第96話:鋼鉄のレールと犬釘
建国6年、秋の気配が風に混じり始めた頃。
帝都の中心市街地では、ゴムタイヤが乾いた路面を擦る音が滑らかに響き渡っていた。
「よし、第三区画の舗装完了! トラック通していいぞ!」
現場監督を任された先住民の若者が大声を上げると、荷台に満載の物資を積んだトラックが、泥跳ねを一切起こさずにスムーズに走り去っていく。
既存道路のアスファルト敷設が概ね完了したことで、雨天時の泥濘によるスタックが消滅し、市街地のトラックの移動速度と回転率は飛躍的に向上していた。
だが、それはあくまで「末端配送」の最適化に過ぎない。
真のロジスティクス革命である「大動脈」の構築は、帝都の巨大製鉄所から始まっていた。
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「もっとローラーの間隔を詰めろ! 圧延の熱が下がる前に一気に押し出すんや!」
熱気と轟音が支配する製鉄所の奥。真野巧の怒号が響いていた。
彼の視線の先では、ベッセマー転炉で生み出された数トンもの「均一な鋼の塊」が、真っ赤に発光したまま、三相交流モーターで回る巨大な鉄のローラーの間に噛み込まれていく。
ゴガァァァァン!!
耳をつんざくような悲鳴を上げてローラーの間を抜けた真っ赤な鋼は、その圧力によって拉げ、細長く引き伸ばされる。次々と並んだローラーを通過するたびに断面は変形し、最終的に「I型」の断面を持つ、長さ十数メートルの見事な『鋼製レール』となって押し出されてきた。
「寸法、ミリの狂いもなし! 完璧な『鋼鉄のレール』や!」
真野の横で、弟子のチャパがノギスを片手に歓喜の声を上げる。
「ええぞ。不純物のない溶鋼のおかげで、圧倒的な強度と靱性を持っとる。これなら何十トンもの機関車が何万回踏みつけても、絶対にひび割れん」
真野は、冷水がかけられ、シューッと白い蒸気を上げながら黒光りしていくレールを見据えて笑った。 「量産ラインは安定した。後はこの鋼鉄の蛇を押し出し続けるだけや!」
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一方、化学プラント区画。
強烈な薬品の臭いが漂う中、防護マスクを着けたミカが、クレーンで吊り上げられた大量の「木材」を指示していた。
「はい、ゆっくり下ろしてー! 飛沫が跳ねないようにね!」
切り出されて均一なサイズに揃えられた四角い木材——『枕木』が、どす黒い液体の満たされた巨大なプールへと沈められていく。
「石炭を乾留したときに出る副産物、『クレオソート油』のプールだ。……防腐剤としては一級品だが、相変わらずキツい臭いだな」
視察に来た東が、鼻をつまみながら顔を顰めた。
「我慢してくださいよ。雨や土のバクテリアに晒される枕木にこれを芯まで染み込ませておかないと、数年で腐ってレールごとひっくり返りますからね」
ミカの言葉通り、引き上げられた枕木は、クレオソート油を吸い込んで真っ黒に変色していた。鋼のレールを大地に縛り付けるための、強靭な土台の完成だった。
***
そして、帝都郊外から内陸の主力炭鉱へ向けて、果てしない荒野が続く『第一期・鉄道敷設予定地』。
「ルート上の障害物なし! プラウ(鋤)を下げろ! 路床を一気に平らにするぞ!」
ゴオオォォォォォッ!!
直列6気筒ディーゼルエンジンを唸らせる巨大な『農耕トラクター』が、分厚い鋼鉄のブレードで荒野の硬い土を削り取り、驚異的なスピードで平坦な路盤を形成していく。
その後ろから、砕石を満載したダンプトラックが等間隔で石を落とし、さらに別の重機がそれを突き固めていく。
土木工事における「地形の書き換え」は、すでに内燃機関の暴力によって完全に自動化・高速化されていた。
だが、その後に続く工程だけは、人間の手が必要だった。
「よし、砕石が敷き終わったぞ! 次のシフトの連中、枕木を運べ!」
「へいっ!」
「そっち重いぞ、バランス取れ!」
現場監督の掛け声に合わせ、数十人の男たちが一斉に動き出す。
彼らは皆、ローマ字が読めないなどの理由で入城審査に落ち、壁の外の「労働キャンプ」に住む移民たちだ。
彼らは重い防腐処理済みの枕木を担ぎ、砕石の上に等間隔に並べていく。
さらにその後ろから、真野たちが量産した「鋼製レール」が置かれ、最終工程の組がハンマーを手にして待ち構える。
「犬釘、用意!」
「打てェ!!」
カーン!! カーン!! カーン!!
レールを枕木に固定するためのL字型の太い釘——『犬釘』を、男たちが巨大なハンマーを振り下ろして次々と叩き込んでいく。
乾いた金属音が、秋の荒野にリズミカルに響き渡る。
「おい、交代だ! 給水と休憩に入れ!」
サイレンの音が鳴ると、ハンマーを振るっていた男たちが一斉に手を止め、汗を拭いながら配給テントへと向かう。
「ふぅ……腕がパンパンだぜ」
「だが、これで今日のシフト分は終了だ。ほら、今日の『トークン』だぞ。これであの酒保で、冷たいエールと香草焼きの肉が食える!」
「最高だ! 明日もシフトを入れてもらうぜ!」
彼らの顔に、奴隷労働のような悲壮感はない。
帝国の厳格な「時間管理」と「シフト制」による安全な労働。そして、働いた分だけ支給される「トークン」という絶対的な価値。
彼らは、資本主義のシステムに組み込まれることで、自発的な熱気を持って「鋼の蛇」の背骨を構築していた。
***
「……路床の整地スピードに対して、レールの敷設がなんとか追いついているな。資本主義のインセンティブは、最高の燃料だ」
少し離れた高台から、図面を片手に現場を見下ろしていた郷田が、満足そうに頷いた。
「ええ、郷田さん。労働キャンプの連中も、トークンの美味さを知って目の色を変えてハンマーを振ってますよ」
傍らで、現場の進捗を管理している若手が答える。
「だが……」
郷田は図面から顔を上げ、一直線に伸びていく「鉄路」の先——十数キロ先にそびえ立つ、巨大な『地形の壁』を睨みつけた。
「あの岩山だけは、人海戦術もトラクターの出力も通用しねえ」
第一期区間のルート上に立ち塞がる、巨大で極めて硬い岩盤。
そこをぶち抜いてトンネルを通さなければ、鉄道は完成しない。
「……ツルハシじゃ百年かかる。黒色火薬の爆発力でも、あの硬い岩盤は砕けねえ」
郷田の目が、かつての「土木狂い」の獰猛な光を帯びる。
「化学R&Dの連中が、ヤバい『悪魔の液体』を作ってるはずだ。……山を消し飛ばす、本当の爆薬をな」




