第95話:内陸ロジスティクスの悲鳴と「鋼の蛇」の始動
建国6年、夏の終わり。
帝都の中枢指令室では、各拠点から送られてくる報告書の束を前に、建国メンバーたちが深刻な顔を突き合わせていた。
「……あかんな。ベッセマー転炉の稼働率に対して、原材料の供給スピードが完全にショートしかけとる。このままだと、鋼の生産ラインが止まるで」
真野が、頭を掻きむしりながら忌々しげに言った。
彼の目の前には、跳ね上がった「資源の消費グラフ」と、それに追いついていない「搬入量グラフ」が広げられている。
「オハイオ川を使った、周辺部族からの食糧や軽物資の『水上輸送』は順調に回っている」
九条蓮が、冷徹な目で壁に掛けられた巨大な帝国の地図を見上げながら現状を整理する。
「だが、最大の問題は内陸だ。ベッセマー転炉が稼働したことで、帝都近郊の『鉄山』と『主力炭鉱』から消費する資源の量が跳ね上がった。内陸の採掘地から、毎日何百トンもの鉱石と石炭をトラックでピストン輸送している状態だ」
「現在、短期的な対症療法として、トラックの増産と既存道路のアスファルト舗装を進めているが、運転手のシフトが限界だ」 冴島が冷静に補足する。 「それに、石炭のような重量のあるバルク品を、ゴムタイヤのトラックで運ぶのは積載効率が悪すぎる。トラックと運転手のリソースは、もっと小回りの利く末端の配送に回すべきだ」
かつては泥だらけの作業着で現場の先頭に立っていた郷田は、今は清潔なシャツを着て、ペンと定規を手に「国家のグランドデザイン」を描く顔になっている。
彼は製図台から巨大な青写真のロールを持ち上げ、テーブルの上にバサリと広げた。
「根本的な解決策に移る。全天候型・大量輸送の大動脈……『鉄道』の第一期敷設工事だ。帝都の製鉄所から、三十キロ内陸にある『主力炭鉱』までの直通線を敷く」
その提案を聞き、ソファに座っていた東が口を挟んだ。
「なあ。将来、北の五大湖ルート(採掘港)が繋がれば、船で鉄鉱石を直接横付けできるこの川沿いの帝都が製鉄のメインハブになるのは分かってる。だが、そのルートが確立するまでにはまだ数年かかるだろ?」
東は、産業立地論の基本たる『重量減損』のセオリーを突いた。
「だったら、その数年間を凌ぐために、今のうちに内陸の『炭鉱』のすぐ横に、一時的な別ラインの製鉄所を作った方が早いんじゃないか? 原料(石炭と鉄鉱石)の合計重量より、不純物が抜けて完成した鋼鉄の方がずっと軽い。内陸から完成品をトラックで運ばせた方が、輸送の総重量が減って合理的だ。冷却水も、過渡期の数年なら電気ポンプで地下水を汲み上げればしのげるだろ」
将来のグランドデザインを完全に理解した上での、過渡期における極めて論理的で鋭い東の提案。
だが、それを聞いた真野と郷田は、即座に首を振った。
「アホ言え東。ベッセマー転炉を冷やす『工業用水』のバカみたいな量を舐めんな」
真野が容赦ない技術的ツッコミを入れる。
「過渡期だろうがなんだろうが、地下水じゃ水量が足りなくなる可能性が高い。万が一枯渇したら、プラント全体が熱でイカれて再起不能になるリスクがあるで。重工業のプラントを安全に回すには、『無尽蔵の大河』が絶対に必要なんや」
それに続き、郷田が地図の内陸部分を強く叩いた。
「それに東、たとえ数年でも『一時的な工場』を内陸に作るリソースの無駄は許容できない。いいか? いずれ北の採掘港から船で鉄鉱石を運べるようになっても、燃料である『石炭』だけは、帝国が続く限りずっとこの内陸から帝都へ降ろし続けなければならないんだ」
郷田が、プロフェッショナルとしての冷徹な結論を突きつけた。
「工場を動かしたりトラックの数でごまかすのは悪手だ。どうせ未来永劫、石炭を内陸から引きずり下ろさなきゃならないなら、今ここで『石炭専用の直通線』を敷いて、永遠のボトルネックをブチ抜くべきだ」
「……完璧だな。完全に理にかなってる」
東は両手を上げ、降参のポーズをとった。
「よし、計画の妥当性は共有されたな。……だが、三十キロの鉄道敷設に必要な莫大な単純労働力はどうする? 帝都市民のシフトはすでに埋まっているぞ」
「壁の外の『労働キャンプ』にいる移民たちを使う」
九条が、窓の外を見下ろしながら冷たい声で答えた。
「ローマ字が読めないなどの理由で入城審査には落ちたが、帝国の生活とトークンのために単純労働に従事している連中だ。路盤の整地自体はトラクターを使えば一瞬だが、何万本もの枕木を並べ、レールに犬釘を打ち込む果てしない手作業には、彼らの人海戦術が最適だ」
「なるほどな」と東が笑う。
「トークンを稼ぐチャンスを与えれば、彼らは喜んでハンマーを振るうってわけか」
すべてが、冷酷な計算の上に成り立っていた。
即応策としてのアスファルト舗装とトラック増産で時間を稼ぎつつ、外部の労働力を投入して、未来の長距離輸送に向けた「規格とノウハウ」を獲得するための第一歩。
「真野、今日からR&Dと協力して、レールの量産テストに入ってくれ。俺が引いた寸法から、ミリ単位の狂いも許さねえぞ」
「任せとけや。ベッセマーの溶鋼で、寸分違わぬ規格品のレールを押し出したるわ」
九条は、熱気を帯び始めた室内を見回し、静かに宣告した。
「よし。『第一期・鉄道敷設』計画を始動する。……まずは内陸の主力炭鉱までの三十キロ、空間と時間をねじ伏せる『鋼の蛇』の基礎を造り上げろ」
建国6年、秋の足音が近づく中。
帝国の歴史を決定的に変える、緻密で壮大なインフラプロジェクトが幕を開けた。




