嚢からパラパラと土がこぼれ落ちる。
もうもうと立ち込める粉塵。
やがて土煙が晴れると、そこには先程まで立ち塞がっていた強固な岩盤が、見る影もなく粉々に砕け散った姿があった。
「……信じられねえ。本当に山が崩れたぞ……」
「すげえ……これなら、すぐに道が開く……!」
労働者たちの間に、恐怖から一転して歓喜のざわめきが広がる。
「ガハハハハハハッ!! 見たかテメエら! これが帝国の力だ!!」
郷田はヘルメットを取り、岩の破片が散乱する切り羽に向かって狂喜の雄叫びを上げた。
圧倒的な破壊力と、それを完璧に統制する冷酷な安全管理。
ダイナマイトという近代土木の象徴を手に入れた帝国は、自然の地形という最後の壁すらも、力ずくでねじ伏せようとしていた。




